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ゆたかさって、まだ ”おいしい生活” なのか?

「ゆたかさって何だろう?」というテーマを聞いて、『おいしい生活』という言葉を思い浮かべるコピーライターは多いだろう。ていうか、コピーや広告を勉強した人なら全員、思い浮かべるんじゃないか。

言わずと知れた、糸井重里氏による西武百貨店のキャッチコピーである。今、調べたら1982年。いわゆるバブル景気前夜だ。しかし、この歴史に残るコピーが生まれた社会背景とかはさんざん語り尽くされてるし、また語る技量も知識もないのでここでは書かない。

ただ、仮にも20年あまりコピーを書く仕事をしてきたので、「書く人間」として、もう一度、この機会に『おいしい生活』を見直してみたいと思いました。修業時代に何度もボディコピーは写経したけれど、また書いてみよう(余談だがこの歳になってボディが好きになってきた)。あ、ボディコピーというのはキャッチコピーに続く数行の文章のことで、ここでキャッチコピーの「謎解き」がされてることが多いのです。

おいしい生活

甘いばかりじゃ、退屈です。
辛い、苦い、酸っぱい、渋い、と、
いろいろあるのがオトナの生活。
問いたいのは味であります。
身も心もとろけるようなおいしさ。
よく噛みしめてわかる深遠なるおいしさ。
ちょっとクセのある不思議なおいしさ。
味のないのは嫌い、まずいのはダメ。
自分のおいしさをさがすトリップは、
そのまま、自分の生活をさがすことらしい。
おいしい人に逢って、おいしい本を読んで、
おいしいファッションを見つけて、
おいしい時間を過ごす。
そんな生活、理想に終わらせたくないな…。
あなたと一緒に、西武も、
もっと食いしんぼになるつもりの
1982年です。

いかがでしょうか?

世の中には色々な人がいますし、世代によって言語感覚が違うのは当然なので、このコピーから受け取る印象は千差万別だと思いますが、いま書いていて、あらためて思ったのは、「言い切らないことによる独特の浮遊感」です。

「~をさがすことらしい」「~終わらせたくないな…。」「食いしんぼになるつもりの~」という感じの、ちょっとしつこいくらいに言い切らないことで、いい意味で言えば「押しつけがましくなく」、悪く言えば「煮え切らない」文章。

「お前、どこまで本気で言ってんだ!?」という。

でも、きっと、この語り口調がこの時代だったのでしょう。私は当時5歳だったので、わかりません。

あと、気になったのが、「おいしさをさがすトリップ」のところ。ここだけが唐突にちょっと違和感がある英語になってるのは、なんでだろう?これこそ糸井マジック?

と、あらためて書いてみるといろいろ再発見があって面白いんですが、やはり、「おいしい」と「生活」という、それまであり得なかった言葉の組み合わせ(=突然変異)に、当時の日本人は心底びっくりしたんだろうな。それこそ、「お前、本気か!?」と。

で、2020年に戻ってきて、いま、『おいしい生活』にあたるような、ゆたかさって何だろう?にバシッと答えてくれるような言葉はあるだろうか。コロナ前・コロナ後でもぜんぜん異なってくるのかもしれませんが、とにかく最近、そんな言葉あったかな…。

一応、また懲りずに、広告の言葉からさがしてみようと思います。毎年、その年度を代表するコピーをコピーライターが選ぶTCC賞というアワードがあって、その2019年度の受賞作から近いものを独断と偏見でいくつか選ばせてもらいました。

奇妙なものを持ち歩いてるもんだ
お金ってなんなんだろう
(三井住友カード)
あとは、じぶんで考えてよ。
(宝島社)
心って、心の持ちようだネ。
(earth music&ecology)

いかがでしょうか?

ちょっと作為的に選んでもいますが、なんというか、「言い切ってない」どころか「投げかけてる」コピーばかりです。「もうわかんないから自分で考えてみてよ」的な。いい意味で言えば、「読み手の感性や想像力を信じて、ゆだねてる」し、あえて悪く言えば「丸投げ」?

賞を獲るコピーというのはちょっとシニカルなコピーが多いのかもしれませんが、もしかしたら、広告というものは、もう「ゆたかさを表現する」場ではなく「ゆたかさを問う」場になっているのかもしれませんね。

ただ、もしも今が、「はぁ? ”ゆたかさ”なんて、どこにあんの?」という時代の空気になってるのだとしたら、これはとても悲しいことです。『おいしい生活』の80年代から40年を経て、絶対に、物質的には便利で快適になってるはずなのに、反比例するかのように心が満たされてない…。

もしくは、「ゆたかさ」も色鉛筆のように多様化しすぎて、サクッと万年筆で一行、みたいにまとめられない時代なのかもしれませんね。

さて。コピーが好きなので、ついつい広告ばかりに目がいってしまいましたが、広告以外の言葉でもいいので、「ゆたかさって〇〇〇だ!」って、元気に叫んでる一行に出会いたいものです。

炎上したっていいじゃないか。多少なら。

息苦しいコロナな日々に、風穴をあけるコピーを。

あなたなら何て書きますか(丸投げ)。


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