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ショートショート:大連の星海公園にて

 大連で三日間開催された日本文化の展示会出展の仕事がやっと終わった。昨年中国各地で起きた反日デモが嘘のように大盛況の展示会だった。

そう言えば大連だけは反日デモは起きなかったんだっけか。

 夕食にはまだ少し早い時間だったので、近くにある星海公園まで足を伸ばした。

 行く途中に見かけたバス停。ちゃんと整列をして並んでいた。中国は並んだしないと言うが、大連の人たちはちゃんと並ぶのだ。

 そのバス停の道路の真ん中で殴り合いの喧嘩が始まった。
 男一人対男二人。
 罵声合戦の後、男二人の方が男一人の方に殴りかかった。ボコボコだ。
 男一人の方は必死に逃げ見えなくなった。

 逃げ切ったかな? 良かった。

 男二人は勝ち誇ってゲラゲラと笑っている。そして男が逃げた反対方向に歩き出した。

 数分後、一台の黒い車が男二人の前に急ブレーキで止まった。

 車から男四人が降り、さっきの逃げた男が最後に降りて来た。そして男二人を急襲し、ボコボコにした後、車に戻り来た道を戻って行った。

 東北人は喧嘩っ早いって言うけど、こういうことかと思った。

 星海公園に着いた。もうすぐ陽が落ちる時間だ。夕日はとても綺麗だが、人は少なかった。少ないと言うか、僕と学生っぽい若い中国人カップルが一組だけだった。そりゃそうだ。シーズンじゃないし、平日だし、別段何かあるわけでない普通の海岸だし。

 夕日を見ながら二人が会話を始めた。
「もうすぐ君の誕生日だね? 何か欲しいものある?」
 どうやらもうすぐ彼女の誕生日らしい。

「うん、ある。言っていいの?」
「もちろんさ。言ってみて」

「でも絶対にダメって言うと思う」
「言わないよ。ダメなんては言わない」

「じゃあ、言うね」
「うん、言って」

「iPhoneが欲しい」
「えっ? iPhone? 最新の?」

「そう。最新の」
「それはダメだよ」

「ほらダメって言った!」
「そりゃダメって言うよ!」

 だんだんと二人の声が大きくなる。

「あなたが言ってって言ったから言ったのよ。可能性はないの?」
「可能性はない」

「全くないの?」
「可能性は全くない」

「じゃあさ、もし尖閣諸島が日本のものになったら買ってくれる?」

 男はしばらく考えた。

 僕も考えた。
 彼が「それでも買わない」と言ったら、彼女は絶対にiPhoneは買ってもらえない。
 彼が「そうなったら買ってもいいよ」と言ったとしても、中国人からすると個人の考え方は別として、尖閣諸島が日本のものになることなんて有り得ないことになっているので、どちらにしろ買ってはもらえない。だが可能性としては全くゼロってわけではないところに彼女は賭けているのだろうか。

 彼女は彼の自分への愛情を確かめているのだろうか? 愛国心も試してる?

「尖閣諸島とiPhoneは関係ないでしょ」

 彼はそう答えた。

「やっぱり可能性はないってことね」

 彼女は不機嫌になることなく、彼と腕を組み星海海岸を後にした。

 彼女は落としどころの会話を探していたのかな。頭のいい彼女だ。
 夕日も沈んだことだし、そろそろ僕もホテルに帰ろう。

 戻る途中、バス停に人民たちがきちんと並んでいる光景を見た。


 もう男たちはいなかった。
 また大連が好きになった。

(完)

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