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映画版 『エレンディラ』(1983) ルイ・ゲーハ(監督) / イレーネ・パパス(主演)

今回の投稿はサラッと1000字ほどで。

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前回投稿した、ガルシア=マルケスの中篇『無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』ですが、実は実写映画にもなっています。
今回鑑賞してみたら、映画版もめちゃくちゃ面白かったので、それについて書きます!
【あらすじ】は、原作を扱った前回の投稿にも書いたので割愛。

監督のルイ・ゲーハはブラジル人です。(スペイン語読みだと「リュイ・グエッラ」になるのかな?ブラジルはポルトガル語なので、ここではポル語での発音に近い風のカタカナ表記にしてみました)

この映画を楽しむ前提としては、「原作を読んでいること」かな…と思います。

言葉でしか描けないことを、一度しっかり咀嚼してから、映像と向き合って、それこそ「監督と自分のよみかたをすり合わせる」というのがすごく面白い。(もちろん、「答え合わせ」ではなく、あくまで「すり合わせ」です)

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ストーリーの大筋はそのままですが、原作の中篇『無垢なエレンディラと無情な祖母の(以下略)』には名前しか登場しなかった、上院議員オネシモ・サンチェスが、映画版になると、しっかり登場します。
もともとの原作では、オネシモ・サンチェスは、同じ単行本に所収された短篇『愛の彼方の変わることなき死』での登場人物です。
映画版では、その短篇のストーリーがアレンジされた上で、再現されています。これがすごく素敵に、ちゃんと物語に溶け込んでいる!監督の腕っぷしを感じました。(映像描写も素晴らしく、特にオネシモ・サンチェスの部屋で紙が舞っているシーンの迫力が凄かったです。)

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原作よりも映画版の方が栄えたな!と思った登場人物は“写真家”でした。
特に、エレンディラが夜逃げを決意した際に交わす言葉のやりとりが好きです。
※ただ、死に様は、原作の方がなんか想像力を掻き立てられたかな…という気もしたり。でも最後、自転車の車輪だけが回っている(そして止まる)ところにカメラをフォーカスするのは、やっぱり凄く入り込んでしまうし、結果的には「媒体それぞれの良さがあるのだなあ…」という月並みな感想を改めて持ったのでした(笑)。


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冒頭でも言いましたが、ちゃんと元々の流れが分かっているからこそ、「ああ、映像だとこうやって描写するのか!!」というのが分かる…という部分もあります。逆に言うと、原作をすっとばして映画版だけ見ると、かなりチンプンカンプンなところもあるかも知れません。
原作好きこそ、鑑賞すべき映画だと思いました。


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(追記的な)

祖母の寝言も迫力あったなあ…。

なんだか小説よりも「無垢だった時代もあった祖母」を感じました。祖母自身が「無垢な少女」から「無情な祖母」へと変わっていったように、やはり走り去ったエレンディラも「無垢」から「無情」へと移り変わって、《無情な祖母》になっていくのでしょうか…

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