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望月

 望月の空である。散らばる星々も瞬いている。甚六は知った星座など、ぼんやりと探しながら、咲代が何か発するのを待った。渡り鳥のように決まって現れ、草木のように季節で枯れ落ちることもない星月はたくましい。厚い雲に遮られようと、人の見上げる目が曇ろうとも、厳然としてそこにある。

小説咲夜姫/山口歌糸

望月(ぼうげつ)とは「月を望み見ること」でもあり、一方で「満月」という意味もあります。

静岡県だけで特に多い名字として「望月」「杉山」「佐野」があります。

個人的な話では、小説咲夜姫を編纂してくれた人も佐野さんで、富士宮にある書店の人も佐野さんで、また別の書店の人も佐野さんでした。

また静岡へ移住した当初に勤めた会社では、部署ごとに望月さんと杉山さんがいました。何となくこれらの名字の方は、たぶん地元の出身なのだと思うようになります。

静岡では、月を見上げると同時に富士山を見上げることにもなり、望月という名字の由来もきっとそうではないかと思っています。小説の中ではたびたび富士山や空の情景描写などがあり、望月という言葉も是非使おうと考えていました。それが冒頭の文です。

「それな、清水の方で売られている名物だよ。妹の家も一応は、その地に近い。天辺の色は焼き印で、満月を模したそうだ」
 甚六はあごでしゃくって天を指した。咲代は見上げた。
「な。月に似ているだろう。風情がある」
 咲代は長くは月を見上げず、視線を落とした。そして顔を包みの握り飯へ近付けて、ゆっくりとかじりついた。
「腹が減っていたか」
 咲代は頷いた。飯で膨れた頬が、つき立ての餅のように艶を帯びた。

小説咲夜姫/山口歌糸

この作品は竹取物語を主軸としていますが、原案とした"富士の竹取物語"では帰る先は月ではなく富士山なので、月の位置付けは妙なところになります。上の文は第一章の最後で、幼少期の咲代さんは月を見上げるもすぐに視線を落とします。興味がないというか、まだ帰りたくもない様子です。