滝谷かつひろ (バンデンピピ)

滝谷かつひろ (バンデンピピ)

最近の記事

  • 固定された記事

穴と時

僕には生まれ持った穴があるのだ。 僕には流行りのゲームも、流行りのドラマも、青春とやらも、つまらなく思えた。家族からの愛は充分に受けて育ったし、ほとんど不自由なく生きてきた。友達も少ないが居ない訳じゃない。でも、どれも穴の形に当てはまらない。 時間は僕と同じ速度で進んでいた。 惜しむ事なく高校を卒業し、家の近くの大学に進学した。 ある日、講義を受けている途中、僕はふと右斜め前に座っている女性を見た。彼女が居る場所は、この世界と別の世界が重なり、特別な色を出しているように思え

    • 選択の天秤

      「過去と現在と未来は、同時に存在する。」 これは物理学の言葉。でも僕は、本来の意味と違う意味で、この言葉を思い返すことがよくある。 まず、人生にはとてつもない量の選択があり、日々、正しい選択を強いられている。 ただ、選択肢はいずれも、平等に選ばれているわけではない。 中学で野球部に入っていた人が、高校でも野球部に入るように、夕食をパスタに決めた人が、フォークを手に取るように、選択の天秤は、過去の要素がより多く含まれている方に大きく傾く。 過去によって現在の天秤は傾き、現

      • ワードウルフ幸福論

        ほんの少しだけ、話が噛み合わない。 多分、ほんの少し。 気付いている。自分が違う「お題」だということ。 ワードウルフは人狼とは少し違い、最初に自分が「市民」か「ウルフ」かを知らされていない状態でゲームが始まる。そして、会話の中で自分の立場を考察しなければならない。 市民の勝利条件はウルフを処刑すること。 だから、ウルフである者が生き残るには、誰よりも早く自分の立場を悟る必要がある。 その点では、僕は幸運だった。 僕は、自分が「ウルフ」であることに、いち早く気付くこと

        • 辛いでええやん。

          「好きの反対は無関心」とか 「傷ついた分だけ人は強くなる」とか 「明日はきっとよくなる」とか そういうのは全部、嘘。 好きの反対は嫌いだし 傷つくことも強くなることも必要ないし 明日もどうせクソだよ。 そういうのって多分、 嫌われずに 傷つかずに 今日がよかった人の言葉だよ。 ほっといてくれればいいのに そういうのって全部、 辛いでええやん。

          5回数えて、正。 14回数えて、誤。 一画目を書いたところから誤っていた。 真横に長い一本を書くべきだったのに、筆を下ろして点を書いただけだった。 楽をした。 本当は5回だけ数えれば良かったのに。 14回も数えたのに。 キリも悪い。 僕はこれから、14回、28回、42回、56回、70回、、、と誤っていくんだろうな。 14の段の掛け算だけ上手くなる。 しょうもない特技。 みんなはちゃんと「正」を書けてたのかな。 他人の「正」を覗いてみよう。 どれもこれも歪んだものば

          パフェ

          僕は甘党で、それはとても甘かった。 辛さの一切ない甘さ。 甘いだけの空間。 視界がぼやけてしまうほどの空間への着色。 ただ少しの違和感。少しだが大きい違和感。そこに確かに存在するが妥協を繰り返した違和感。 コーンフレークだ。 コーンフレークは甘いだけの空間の中の完全な異物だった。 いつの日かコーンフレークの量増しによって、それが容器から漏れ出してしまわないかと不安になっていた。 それは見た目もいい。 馬鹿げているが幸せな形をしている。 見れば見るほどに惹かれる。 無く

          散歩する鯨

          いつからか、上空に一頭の鯨が游いでいた。 鯨が現れた正確な日時は不明のままだ。なぜなら、人によってそれが現れたとする日時がバラバラなのだ。学者によると空を飛んでいること以外、普通の鯨なのだそうだ。そのことで動物愛護の観点から保護しようとする声が上がったが、空を自由に游ぐ鯨を神と崇める者達がそれを拒んだ。 鯨が大々的にニュースで報じられるようになり、人々のほとんどは見上げながら生活をした。色々な意見があることから鯨に直接的に触れることは出来ず、机上のみで話が進んだ。 そし

          祈るくらいなら

          僕はバンドを組んでいた。僕らは俗に言うロックバンドで反抗的な尖った歌詞で、少々の人気を得ていた。だが、バンドが波に乗り出した時にボーカル兼リーダーが酔った勢いで店の店主に難癖をつけた上に暴行を加え、逮捕された。 解散理由は数少ないファンに「一身上の都合」として発表されたが、SNSで少し検索すれば逮捕されたニュースが出てくるし、居合わせた客が撮影した動画まで出てくる。 今は心機一転、使っていたギターを売り払い、まともに就職しようと就活をしている。就きたい職は決まっていたが、志

          多元宇宙論

          僕が住んでいる場所には真っ青な空と、澄んだ空気と、なんとなくな憂鬱がある。 テレビを付けて情報番組にチャンネルを合わす。そこには、通り魔殺人事件が起こり犯人が未だ逃走中だというニュースが流れていた。最近は暗いニュースが多い。貧困により不健康な生活を強いられているだとか、厄介な病が流行してるだとか。 遠い場所の話。 テレビを消す。黒くなった画面に暮らしが映る。 カレンダーを見ると家賃の支払いが今日である事を思い出し、コーヒーを飲む。 会社に着いて、紙まみれの机に座りパ

          生活転生

          僕の部屋は物で溢れかえっていた。僕は物が捨てられないのだ。 例えば、高校の修学旅行でベトナムに行った時に、その場のノリだけで買った猫か熊か分からない置物。その場に誰が居て、どんなノリで買う事になったかは覚えていない。この置物は、もしかすると猫でも熊でもない現地における神の使いのようなキャラクターなのかもしれない。そうだとすると、捨てると縁起が悪いので捨てられない。 他にも、勝てなくなって辞めた将棋のセット。就活を始める頃には自然消滅したバンドで使っていたギター、友達から貰

          向こうの彼

          三日後に私と会う約束をして、彼は自殺した。 私と彼の関係は、ただバイト先が同じというだけで、深い関係ではない。でも、状況が状況なので気になっている。 もしかすると自殺では無いのかもしれないと思った。なぜなら、よく探偵もののドラマや映画で、自殺だと思われていた人物が死ぬ前に再配達をしていたり、コーヒーを淹れていたりして、実は自殺に見せかけた他殺だった。というのをよく見るからだ。だか、彼の遺体を調べた警察によるとほぼ確実に自殺なのだと言う。 彼が私と会う約束をしたのは二日前の

          ロマンティック呪詛

          ロマンティックな呪いにかけられた。 血の色が薄れていく感覚が心地よく、別の色に染まっていく感覚に歓喜する。 つまらない話に耳を傾け、悪戯な嘘を真にする。 呪いが解けないように、血の流れは逆流する。 不健康であると知っていて、延命するように呪われる。 「キャンドルが欲しい」と言われれば、走ってキャンドルを買う。「その匂いは好きじゃない」と言われれば、謝罪をし、どんな匂いが好きか尋ねて走る。刃を向けられれば、喜ぶようにそれを苦しんで受け入れ、弱っていく。 これを悲劇だと言う人

          異端村

          小さい頃、戦隊ごっこが流行っていた。僕はいつも悪役を選んでいた。信念を持っていて、敵が多くても屈せず、自分の願いを叶える為に努力する。そんな悪役が好きだった。友達は戦隊ごっこをする度に悪役を選ぶ僕を不気味がった。ある日、いつも通り戦隊ごっこをしていた時、僕はどうしても負けたくなかった。その場に落ちていた石を拾ってリーダー格のヒーローに目掛けて投げつけた。石はヒーローの顔面に当たった。僕はヒーローが蹲った瞬間にヒーローの腹を蹴り上げた。悪役がヒーローに勝った。僕はとても嬉しかっ

          憂鬱な土曜日

          猛暑日のクリスマス、暗い朝。 広い四畳半の部屋、静かなアラームで起きる。 いっぱいの腹が鳴って、難しいトーストを食べる。 何もしない多忙な時間が過ぎ、冷静に取り乱す。 外出用のダサい服に着替え、忘れ物ばかりをする。 新品のガラクタを、捨てるように大事に持つ。 エアコンを点けて、開き難いドアを開く 何も運べない電車で、空っぽの体を運ぶ。 輝かない電飾、一人しかいない人混み。 分かりにくい集合場所で、目立たないように待つ。 二人になって、ひとりと思う。 「さよなら」のように「やあ

          君のような君。あるいは君

          「君だけが居る世界に君は居て、僕達が居る世界には君は居ない。僕達が知っているのは君のような君。 好かれ者の君は逃げるように対面し、嘆くように笑う。君が僕達の居る世界に居られたら、君はどれほど楽だろうか。もしくは、君という存在が君のような君みたいな人物になれたら、どれほど平和だろうか。 しかし、存在させてしまったどちらかの世界を消し去る事は出来ないのだ。厄介な事に消し去ろうとすると、世界は君に名残を留める。思い出として残した物、服装、僕達の記憶などに世界はこびり付く。世界の

          君のような君。あるいは君

          魔女の魔女狩り

          皆が魔女狩りのふりをする。魔女である事が明るみに出れば、同じ魔女狩りのふりをした魔女に狩られてしまう。水を出す魔法が使えたとしても、誰にも見られないようにひっそりと、自分の喉を潤わす事にしか使えない。灯をともす魔法が使えたとしても、誰も居ない暗い部屋で、本を読む為に照らす事でしか使えない。 魔女である事が知られないようにという装いに疲れた魔女達は小さな自殺を繰り返す。生きている事を味わう為のほんの小さな死を。 そうすれば、生き延びる事が出来る。 空が青い退屈や朝が眩しい絶