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満月の帰り道

その夜もお気に入りのバーに行った。私の連れは30代の単身赴任中の彼。もちろん不倫だ。バーのマスターや常連さんは多分気づいていると思う。でも何も言わない。大人のたしなみってやつか、あきれてものも言えないのだろう。何故って、私も結婚してるのだから。

その日もお気に入りのジントニックを二人で飲んだ。お店はお客さんがいっぱいでカウンターには空きがなく、入口近くのソファ席でいつも通りの楽しい時間を過ごしていた。

ふと、視線を感じる。...?なんだかカウンター席の男の人とやけに目が合う。ちょっと顔を見たけど知らない人だ。気にしつつジントニックを2杯飲み終わったところで帰ることにした。常連さんたちが笑いながら「どこ行くのー??」などと聞いてくる。私は「家ですよー」と明るく答えた。ホントにその日は帰るだけだ。

その時、カウンター席の男の人が私に話しかけてきた。「昔付き合ってたまゆこちゃんに似てるー。さっきから心臓バクバクですよー。」

驚いて思わずちらっと彼を見たら「はぁー??」みたいなおどけた顔して状況を楽しんでる。すると口の悪い常連さんが「こんなやつに似てるるわけないやろー」と言うから「その子の事知らないでしょ!これ今いい話ですよ!」と言い返した。

カウンターの人は私を凝視したままで、私はたくさん会釈して店を出た。ちょっといい気分。自分の価値が上がったような気がした。彼は私の前を歩いていたけど突然振り返って手をつないできた。こんなことをするなんて今までになかった。何とも言えない幸福感が私を包んだ。思わず顔がにやける。「ナイス、カウンターの人」心で呟いてぶんぶん手を揺らしながら歩いた。

こんな時間が永遠に続けばいいのに、と願ったけれど。それは思い出として永遠に心の奥にしまっておくしか無いのだった。


#2000字のドラマ

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