コチ 1-7
「ねえ。さっきの話だけど、ここには誰も来ないの?」
何気なく聞いてしまったコチだったがコチはすぐに後悔した。
一瞬黙ったその悲しい花の表情を見つけてしまったからだ。
ここで隠れて花を見ている自分が恥ずかしくもあった。
でも花の顔はすでに笑顔に変わっていた。
花はコチなんかよりもずっと強かった。
「そうね。誰も来ないわ。でも、お日様が昇るとね、ここには、人間がやってきて、とても賑やかになるの。」
花は、弾んだ声で話をした。
「げぇ。人間か。」
コチは、大げさに嫌な声を出した。
「あなたは、人間が嫌いなの?」
コチは花の表情を探っていた。
憎しみなどどこにもなかった。
少しして、また恥ずかしくなった。
「嫌いって訳じゃないけど、苦手だよ。だってあいつら不気味だろ?いったい。何を考えているか全然分からない。」
「そう?」
花は、どういう事なのか、コチの言葉にコチの世界を探していた。
「例えばだよ。人間が歌を歌う姿を想像できるかい?」
花はクククッと笑った。
良かった。
今度は無理に作った笑顔じゃない。
「あなたはびっくりするかもしれないけど。私、人間が鼻歌を歌っている姿を見たことがあるわよ。」
「おいおい。冗談だろ?」
コチは、からかうように花に言った。
「本当よ。人間は歌も歌うし、とても物知りなのよ。人間は私に色々と知らない事を教えてくれるの。」
「おいおい。そんな事言って、君は人間の話す言葉がわかるの?」
「ええ。わかるわ。」
花は自慢気に言う。
「どうだかねえ。」
コチは半信半疑にそう言ったが、どうでも良くなった。
花の嬉しそうな表情が現れたからだ。
花は話を続ける。
「ここは、賑やかな場所だから、普段聞こえる人間の声は、叫ぶような声だけど。音が止まるとね、人間の声は穏やかで、人間同士で話を始めるの。まあ、物を知らない私だから、物知りな人間の言う話はほとんどチンプンカンプン。」
コチは、当たり前のように人間の話を続ける花に困惑しながらも聞き耳を立てていた。
「でもね。今日、人間が話していた話は、私にも理解出来て、とても素敵な話だったのよ。」
急に花の声色が変わった。
「ねえ、人間が今日話していた素敵な話を聞きたい?」
花は、弾むような声でコチに聞いた。
コチは、はしゃぐ花を見て少し照れてしまった。
それは、花の言っている事が馬鹿げた事だとか、そういう訳ではない。月は徐々に遠のいて行くのに、楽しげに話す花が眩しいほどに輝くのだ。花が人間の話を聞けることなんて別に大した事ではないなんて思えてしまう。
「どうせ、人間の言う事なんて嘘ばかりさ。」
コチは照れを隠すように、興味のないふりをした。
「いいから聞いて。今日は特別な日なの。あなたは流れ星を見たことがある?」
「ナガレボシ?」
「そう。流れ星。時々、夜空にヒュンって、光の線が見える事があるでしょ?あれをね、流れ星っていうの。」
「へえ。あの走る星にそんな名前があるのか。」
「そうよ。素敵な名前でしょ?でね。人間が話していたんだけど、その流れ星には、不思議な力があるのよ。」
「不思議な力?」
「流れ星が空にヒュンっと現れるでしょ。流れ星が現れて消えるまでのその間に願い事を言うの。そうすれば、その願い事を叶えてくれるんだって。」
「なんだそれ?やっぱり人間はとんだホラ吹き野郎だな。」
「でも素敵な話でしょ?私は信じるわよ。」
クククっと笑う花。
花が信じる空には、月がまだ端の方で、「お邪魔かな?」と淡い光を夜空に照らす中、星がちらほらと小さな光を撒き始めていた。
「今日、流れ星は来るのかな?」
コチがそう言うと、花は、その言葉を「待っていました。」とばかりに話を始めた。
「人間の話には、まだ続きがあってね。今日は特別な日なの。」
「特別?」
コチは花の横顔を見ながら答えた。
「特別」の意味は知っている。
「流星群よ。」
花は、自分が集めた宝箱から、一番とっておきの物を出すようにコチに言った。
「なんだ。それ?」
「流星群っていうのはね。流れ星の集まりよ。流れ星が、空一面に現れて、空は降り注ぐ星でいっぱいになるのよ。」
「ふーん。なんで?」
「流れ星が空に現れるのって、一瞬でしょ?突然現れて、願い事をする前にすぐに消えてしまうから、みんな願い事が出来ないのよ。だから、きっと流れ星は、みんながお願い事できるように、集まる約束の時間を決めたのよ。でね。でね。」
「あー。特別な日?」
「そう。今日がその約束の日なのよ。」
楽しげに話す花の声。
傍で聞くコチが見つめる先には、一面の瓦礫と、大きな機械。
コチは静かに口を開く。
「今日が?」
「ふふっ。信じていないのね?」
「だって人間が言った事だろ?人間はろくな事をしないからな。」
「でも、私は信じるわ。今日は本当に素敵な夜だから。」
花は微笑みながら答えた。
そっと風が花びらとコチの羽をそよそよと揺らす。
あまり相手にされなくなった月がもう遠くへ移動し、それでも、二つの揺れる影をしっかり浮かばせていた。
二人の間を何度も戯れるように優しい風が通り過ぎる。
コチと花の間に優しい時間が時を刻む。
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