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コロナむずい。(メモまとめ)

医療関係従事者じゃない私がコロナについて語るのはあまり適切じゃないと思いつつですが、私が日々感じている疑問が一向に解消されないので、もしかしたら有識者が指摘してくれるんじゃないかという一抹の期待と、私の感じている疑問自体に到達していないセグメントへの情報投下(揺さぶり)の意図を込めて書きます。

①PCR検査はなぜ無くならないのか?もっとまともな検査は存在しないのか?

PCR検査って、陽性と陰性があるらしいってことしか知らない人も(少ないと期待しますが)ゼロではないと思うので、そのあたりから広げていきます。

以下、日本疫学会のページから引用です。(一部強調)

PCR検査は、「検査対象となるそのウイルスに特徴とされるRNA遺伝子配列」を増幅させて、その存在を判断(診断)します。対象となるサンプル(検体)に含まれるウイルスの量(RNAコピー数)が、「目的のRNA配列」を増幅させるのに必要な量(検出限界のコピー数)以上あれば、増幅することができ、その存在を診断できます(陽性)。
一方、必要とされる量以下の場合、増幅できず(検出できず)、結果は、陰性となります。
コピー数の検出限界については、国立感染症研究所が公表しています。(こちら)
つまり、PCR検査により陽性の診断ができるか?できないか?は、検体に含まれるウイルスの量(RNAコピー数)に依存することになります。

これはつまり、検体内に存在するRNAの数が一定数以上であれば陽性、一定数以下であれば陰性となるということです。
すぐに気になる点がいくつか出てくるかなと思います。

・検体の取り方(技術)で、付着するRNAの数は変動するのではないか?
・「増幅」の結果の閾値をどうやって判断しているのか?

前者はかなりどうしようもない部分な気がするので、後者に注目します。
日本経済新聞の記事において、以下のような記述があります。

陽性と判断する基準値には、増幅に必要なサイクル数(CT値)を使う。基準を高く設定するとウイルス量が少なくても陽性と判断される。国立感染症研究所の新型コロナの検査マニュアルでは、原則この値が40以内でウイルスが検出されれば陽性と定めている。
~中略~

基準値が問題になるのは、この値を高めに設定すると、ウイルス量がごく微量で、他人に感染させる恐れがない人まで陽性と判断してしまう恐れがあるためだ。入院や治療が不要な人まで陽性とされる懸念がある。
英オックスフォード大学の研究チームはPCR検査が死んだウイルスの残骸を検出している可能性があると報告。英国の別の研究では、値が25より小さい陽性者の85%以上は他人に感染力があるウイルスが培養できたが、35を超えると8.3%しか培養できなかったとの結果もある。
~中略~

基準値を高めに設定することで、発症前や感染初期でウイルス量が増える前の陽性者を確実に見付けやすくなる可能性もある。柳原教授は「現在は安全性を第1に考え、日本は最も厳しく設定されている。研究が進めば基準の変動もあり得る。国際的な議論が必要だろう」と指摘する。

要は「Ct値」次第で、陰性陽性の判断を行っているということです。
Ct値というのはざっくりいうと「コピー回数」のようなもので、1回コピーしたら1、2回コピーしたら2、…、40回コピーしたら40です。1回のコピーで倍、2回でその倍なので4倍、3回で8倍です。すなわち2のCt値乗(2^Ct値)のペースで遺伝子を増やしていくというものです。ウイルスの生存状態は問いません。
これだけ聞くと、なんとも不思議なことに気が付きます。「検体にウイルスが多少含まれていれば陽性になるということ」です。なんとも頼りなさそうな情報ですよね。しかし他に明確な手段がありません。

一方、感染拡大予防という観点ではPCR検査には一定の効果があるのではないかと見込まれます。日本感染症学会の資料から抜粋します。

図3には発症からの日数とCt値およびウイルス培養結果の関連を示した。Ct 値が高くなるに従い(ウイルス遺伝子数が減少)、検体からのウイルスの分離率が低下していることがわかる。また、発症からの日数が経つにつれてウイルスの培養率が低下し、約 10 日後にはほとんどウイルスが培養されなくなることが示されている。
~中略~
図4a に示されているように、ウイルスの分離は発症後 8 日目までであり、その後のウイルスの分離はみられていない。
~中略~
これらの成績は、ウイルスの分離(すなわち感染性)は発症からの日数およびウイルス RNA 量に強く依存している可能性を示すものである。

ざっくりいうと、Ct値が高い状態の人は、他人に感染させる状態の遺伝子を多く保持している傾向があるということです。
とはいえこれって、Ct値が20とかそのあたりの人なので、図を見ていただければわかる通り「そりゃ感染してるだろうからな…」というのが明白です。
いわゆる濃厚接触者が唾液や咽頭に偶然ウイルスを保持していたケースを陽性としてしまう可能性を排除することは、やはり難しいのではないでしょうか?

更にたちの悪いことに「ウイルスの分離は発症後 8 日目までであり、その後のウイルスの分離はみられていない」とあります。Ctでは陽性でも、感染リスクは限りなくゼロに近い状態であろう人の隔離も必要という解釈がなされてしまうことに繋がります。

また日本感染症学会の同記事から引用です。

前述したように、遺伝子検査がなかなか陰性化しないことで、無症状であっても退院させられない症例の増加が問題となっている。しかし、図1~図4に報告されているように、遺伝子検査陽性が必ずしも感染性ありとはならない可能性が示唆されている。
~中略~
無症状陽性者の感染性を正しく評価することは難しいが、1日でも早く安心して退院させられるようなエビデンスが求められている。

ドキュメント中で提案されている判断法を踏まえても、未だ議論の段階であり、共通了解は十分でないのが現状のようです。結局のところ、医療機関判断になってしまっている部分もあるということです思われます。

同記事、最後の引用です。

新型病原体として出現した新型コロナウイルス感染症であり、当初はその病原性や感染様式、治療法まで、まったく手探りの中での診療を余儀なくされてきた。しかし全世界で 3000 万人以上の感染者が報告される状況において、その病態、診断、治療および予防に関しても多くの知見が蓄積されている。感染伝播を可能な限り抑えながら、臨床現場が混乱しない診断法の開発とその運用が求められている。迅速、正確、適切な検査の実施によりCOVID-19 の流行が1日でも早く終息するよう、私たちの経験と英知を結集してこの感染症と向き合っていかなければならない。

少しずつ共通了解が形成されつつあることはまた事実ですが、一般の人はテレビとネットニュースしか見ませんし、能動的に学ぼうという姿勢に欠けている印象です。いかにして陽性と判断され、いかにして認識が変化(進化)しているのかを、報道を鵜呑みにせず、浅い知識で他人批判をせず、正に一日でも早い終息を目指していきたい。そのためにも、一般人の知識(意識)の底上げは非常に大切なことだと思います。(この最後の引用文に透けて見える苦労に胸が痛みます)


②超過死亡者数がここ3年間で最も低い値となっている件について

日経の記事からスタートします。以下引用です。

1~6月の上半期で各都道府県で平年予測を上回った「超過死亡」数の合計は過去3年に比べて少ないことが30日、厚生労働省研究班の推計で分かった。死亡数は高齢化で増加しており、2017~19年の上半期の超過分はそれぞれ最大2万人前後だが、今年は最大7467人にとどまった。
~中略~
推計で使う人口動態統計の速報では死因が分からない。研究班の鈴木基・国立感染症研究所感染症疫学センター長は「今年はインフルエンザの流行が小規模で、新型コロナ対策で他の感染症も減った影響ではないか。新型コロナによる超過死亡は海外と異なり多くないと思われる」と話す。

超過死亡というのは、平年予測値を上回る死者数のことを指します。すなわち、統計上の予測からここ数年の中では比較的大きく外れることが無かった(コロナの影響があるように見えない程度に人が死んでいなかった)ということです。
ただしこれは「コロナで人が死んでいない」ということでは勿論ありません。相対的に「インフルエンザの流行が無い」ことや「交通事故者数が減っている」ことが影響しているというだけです。あくまでも全体の死亡者数が特筆するほど増えていないというだけの切り口です。

とはいえ、です。

インフルエンザの死亡者数が相対的に減少していることと、コロナによる死亡者数が相対的に増加していることを打ち消して(交通事故の現象で減少分を担っていると雑に計算して)同じくらい人が死んでいる(死んでいく)のだと仮定すると、医療崩壊を引き起こしているのは何故でしょう?

以下、国立感染症研究所のページから引用です。

報告の遅れや、介入、社会人口学的・経済的な状況が異なるため必ずしも直接の比較はできないですが、日本の全ての死因を含む超過死亡は、おおよそ同時期の米国およびヨーロッパにおけるそれよりも相対的に小さい(絶対数や対人口比)可能性があります
~中略~
10月現在の本分析(2020年7月までのデータ分析)では、超過死亡はすべての死因を含むため、今回観察された超過死亡は新型コロナウイルスを直接の原因とする死亡の総和ではありません。
~中略~
一方で、同時期に新型コロナウイルス感染症以外を原因とする死亡(例えば、交通事故死、自殺、インフルエンザ等他の感染症による死亡)が過去の同時期より減少した場合、新型コロナウイルス感染症を直接死因とする超過死亡を相殺することがあり得えます。

慎重な表現ですが、相殺せずに減少している現状を示しつつであり、比較的死亡者数が「相対的に多くない」ということを説明することだけは可能なようです。
超過死亡推定法や数値の動きには、専門的な知識が必要になるところと想像しますが、すべてを比較して「コロナの影響なし」とは当然謳えず、その一方で「多くない」ということを宣言するには十分ではないでしょうか。

また、同記事からの引用ですが、

11月現在の本分析(2020年8月までのデータ分析)では、超過死亡はすべての死因を含むため、今回観察された超過死亡は新型コロナウイルスを直接の原因とする死亡の総和ではありません。外出自粛等に伴う病院不受診や生活習慣の変化に伴う持病の悪化による死亡(増加分)、さらには例年より減少している可能性があるとされる交通事故死(減少による相殺分)など、新型コロナウイルスの感染拡大による間接的な影響も含まれています。これら死因を考慮し、直接と間接を明確にした分析は、データが入手出来次第行って参ります。

逆に考えると、国立感染症研究所ですら、死因を考慮した超過死亡者数の分析が行えるような十分なデータはそろっていないということになります。

これが揃わなければ、結局どの程度危険なウイルスなのか(例えばインフルエンザと比較してどの程度の死亡率なのか等)は観測できず、分からなければ最悪を想定して対策を行い続けるしかないということになります。


③結局我々はどうすべきなのか?

結局「コロナは危険だ」という当たり前のようなことを明らかにしただけで終わってしまうように思えるのですが、どのような部分がどのようにして危険なのかということを確認することは必要です。そうでなければ、テレビやTwitterのトレンド、ネットニュースを見て「危険らしい」と判断(正確には判断ではなく「同調」)して付和雷同、思考停止した状態で”大衆みたいなもの”に付き従うことになり、間違った道に進みかねません。何の覚悟も責任もない”大衆みたいなもの”は、ヘラヘラと同調を迫り、違う方向を向いている人間を殴り、そのくせ数日後には殴った人間と同じ方向に歩いていたりするものです。(炎上ですね)

経済と医療、どっちをとるのか?という質問を投げかけるのは苦しいことです。苦しいし、答えが出ない。しかし答えが出ない問題こそが最も大切であり考えるべきものであるということを、どうも理解していない人が多い気がします。情報収集と思考を止めないことで正解に可能な限り漸近していくことと、誰かに聞いただけのことを漠然と信用することは、全く違います。

とまあ偉そうに語ったものの、コロナむずい。むずいです。
2020年冒頭から12カ月ずっと考え続けてきて、およそ初めのころからスタンスは変わらず「感染しないような努力を行いながらも、可能な限り通常+αで様々な形で消費活動を行うようにする」です。

何より厄介だと思っているのは、もはや半年以上に見た記事でソースが見つからないのですが、コロナを軽視していた医療従事者の発信で最も心に響いた以下です。(引用にしますが私の言葉です。似たような発言をどこかで見ました

コロナウイルスは非常に恐ろしい。ウイルスの感染力や死亡率とは全く無関係に、メディアや各国政府の対応に伴う形であおりを受けた人々が、ここまでコロナウイルスを現状を正確に予測できた人はいなかっただろう。
これは経済的な影響もだが、医療体制の逼迫にも当然影響してくる。感染しないように細心の注意を払っていても、PCR検査で陽性となってしまえば働けず、人手が足りなくなる。病院は他の患者が来なくなることを懸念してコロナ患者を受け入れることもできず、コロナ患者を受け入れた病院は実際に患者が減り、更に感染リスクが高いからと差別を受ける。どれだけ丁寧な対策をしていても、関係ない。差別者はそんなことはお構いなしだ。
ここまでの状況になるとは思っていなかった。コロナウイルスを舐めていた。

およそこのような発言を拝見したことがあります。
読んでいただいてわかる通り、これはコロナウイルスそのものの危険性というよりも、間接的な、二次的な被害についてを指摘しています。二次的ですが、医療逼迫を引き起こしているという観点で、間違いなく直接的に人の命にかかわることです。

行くも帰るも地獄です。ああ、むずい。

特に直近だと、医療逼迫について地上波がこぞって報道し始めたなという印象を受けます。私はテレビの画面は叩き割ったのでほとんど見ていませんが、仮に本当に医療逼迫になっているのだとして、なぜ超過死亡者数は減少しているのでしょう?
想像できる説はいくつかあります。

1.誰かが嘘をついている
本当は常に医療逼迫気味だったのにもかかわらず、ことコロナの影響で医療逼迫が引き起こされているかのように報道されている。

2.コロナ起因で医療従事者が強制的に分断/減少させられている
コロナを受け入れている病院のリソース(ベッド数や人員、時間)がコロナ側に(通常の肺炎やインフルエンザでの対応とは桁違いに)割かれており、それ以外の患者の対応ができなくなっている。また、コロナを受け入れていない病院へ患者が殺到している。

3.死亡するような重症でない患者が病床や病院を逼迫している
都道府県によってコロナウイルス感染者の取扱いには差があって、シティホテルでの隔離というケースや、高齢者であれば軽症でも入院するといった事例もある(あった)。それによって割く必要のないはずのリソースが病院全体を逼迫している。

どれか(もしくは全部)だと思っています。どうでしょうか。

1.はまあどっちでもいいのですが、2.と3.が難しいですね。危険性についてどうあれ断言できない現状では、そんな奴ら放っておけ!帰宅させろ!と大声で指摘することはできない。どの選択肢が正解なのかもよく分からないのですから。はあ。むずい。

しかしこの医療現場の現状では、感染しないことが医療現場に対する最善の支援であり、旅行や消費活動を行うことが経済圏への最善の支援であるという、矛盾に近い形から脱出することができないままです。なんとかしなければならない。


で、私が「これってもうやってるのかな?やってないならやったほうがいいんじゃないのかな?」と思っていることを述べていきます。


1:下水道のPCR検査

現状、国内でのPCR検査はヒトの唾液や咽頭を拭うなどの仕組みで、ヒトに対する感染状態を観測するために行っていますが、前述のとおりPCRは単にウイルスの遺伝子がどれくらいあるのかを調べるための検査でしかありません。
要は、人の感染状態を検査するものではないわけですから、下水の検査を行うことだってできちゃうわけです。
これを行うことで、どの地域にどの程度の密度でウイルスが集中しているのかを推測することができるのではないかと考えます。

以下、wired.jpの記事からの引用です。

下水のウイルス濃度が高ければ、対象地域には感染者が多い可能性が高い。クラスターが発生していることがわかれば、住人を対象とした集中的な感染検査や、感染者の接触履歴の追跡が必要になるだろう。接触追跡をすると感染の恐れがある集団を絞れるので、十分な数の検査を実施することが難しい場合には特に有効になる。
オーストラリア、フランス、オランダ、米国では3月から同様の下水検査が実施されており、ウイルス濃度の推移は感染者数の増減とおおむね一致している。パリの研究者たちが実施した2カ月にわたる検査プロジェクトでは、医療機関に搬送される感染者が急増する数日前にウイルス濃度が急上昇した。イタリアでは昨年ローマで中国人観光客2人の陽性が確認される6週間も前の12月18日時点で、下水に新型コロナウイルスが含まれていたことがわかっている。

定期的な検査とモニタリングを行うことで、ヒトの動きよりもより大局的で安定した、統計上使いやすい数字を獲得することができるはずで、傾向分析には非常に使いよい数字が得られるのではないでしょうか。

ググっていただければわかる通り、地域ではちょくちょく行われているようですが、国単位や大きな自治体が行っているような実績は無いようです。(それこそ報道されるでしょうし)


2:ヒトのPCR検査の「陽性」判断の保留と3日間~1週間の隔離&再検査

①で掲載させていただいた日本感染症学会の記事の図2、および図3右図を見ていただけると分かると思うんですが「発症後日数」×「Ct値」or「ウイルス分離陽性率」は強い相関関係があります。

更に、一度の検査結果でCt値が陽性だったからといって必ずしも感染しているという判断をすべきかどうかが非常に難しいという事実については述べた通りです。

感染しているケースで、発症前~発症後~のCt値の相関については一定の知見が蓄積している状況を鑑みると、一度のPCR検査結果とは桁違いの精度を以って、被検者の感染状況を判別することができるのではないかと考えます。
で、一度目の「陽性」を陽性者として扱わずに「要再検査者」として扱い、隔離します。なんらかの閾値を改めて設けた日数(もしくはCt値の傾向における判断基準に基づいて)隔離を行いつつ、


3:医療従事者に対するコロナ支援基金の設立、もしくは超簡易なキャッシュレス形式の募金機構の整備

これは(特に前者は)既にあって私が知らないだけかもしれませんが、医療現場で命を張って働いている皆さんがひたすら苦労して、しかもコロナ対応にしたとたんに稼働を薄利多売化、収入減なのに労働時間増加といった滅茶苦茶な形になっていると思われます。
(コロナを受け入れない病院も、そもそも患者が減って収入減、コロナを受け入れた病院は患者が増えている者の他の患者が全く来なくなる(風評被害というか、対策をとっていても避けられてしまう)ので収入減といった形です)

一方でリモートワーク支援をする職業なんかはひたすら業績向上。不公平にもほどがある。
税金以外の仕組みで、なんとか支援制度を確立することはできないのでしょうか。

また、例えば近所のお世話になっている病院、もう病院に限らなくてもいいんですが飲食店とかでも、投げ銭みたいな形で直接的に支援することができる機構はいつになったら整理されるんでしょうか。ずっと疑問です。
主要なキャッシュレス業者には去年一通り問い合わせしたんですが、基本的に「支払い以外の仕組みで送金することはNG」らしく(※特定のサービスなら可能なのですが、有名どころじゃないともらう側も困りますよね)、やるせない気持ちになったのを覚えています。


終わりに

論文かな?ってくらい長文ですが、書いてしまったものは仕方ないので記録として残しておくことにします。

念のため、素人の私が調べた限りの情報と個人的見解が混じっているので、そのまま鵜呑みにしないように是非お願いいたします。リンク先をご丁寧に参照いただけると安心です。
(できる限りニュートラルな立場になるように書いたつもりですが、もし不快に思われた方がいらっしゃれば、コメント欄でもご指摘ください。修正させていただきます)

なんにせよ、コロナむずいですね。

一日も早く皆が気兼ねなく出かけて、ライブに行けて、運動できて、飲食できる日が来ることを願っています。そこだけは皆、同じ気持ちではないでしょうか。それでは。

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