見出し画像

日食なつこ “なだれ” Studio Footageを観て

日食なつこの新曲“なだれ”のレコーディング風景がYouTubeに公開された。黒髪ロングに赤縁眼鏡――というのはさすがにかなり昔の姿であると知っているが、画面に登場した日食なつこの髪がベリーショートであることに新鮮な驚きを覚える。

手をさっとあげ、フィンガースナップとともにピアノを奏ではじめるクールで自然な所作にはキャリア10年越えの風格が漂う。“なだれ”“水流のロック”とほぼ同じBMP、リズムのイントロで幕を開けた。技術に裏打ちされた粒の立ったピアノに朴訥とした語りのような歌が併走するAメロが続き、2小節少なくフレーズが終わることで心地いい違和感を残しつつ、フィンガースナップで場面がさっと切り替わり、Aメロをもう一度繰り返して、サビへ。

音楽的な話をすると、イントロからAメロにかけてはペダル・ポイントでトニックのラの音が常に鳴りつつ、「A→Dm→G→A」とノンダイアトニック・コードを交えた大胆な動きを見せる。その間ずっとベースはソ→ソ♯→ラと半音の動きを繰り返しており、まさにピアニストらしい和声が紡がれている。

サビは下降クリシェで「A→E/G#→F#m→Em→D→Dm→C#m→F#m→B7→D/E→A」(2回し目)。合間のドミナント・マイナー(Em)が効いている。「凍りついた」のメロディはサブドミナント・マイナー(Dm)にあわせてラ→ソ♯♮→ファ#♮→ミとスケールにない音を経過して下降。フレーズの最後、Bm7ではなくB7で着地に向かうところに丁寧な美意識を感じる。サビ終わりのロングトーンにかかる細かいビブラートがまた美しい。

2番前のつなぎは「A→C#7(♭9)→F#m7→Em7」。寂寥感のあるC#7にテンションでフラット・ナインスがついて更にグッとくる進行とともに、komaki氏のドラムが阿吽の呼吸で登場。落ちサビでは、メロディは同じまま、今まで下降クリシェだったコードがなんと上昇クリシェに転換。スケールにない音をふんだんに使いながらも耳馴染みのよい、どこかクラシカルな威厳を感じる楽曲に仕上げるテクニックはさすがである。

日食なつこ

日食なつこの冬の朝の空気のような鋭利で透徹なファルセットがずっと大好きだ。そのファルセットと低い地声によって織りなされた彼女の歌声を聴くと、どこまでも広がる岩手の山並みとそこに吹く一陣の清らかな風を想起する。

日食なつこの歌はいつも瞬間を歌っている。“跳躍”では傷つくこと、傷つけることへの恐怖を振り払い人混みへと飛び込む瞬間を、“空中裁判”では不貞を犯し、裁きを待ちながら愛する人を想う瞬間を――。“なだれ”もそうだ。不安を抱えながらも明日へと飛び出してゆくさなかの2人の姿が描かれている。暖かい春の陽射しに閉ざしていた“僕”の感情は雪崩れ、溢れてゆく。凍りついた桃源郷に吹く春風に先に気づいた“僕”が“君”へと呼びかける「さあ雪崩れ落ちておいでよ」と――。

スクリーンショット 2021-08-11 23.39.13

その瞬間、こんな顔でこっちを向かれたら、視聴者の我々は雪崩れ落ちるしかない。極めつけは演奏後に言い放った「100点満点だな最早」の一言。一生ついて行きます、とひれ伏すしかない圧巻のレコーディング風景と最高の新曲だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?