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データを使ってまちを変える方法——Spatial Pleasure・鈴木綜真さんに聞く、〈データ〉と〈まち〉

「街づくり」はとても複雑なものです。
そこに住む住民はもちろん、商いを営んでいる人、デベロッパー、行政……などさまざまな主体による活動の上に成り立っています。各々の活動はお互いに何らかの影響を与え、結果的にまちという姿で現れます。そう考えると、それらの主体が街づくりを意識することから、本当の街づくりが始まるのではないでしょうか。

ふだんから私たちは「都市」という言葉を使いますが、では「都市とは何ですか?」と問われると、途端にむずかしくなってしまいます。たとえば「東京」や「パリ」は都市と言えそうですが、どこまでが東京で、どこからはパリでないかを考えると、行政区分として引かれた線引きでしか都市を理解できていないようにも思えます。

しかし、「都市」が実在することは事実で、私たちの目の前に実際にある。それを「都市である」と見えるようになるには、特殊なレンズのようなものが必要なのだと思います。そのレンズとして機能するもののひとつが「データ」なのでしょう。都市の背後には、国家、市民、政治、権力、科学、文化、さまざまな要素が見え隠れしている——それらを都市として「見る」ために、データを適切に束ねてレンズにする必要があるのではないでしょうか。

音楽という感覚的な指標を通して都市を再解釈し、新たな場所と出会うアプリケーション「Placy」はまさに、音楽を一種のデータとして捉えて束ね、都市を可視化するためのレンズとして機能するアプリだったように思います。Placyを創業後、現在は「Spatial Pleasure」へ商号変更し、交通領域のデータ計測・検証ソフトウェア開発をとおしてアジアを中心に都市空間の脱炭素化を目指す鈴木綜真さんは、どのようなデータを、どのようにレンズにして、どのように都市を見ようとしているのでしょうか。

今回のインタビューでは、「データと街づくり」という大きなテーマについて、鈴木さんにお話をうかがいました。街づくりにおいてデータを活用することの重要性は以前から議論されてきていますが、単にデータを使って街づくりをすると言っても、なにをデータとして扱うか、そのデータをどのような方法で活用するのか、そしてそれはだれのためのデータなのか、実践になればなるほど考えるべき課題は山積していくものです。

インタビューは、鈴木さんのこれまでの実践での成果と反省について切実に振り返りながら、これらの課題をひとつずつ紐解いていくものになりました。その内容は、これからも街づくりに取り組みつづける私たち、そして読者のみなさんにとっても、貴重なデータ=レンズになるはずです。

鈴⽊綜真
1993年生まれ、大阪出身。京都大学物理工学科在学中、オーストラリア、ボストン、南米など3年ほど転々とする。卒業後、ロンドン大学空間解析研究所(UCL Bartlett School)の修士課程にて都市空間解析の研究を行い、2019年5月にSpatial Pleasureを創業。都市の外部性評価に興味がある。Wired Japanにて「Cultivating The CityOS」という連載を行う。


データを可視化するだけでなく、データを使ってまちを変えたい


——まずは鈴木さんの活動の変遷についてうかがえますか?

ぼくはもともと都市を専門にしていたわけではなくて、大学では物理を専攻していました。ちょっと厨二病っぽいんですが(笑)、世界を公式化するというか、あらゆる事象を公式で記述していくのがすごくおもしろいなと思っていたんです。でも、量子材料学の研究室に配属されることになったのですが、その段階ではあまり興味をもてなくなっていて、2年くらいいろんな国でバックパッカーをしていました。

それでまちをプラプラしていると、人の動きがおもしろいなというか、見えてきたんですよね。

——人の動きが見えてきた?

なんていうんですかね。こう、人がまちでどういうふうに動いているのかって考えながら見ていると、原子の動きをシミュレーションするのと同じセオリーを使って、人間の動きのシミュレーションができるんじゃないかと思ったんです。まちのいろんな特徴や人間の特性などから特徴量を抽出・情報化してコンピュータに突っ込めば、明日・明後日・あるいは数年後の人の動きがシミュレーションできるんじゃないかと。

——物理と都市がそこで結びついたんですね。

それでいろんな文献を調べていると、ロンドン大学バートレット校の空間解析研究所(UCL Bartlett Centre for Advanced Spatial Analysis (CASA))という物理学者の人たちがつくった研究所から気になる論文がたくさん出ていることがわかって、おもしろそうだと思って修士課程としてその研究所に進学したんです。そこでいろんな指標を使って都市を解釈・分析する研究をしていました。

——具体的にはどのような研究をされていたのですか?

たとえば、ロンドンのナイトクラブでいまどんな音楽が流れているのかをAPI(接続先のOSを呼び出すことや互いのソフトウェアやアプリケーション機能の一部を共有する機能)を使って吸い上げることができたので、そのデータを音楽のデータベースを経由してBPM(音楽のテンポの単位)を算出して、そのエリアごとのBPMを可視化する、みたいなことをしていましたね。

個人的にはそうした研究はすごくおもしろいと思っていたんですけど、ただ単に可視化しているだけに過ぎないなとも感じていました。

——データを可視化することが目的になっているけれど、そうじゃないなと思われていたと。

はい。研究で扱っていたような新しい指標をもとにして、実際にまちを変えていくことをしたいと思っていました。それで大学院修了後、2019年に「Placy」という会社を立ち上げたんです。

立ち上げ当初からまちをつくる行政やデベロッパーのような方たちへのサービスの提供を考えていたのですが、なかなか営業がむずかしかったので、まちを使う側の一般の人たちに向けたサービスづくりにシフトしました。社名と同じPlacyというアプリで、音楽版のポケモンGOのようなサービスです。音楽で場所を検索する地図サービスで、ふだん聴いている音楽の情報から自身の感性に合った場所をおすすめするというもの。

Placy

——Placyのサービスがローンチされた当時、音楽とまちがそうやってつながるのかと、とても衝撃を受けたのを覚えています。でもPlacyのアプリは無料で利用できるものでしたよね。会社としてはどのように経営されていたのですか?

利用者のデータをもとに、スタンプラリーコンテンツをつくったりしながら売り上げを立てていました。でも、もともとやりたかった、新しい指標にもとづいてまちを再最適化することにはまだ遠いなと思っていました。

それで、そろそろPlacyをやめようと思うにいたります。明確に覚えているんですけど、ある日の深夜、どんな音楽をどの場所に配置するかっていうアルゴリズムを書いていたんです。たとえばポケモンGOだと、水辺に行くとみずタイプのポケモンが出てきたり、森にはくさタイプのポケモンがいたりするじゃないですか。あれの音楽版の分析をしていたんですが、それが直接的に都市に与える影響が見えなくなってしまって。本格的に事業転換を決めました。

視点としてはおもしろかったといまでも思うんですけど、もしかしたら2〜3回展示をしてコンセプトを伝えればよかっただけなのかもなあ、と思っています。

——データを可視化するだけでなく、データを使ってまちを変えたいと思って起業したはずが、結局データを可視化しているだけになってしまっていたんですね。

それで本格的にデータ分析の会社にしていこうと思って、「Placy」から「Spatial Pleasure」に商号変更しました。PlacyはPlace=場所の意味でネーミングしていたんですが、当時のチームメンバーが音楽関係の人が多くなっていたので、Play=演奏する会社だという認識になっていたんです。それで事業の方向転換を期にSpatial=空間についての会社、新しい指標を用いて都市を分析する会社として再出発することにしました。

Spatial Pleasureが取り組む都市の最適化


——Spatial Pleasureでは、どういった領域の分析を事業の対象にしているのですか?

まずは領域を決めずに事業をはじめて、生物多様性や観光のような領域の企業さんが困っていることを都市分析で解決するようなことをしていました。でもそうやって領域を決めずにやっていると、既存の問題に対してのアプローチでしかなくて、やっぱりデータを使ってまちを変えるところにまでは到達できないなと思ったんです。それはよくないと思って、自分たちでプロダクトをつくれるようになろうと、自分たち自身の現状を分析することにしました。

ぼくたちのお客さんたちを見渡すと、バス会社やシェアサイクルの会社の方から、交通×環境便益の分析のお仕事をたくさんいただいていたんです。この領域はこれからなにか来るだろうと注力するようにして、現在は主に交通事業者の環境便益を定量化してカーボンクレジット[*1]の認証・発行を実施するサービスを提供しています。このサービスは地域全体の脱炭素化につながるので、データを使ってまちを変えるという目標にも近づいているのかなと思っています。

*1 カーボンクレジットは、企業によるCO2など温室効果ガスの削減量をクレジットとして発行して、他の企業等と取り引きできるようにする仕組み。2013年からは国の認証制度である「J-クレジット」もスタートしている。

——データを活用して街づくりに関わろうとされてきた鈴木さんの活動が、脱炭素化という領域で実現に近づいていることが興味深いですね。もうすこし具体的に事業内容をうかがえますか?

具体例として、兵庫県の神戸と姫路を結ぶバス会社さんである神姫バスさんとの取り組みを紹介します。

コロナ禍や少子化の影響でバス利用者が減少していて、多くのバス会社さんで売り上げが落ち込んでいますが、加えてバスの排気ガスによってカーボンを排出していると認識されていて、オフセットするための料金を支払う必要のある(カーボンクレジットを購入する)立場になってしまっています。

同じ人数を輸送するのに必要な車両数の比較(出典:Cycling Promotion Fund)

一方で、上の図を見ると明らかなように、同じ人数を輸送するために必要な車両数を比較すると、バス1台を運行することで自家用車やタクシーの数を一気に削減できるので、結果として都市全体から排出されるカーボン量の削減につなげることができます。

——環境便益を生みだしているはずのバス事業者が逆の立場に置かれているのには理由があるのですか?

バスを運行することでどれくらい環境便益があるかを定量化するのがすごくむずかしいんです。現状、国連が発表している計測手法があるのですが、すごい量のアンケートをとる必要があります。バスに乗っている人たちに対して、もしバスがなかったら何に乗っていたかを確認するわけです。

——バス利用者にアンケートを記入してもらうことのハードルや費用を考慮すると、一企業が実施することはかなりむずかしいですね。

そこでぼくたちは、GPSデータや衛星画像データなどの交通データと乗降客データを掛け合わせて、アンケートをデータで代替することで、バスによるエリア内のカーボン削減効果を高精度に分析する方法を、神姫バスさんと一緒に開発しています。

Spatial Pleasureと神姫バスが共同開発を進めるエリア内のカーボン削減効果を計測・可視化するプロダクトのイメージ図

——Spatial Pleasureのウェブサイトに、カーボン視点での交通最適化によって、都市空間が「私たちの生活にとって意味を生み出す空間」へと変わるのだと書かれていて、とても興味深い取り組みだと感じていました。交通最適化は都市空間の最適化にどのようにつながっているのでしょうか?

じつはPlacyをはじめる前、貸し会議室のようなレンタルスペース事業の屋外バージョンを事業にしようとしていたんです。国内で屋外の空きスペースがあると、駐車場になったり自動販売機が置かれたりしますよね。なんでもできそうなパブリックスペースが、特定の目的のための機能性を帯びたものに変わってしまう。それは、そのスペースの所有者がそうした活用方法しか知らないからだ、という仮説を立てました。

実際にはじめたサービスは、空きスペースの写真を撮影して投稿すると、位置情報やスペースの大きさなどから、そこでガチャガチャ置けますよとか、展示スペースにできますよ、みたいな使い方の可能性を自動で表示させて、そこを使いたい人とマッチングする、というものでした。たとえばパン屋さんの軒先スペースを貸してもらって、アーティストの方に展示スペースとして使ってもらう。3時間展示をして、1時間500円で貸せました、1,500円の収益で、そのうち10%を手数料としてもらいます、150円です、みたいな。

何してんねやろ、って思いますよね(笑)。メルカリでなにか売ったほうが利益になるし、これは生きていけないなと。

——すごく理想的な街づくりプロジェクトに思えましたが、経済性を考慮するとかなりむずかしいですね……

現状の都市の約40%が、駐車場や道路のような交通インフラのために使われているわけですが、本来であれば、もっと人間や生物のために空間がオープンになっているべきで、すごくもったいないなと思っていたんです。そうした問題に対して直接的に取り組んだのが、いま紹介したようなプロジェクトです。でもすごくむずかしかった。

いまSpatial Pleasureで取り組んでいるのは、見かけ上は脱炭素の観点から交通の最適化をしていますが、交通の最適化によって交通インフラのために使われている都市の面積がかなり減少すると思うんです。

自家用車の利用をバスやBRT(bus rapid transit バスを基盤とした大量輸送システム)や鉄道で確実に置き換えていくための物差しをデータの活用によってつくることができれば、間接的にではあるけれど、都市空間を生物のために活用するという大きな問題に取り組むことができているんじゃないかと思っています。

「どの問題を解くか」からデータを考える——「データの説明性」と「指標の階級」


——ここまでの鈴木さんのお話を単純化すると、「なにをデータ(指標)とするか」「そのデータをどのように活用するか」の大きく2つに分かれるように思います。それぞれについて深掘りしながらうかがっていきたいです。まずは「なにをデータ(指標)とするか」について。都市におけるデータって膨大にあるように思うのですが、そのなかで街づくりに役立てられるデータをどのように見分けるのでしょうか?

うーん、むずかしいですね……。答えになっているかわかりませんが、ぼくがこれまで都市の分析の事業をするなかで、その他の業界と大きく異なる点がひとつあると感じています。それは、ただデータが高精度であればいいわけではなく、「説明性」が求められるということ。

たとえば、ぼくたちがAmazonで働いていて、商品をレコメンドするエンジンの最適化のためのアルゴリズムをつくっているとします。その場合、ユーザーが商品をたくさん買ってくれればいいわけで、その情報だけに特化して数値を最適化すればいいわけです。おそらくTikTokのようなSNSのアルゴリズムも同じだと思います。

でも都市の場合は単に最適化するだけではなく、複合する情報と合わせて説明する必要があります。バスの環境便益をより生みだすためには運行ルートを最適化しなければいけませんが、ただ運行距離が短くなるように高精度に最適化するのではなく、地域の住民にとってどれだけ便利になっているかの結果をしっかり示したうえでルートを設定する必要がある。このような複合的な「データの説明性」を示しながら、本来の意味での「最適化」を実現しようとしています。

——「だれのためのデータか」という視点が街づくりにおいてはより重要なのかもしれませんね。膨大なデータから全体的な傾向を導き出して最適化するような使い方ではなく、いくつかの重要なデータをピックアップして活用するようなイメージでしょうか?

そうしたデータの選び方のようなものは、解くべき問題によって違ってきますね。

データ分析においてよく陥りがちなトラップがあって、データがあればなんか出てくるとよく思われるんですが(笑)、それは大きな間違いで、本当は、どの問題を解くかを先に設定してから、データを選んで分析する必要があるんです。

これはPlacyでの活動の反省でもあります。Placyはデータを用いることで街づくりに感性を持ち込むことができるといったある種の問題提起になっていたとは思いますが、それをどの問題の解決に役立てるかまで考えられていなかった。全体のデータを見るか、特定のデータにフォーカスして見るかっていうのも、どの問題を解くかによって異なるのだと思います。

インタビューの様子

——データを使った街づくりを考えるうえで、とても重要な視点だと思います。ほかにこれまでの活動を通してデータを扱うことのむずかしさを感じたことはありますか?

とても悔しいことなんですが、社会には「指標の階級」みたいなものがやっぱりあるんです。Placyでやろうとしていたことは、音楽を通して人間の感性を可視化して、それをもとに事業を組み立てていくことでした。でも街づくりという観点からすれば、まちを感性からつくることと、カーボンを減らす方法からつくることを比べると、どうしても優先順位として感性のほうが下がってしまう。年度の予算が余ったらとか、個人的に応援していただくというかたちでしか出資されない。そこにはやはり「指標の階級」が明確にあったなと思います。

もうひとつ付け加えると、音楽の視聴データからある種の傾向を導き出してマーケティングに利用することはできても、そこから街づくりに活用しましょうとなると、途端に合意形成がむずかしくなる。都市と音楽の結びつきについて、人びとのなかであまり共通認識ができていない。要は説明性が低いんですよね。

都市をつくるのは人間なので、人間同士が共通認識をもつには、感性はとてもむずかしい指標だったなと思います。

——データを使って街づくりをしようと思ったときに、なにかしらを定量化できたらそれを活用できると思いがちですが、仮に定量化できたとしても、それを人間が評価できるようにならないといけないし、住民に理解してもらえるように価値を広める作業も必要になってくるんですね。「データの説明性」の意味がより理解できたような気がします。

しかし、感性や文化をデータとして扱うのは、やはり相当むずかしいんですね。

そうですね。文化自体の価値をデータとして定量化するのはよくないんだろうと思います。指標をつくることは同じ方向に向かわせることなので、エリアや人によって異なる価値をひとつの測定基準で定量化することはむずかしいわけです。まちの固有性を可視化するための指標をつくるみたいなことは、指標自体が恣意的に操作されて悪い方向に進んでしまう危険性ももってしまう。

ただ一方で、「こうあるべき」という指標ではなく、「こうあってはいけない」という最低ラインを守るための指標をつくるのはありだと思っています。たとえば、全国で70%以上のイベントを同じ事業者がつくってはいけない、というような指標です。そうすれば、まちや文化の均質化は防ぐことができます。こうした均質化を避けることでまちの固有性を守るような指標づくりを進めるべきだと思いますね。

個人の利益を最大化することが、社会全体の便益につながる街づくり


——ではつづいて「データをどのように活用するか」についてうかがっていきます。街づくりにデータを活用するにあたって、データが先にあるのか/目的が先にあるのか、どちらでしょうかと質問しようと思っていたのですが、ここまでのお話で「目的が先」なんだということがわかりました。さきほどPlacyでの活動の反省があったとおっしゃっていましたが、データの活用のためには目的を先に設定することが重要なんだと気づいたきっかけはあったのでしょうか?

以前、文化庁が進めていた文化観光の指標をつくるというプロジェクトに参加させていただいたことがありました。「クリエイティブ・フットプリント」というリサーチ手法があって、それを使って東京版のレポートを作成していた方たちから、今度は文化観光の指標をつくりたいので一緒にやろうとお声がけいただいたんです[*2]。

*2 クリエイティブ・フットプリント:ライブハウスやナイトクラブのような夜のクリエイティブなカルチャーが都市にとっての文化資本として機能していると考えて、そうしたまちのなかのクリエイティブがどこから来ているのかのフットプリントをたどって測定するツール。
参考|夜間文化価値調査「Creative Footprint TOKYO」を公表 - ナイトタイムエコノミー推進協議会

2020年に文化観光推進法という法律ができて、これまでは文化財保護法で文化財を守っていたのに対して、守るだけでは廃れてしまうので、観光にも文化資源を活かすことで収益を生んでいこうとされていました。ただ、文化観光を推進するなかで、単なる観光客数や売り上げなどの指標で文化財を測るようなことになってしまうと、すべての文化財で集客力が高いだけのイベントが企画されて、均質化につながってしまうおそれがありますよね。そこで文化資源を活用するという観点から、新しい指標が必要だよねということになって、文化観光の指標づくりがスタートしたというわけです。

結論としては、自分が担当していた指標開発の部分については、あまりうまくいかなかったんです。

すばらしいチームで、いろんな有識者の方たちも巻き込みながらのプロジェクトだったのですが、すごくむずかしかった。理由は、新しい文化観光の指標をつくったとして、それをどのように使うかが、最後まで明確にならなかったからです。

こういう価値観が重要だよねと啓蒙するための指標なのか、各地域の人たちが合意形成しながら文化資源の活用方法を決めるための指標なのか……。チームのなかで最後まで決まらなかったんです。すごい優秀な人たちが集まって1年取り組んだにもかかわらずうまくいかなかったので、まずは目的を最初に定めてから取り組むべきなんだろうなと気づきました。

——ただ単に目的を定めるだけでなく、関わる人たちと同じ方向を向いて目的意識をもつ必要があるのだろうなと思いました。Spatial Pleasureでされようとしている実践は、脱炭素化と都市利用の最適化が直結しているところが重要なポイントだと思っています。それはある意味で、倫理的に求められることと人びとの欲望を同時に満たすような取り組みですよね。これってつまり、動機は違うかもしれないけれど、関わる人たちの目的をひとつにできているようにも思うんです。倫理的な、あるいは厄介な問題(Wicked Problems)と、人びとの欲望を同時に解決することは、意識的にされているのでしょうか?

そうですね、ぼくらはその関係性にすごく興味があります。ぼくらが設計すべきものは、個人の利益を最大化するためのものだけれど、気づいたら社会全体に対しても便益を促していた、というようなプロダクトなんだと思っています。

そうした取り組みを、都市計画のような領域で実践していきたいんです。

都市計画事業者さんにも仲のいい人たちがいるのですごく言いにくいのですが、便益と経済という側面からすれば、都市計画ってぜんぜん進んでいないと思うんです。1970年くらいの技術をずっと使いまわしているような。これはなぜかというと、すごくいい都市計画をつくったからといって都市計画事業者は儲からないんですよね。都市計画を1回つくって、報酬をもらって、そこで終わってしまう。そこにデータを使った高精度なシミュレーションなんて必要すらないわけです。

これがもし、都市計画にいろんな便益があって、その便益が経済換算されてクレジットとして入る仕組みがあれば、都市計画事業者として利益を生みだしつつ、社会全体にとっての便益にもつながる。これがいま、ぼくたちがもっとも興味のあるテーマですね。

複数の人たちと長期的な目的をもつためのデータ


——さきほど都市空間の最適化についてのお話をうかがっていて、SFアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』で北陸地域から人間がいなくなって全面機械化された麦畑になったシーンを思い出しました。人が住む空間性を最適化しつづけた結果、北陸地域は人が住まずに作物を育てたほうがよいと判断されたのかなと。

ぼくは、その状況は最適化された結果なのではなく、逆に最適化されていないというか、短期的な目的から最適化されてしまった例なのかなと思っています。人間はまとめてこのエリアに暮らして、農業はここ、そのほかはここ、みたいなことって、短期的な視点で見ると利益を得られるけれど、長期的な視点で見ると不利益も多くなってしまいがちです。

ぼくらも、長期最適化のための指標づくりができると、いちばんいいなと思っています。

——目的が先にあるというお話も、長期的な視点をもった目的をつくることが重要ということなんですね。

街づくりや都市計画にデータや指標を活用するということは、都市を評価することにつながりますよね。それはつまり、Spatial Pleasureとして長期的な目的をもってデータを扱うとき、どのように都市を評価すべきかという評価軸をもつために、目指すべき都市像みたいなものが必要なのかなと思うんです。鈴木さんが目指している都市像はどのようなものなのでしょうか?

結論から言うと、ぼくはまだ目指すべき都市像のイメージをもっていません。

ぼくたちはいま、都市全体から排出されるカーボン量を削減するという、ダメなところを改善するような事業を展開していますが、さきほどお話したように、将来的にはぼくたち自身が都市計画をつくって、社会にとっての便益を生みだすことでクレジットを発行していく、その上流にまで入っていきたいと思っています。そうなったときには、目指すべき都市像=指標も具体的に言語化できているんじゃないかなと。

——カーボン以外の都市にとって有益な指標とはなにか、まだ探しているような状況でしょうか?

そうですね。でも、こうして新しいデータを使って金融商品化することで、具体的にまちを変えていくことができる可能性が見えてきていて、いま事業をしていてとても楽しいですよ。

カーボンも、国際的には国連、国内では経産省がクレジット発行の方法を認めていますが、同じようにカーボンクレジットを民間事業者が認証するボランタリーマーケットもあります。カーボンクレジットの発行を民間でもできるのなら、べつにカーボンに限らず、多様なインパクト指標をもとにクレジット発行ができるはずですよね。

まちにどういう人が住んでいるのか、どういうウェルビーイングの状態なのか、どういう感性の人が多いのか——。そういったことが都市に便益を生みだしていると証明できるなら、新しい指標にして金融商品化できる。そういった「指標の階級」をうまく昇格させることができれば、カーボン量の少ない街づくりと同じように、よりウェルビーイングな街づくり、より特徴的な感性をもった人が集まった街づくり、みたいなことが実現できるかもしれない。

ぼくたちの長期的な目標はこういったところにあります。

——冒頭で、データを可視化するだけでなく、データを使ってまちを変えたいとおっしゃっていたことが、事業として成立するかたちで実現されようとしているわけですね。データと街づくりという大きなテーマについてうかがってきましたが、なんとなくデータって便利だよねというような扱いではなく、長期的に人やまちに便益をもたらすものにするために、複数の人たちと目線を合わせながらよりよいまちを実現するためのツールとしてデータを捉えなおす必要性をあらためて感じました。今日はありがとうございました。

(2023年5月26日収録)


編集後記
自分たちが昨年度から取り組んでいる、(音楽)文化を生かした街づくりプロジェクト「福岡の音楽都市の可能性」。継続して街づくりに取り組むなかで、何にアプローチすべきかで頭を悩ませていたこともあり、ぜひ話を聴いてみたかった鈴木綜真さんへのインタビューは、とても刺激的で、貴重な機会だった。音楽の趣向にもとづいて場所を検索する地図アプリ「Placy」から音楽の枠を飛び出し、都市規模でデータを活用してさまざまなチャレンジをされている「Spatial Pleasure」を立ち上げられた彼のことばからは、彼の言う説明性を強く感じる。たびたび読み返して、自身に刺激を与えていきたい。(今中啓太)

聞き手:春口滉平、今中啓太・齊藤達郎(NTTアーバンソリューションズ総合研究所)
構成・編集:春口滉平
編集補助:小野寺諒朔、福田晃司
デザイン:綱島卓也


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