自適に生きたい繊細リーマン
こんにちは。繊細リーマンゆうたろうです。
このnoteは適応障害で休職と転職を繰り返す繊細サラリーマンの体験談を、一方的にあなたの脳内に語りかけていく記事です。
今回は今年一年を振り返って、唯々私の話を晒していきたいと思います。
適応障害になって「適応」を考えるようになった
私は適応障害の発症で休職を3回、転職も3回繰り返してしまいました。
適応できないと主観的に感じて、心身に不調が出てしまう「適応障害」。
この「適応」って何だろう。
状況、環境に都合よく変化することが「適応」。
まず分かったことは、私にはどうしても適応できない環境があったということ。
適応できない自分に気づいてあげられた
散々自分を追い込んで、責めて、逃げて、どん底を過ごして、やっと自分というものを学べた気がします。
昔の私のこれらの考えを、180度変えてくれた適応障害。よかった。
人生って自分の思う通りに決めていいし、生きていいんですね。
合わない場所って存在するし、そんな場所で出世すると余計に苦しい。
他人の価値観にひたすら合わせていても、 成長にも学びにも、そしてその人のためにも何にもならないと気が付いた。
努力や我慢の先には、感情が消えた自分や、そんな男と一緒に居なければならない不幸な家族しかイメージできなかった。
自分に適すると書いて「自適」
自適に生きていたい。ここ一ヶ月くらい、そう思うようになってきました。
自適というと「悠々自適」で老後の生活をイメージしますけど、 私は単に自分に適した状態を表す言葉だと解釈しています。
適応障害発症するまでは考えたこともなく、とにかく次のような考えで仕事を続けていました。
長く務めた職種だから頑張る
好きな会社、好きな商品だから頑張る
間違いなく出世コースだから頑張る
この考えは3回目の適応障害診断と、休職、転職を経てやっと変えることが出来たように思います。
今は次のような考えに変わりました。
もうこれ以上続けられない職種だよ
大きな理念や使命感より自分に合うかどうかだよ
苦手な仕事で責任が増えると地獄だよ
これが良い変化だったかは、これからの私の過ごし方で解釈が決まります。
でも、だから、自適を徹底的に意識して、生きてみます。
自分に適した状態だから、のびのびと、楽しめる。
こう思える自適な生活を私は今、目指しています。
笑顔で過ごしていたいし、家族との時間を大切にしたい。
人を助けられる余裕を持ち続けたい。
そのためには徹底的に「自適」な状態を維持したいと思っています。
自分を観察し、気づくための1年でした
もっとありますが、私はこの弱さを持っていることを自覚して、オープンにしていこうと思っています。
気付いているからこそ、対処できます。
オープンにするからこそ、教えて貰えたり、助けても貰えるかも知れません。
社会に出て働くって、どんな人間との関係が発生するのか、正直ギャンブルですよね。
自分とあまりにも価値観がかけ離れている人から、怒声・叱責・無視を受けると、どうしても私は生活の中から笑顔が消え、萎縮し、他人に不寛容になってしまいます。
だからこそ、オープンにしていこうと思う。
私は弱く、愚かで、何も知らない。
怖がりで、すぐ不安になるし、怠け者。
知ってもらって、それで堂々としていよう。
外の環境で自適かが決まるのではない
環境にあわせられなくて発症した適応障害。
でも自適を意識していれば、外の環境なんて関係ない。かも知れない。今はそんな気がしています。
笑っていればいいし、出来ないことには出来ないと言えればいい。
異なる価値観の押し付けに出会ったら、「そうですね、そういう考えもありますね。でも私は違います。」とオープンに出来ていればいい。
自分を殺して働いた先には、他人とって都合の良い私しかいなくなる。
私の幸せは私が決める。
一度病気になった私は、きっともう「元の私」に戻ることはできない。
でも、それが本当の自分なんだってわかった。
気付くのが遅くなってごめん。
来年からは、この気付いてあげられた自分に寄り添って、とことん自適に生きていこうと思う。
2022年も、どうぞよろしくお願いします。
以上、最後まで目を通していただき、ありがとうございます。
これを読んでいただいたあなたを、前向きとまではいかなくても、横向きくらいにはしたい。
繊細リーマンのゆうたろうでした。
ではまた!
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