最近の記事

リボンの曼陀羅

1.不惑の男 気がつけば、四十歳になっていた。 デビューして数年の間は、ちょっとした賞なんかも獲ったりしていたが、今となってはそれこそが、不幸だったのかもしれない。まがりなりにも自分には才能があると錯覚してしまったのだろう、余熱と中途半端なプライドだけが、引き際を見失わせた。以降、芽が出ないなんて時期はとうに過ぎており、そのまま種ごと腐りかけても、凝りずに絵を描き続け、もうすぐ二十年近く経とうとしている。 久しぶりに実家に帰っては、決まって母が口にした小言もいつからか聞く

    • あおげばとうとし わが詞と音

      セーラーのスカーフが歪んでいた。 「可愛いくないな。」 少女は、何度もスカーフに触れては小首を傾げる。 鏡を覗くために背伸びした足がふらつく一瞬、 鏡の向こう側から、ノイズ混じりのラジオ放送のような声が聴こえた。 『神様、もしいるなら、僕の声は忘れて。君の声を聴かせて。』 それは、うんざりするほど聞き慣れた声だった。いつからかはわからない。 生まれてからずっと聴こえていたような気もする。 どうやら自分にしか聴こえないこの声は、よく聞き取れないことも多いし、変なことばかり言

      • サンタクロースは二度死ぬ

        バンド、アーバンギャルドが自身初のクリスマスソングとして、新曲『サンタクロースビジネス』を配信リリースした。 Youtube上に公開されたMVでは、クリスマス当日、バンドマンとしてステージに上がる父親と、ひとり寂しい夜を過ごし、サンタに扮した父親とのクリスマスパーティを夢見る娘の様子が映される。 デビュー以降、トラウマテクノポップバンドが様々な作品に織り交ぜてきた毒気ともいえる表現や世界観は限りなく抑えられ、娘・父それぞれの視点から、世に幸せを届ける生業と、それにより選びえ

        • アーバンギャルド妄想駄文:「アバンデミック」

          2020年11月25日にアーバンギャルドのニューアルバム「アバンデミック」が発売された。 コロナ禍においてあらゆるエンタテイメントが不要不急とされ、世間からクラスターの温床と見做されたライブハウスを主戦場にしていたバンドが新たな活動の模索を余儀なくされるなか、アーバンギャルドもその危機に直面していた。目まぐるしく変わる世界は、リーダーの松永天馬の目にどう映ったのか。自粛期間を製作期間にリリースされたニューアルバム「アバンデミック」について、分析や考察というには大袈裟過ぎるの

        リボンの曼陀羅

          これは聖書なんかじゃない

          アーバンギャルド水玉自伝を読みながら、そう思った。 たしかに、非常に聖書的な形式ではある。アーバンギャルドの誕生とその軌跡をそれぞれ異なるメンバーの目線から振り返る水玉自伝。同じキリストの誕生と奇跡の数々をそれぞれ異なる使徒の目線から記録した4つの福音書みたいに、アーバンギャルドにおけるビフォア・クライストとアンノ・ドミニを辿る。個人的には、脚注が文字通り各ページの足元に添えられている点も、聖書的なイメージを強くした。 ただ、読み進めていくにあたって、これは聖書ではなくて

          これは聖書なんかじゃない

          脱がない男

          人は誰でも、意識無意識に関わらず誰かを消費しながら生きている。それは、『あなたは○○だから』とか、『女(男)なんだから』だとか、相手を自分が思う相手の像に嵌め込むことでもある。もはや、こうであって欲しいという願いですらあったりする。 みんな願うことで救われるから、それをやめられないし、相手は相手でその願いを感じ取ってその役割を演じる。自分を売って、消費される。その方が世界がうまく回ったりする。 ・女はこれまで母親からも恋人からも、『大事にする』という言葉を与えられて、それ

          脱がない男