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あの子の靴下


 昼休みの後の数学の授業、ご飯を食べた後と重なって私は居眠りをしてしまった。

ギー、ギー。

しばらくすると微かに何かを引く音がした後、ガタンッと鳴り「やばっ」と言う声が聞こえたが、目を開ける力は無かった。

 声の主は何をしているのだろう。でも誰かは分かっている。この様子からすると、恐らく、いや、確実に羽結うゆだ。

 寝ぼけてはいたが、彼女が「ふふふ」とニヤついているのは分かった。
 私、何をされるんだろう。嫌だな、でも抵抗が出来ない。

 そして私はまた夢の中へ落ちていってしまった。

「ん……」

再び目を覚ますと、今度は何かが頬に数回触れた。
 あぁ、羽結がまた何かしている。
 私はゆっくり目を開けた。

 すると目の前には、私と同じように机に頬をくっ付け、ニヤニヤしつつ私の寝顔を見ていた兎結が居た。そして彼女は案の定私の頬をつんつんしている。先程のギーギーという音は、羽結が自分の机を隣に寄せた音だったらしい。

亜衣あいちゃん、おはよう。」

寝ぼけ眼の私に羽結は小声で挨拶した。

「ん……おはよう。」

 羽結に鼻をツンとされた後、私は教室がやけに静かな事に気が付いた。周りを見渡すと、そこには羽結と私しか居ない。

「あれ?みんなは?」
「体育。亜衣ちゃん起きないから、みんな行っちゃったよ。」

 よく見ると羽結も体育着を着ていた。

「置いて行ってくれて良かったのに。」
「ううん、亜衣ちゃん置いて行けないもん。」
すると羽結は再びニヤニヤした。

「なぁに?」
私の問に羽結は
「ううん、亜衣ちゃん可愛い。」
と言うだけだった。

 ――羽結と私は高校の入学式で仲良くなった。遅刻した私をちょうどのタイミングで手招きして、式に無事参加させてくれたのが彼女だったのだ。ちょうど同じクラスで出席番号も近かったため、式の途中もコソコソと話をした。

「見て、学園長って絶対カツラだよね。」
「確かに。そう言えばここだけの話、学園長の奥さん二十五歳下なんだって。」
「えー、マジ?」

そんな雑談をしていると、担任の先生から見つかり「シッ!」とジェスチャーされた。
私と羽結は、苦笑いで「すみません」と声を出さずに謝った。

「私、望月もちづき羽結うゆ。あなたの名前は?」
「私は柚月ゆづき亜衣あい。よろしくね。」

 あれから一年経ち、私たちは二年に上がったが、クラス替えの無い学校のため私と羽結は変わらず同じクラスで過ごしていた。

「二人って仲良いよね。」
「え、そうかな?」
「だっていつも一緒にいるし、二人でセットってかんじ。」

 いつの間にか私と羽結はセットになっていた。羽結が見つからないときは私に聞かれるし、私が見つからないときはに羽結全部訊ねられるくらいだった。

 そんな羽結と二人、誰も居ない教室に居る。

 二人でボーッとしていると、外からは体育の授業をしている皆の声が聞こえてきた。授業に出ないといけないのではと思い、羽結に訊ねたが行かないと言われてしまった。

「せっかく着替えたのに?」
「これは亜衣ちゃんに見せる為に着替えたの。」

羽結はぷくっと頬を膨らませ、唇を尖らせた。

本当は、羽結も体育に参加するつもりだったのを私は知っている。靴もちゃんとスニーカーに履き替えていたから。

「ねぇ、亜衣ちゃん。」
「ん?」

名前を呼ばれ羽結の方を向くと、彼女は私に顔を近づけてきた。

「……なに?」


「亜衣ちゃんの靴下、脱がせてもいい?」


――え?

「ダメ?」

ダメ、ではないけれど

「えっと、その……恥ずかしい。」

だって靴下は他人に脱がせてもらうものじゃないし、なにより変な感じ。

それでも羽結は私の靴下を脱がせたがった。

「ここ、座って。」

彼女は私を机の上に座らせ、自分はその下に膝まづいた。

「いい?」
「……うん。」

羽結は私の足を少し撫でると、手はそのまま下へ行き、私のローファーに手をかけた。
そしてするりと脱がせると、今度は私の白い靴下を撫でながらそのまま脱がせようとした。

「あの……!やっぱり待って。」
「どうしたの?」

羽結が私を見上げる。

「その、きっと汗かいてるし、臭いと思う。だからその……。」

そう、今は夏真っ只中で、汗もかいているし、靴の中は蒸れて最悪に違いない。だから躊躇した。不快に思われたくない、けれど

「大丈夫だから。」

羽結は微笑んでいた。

そしてとうとうゆっくりと、私の靴下を脱がせ始めた。徐々に露わになってゆく足に、私はドキドキした。
そうして全部脱がせ終えると、

「……綺麗だね。」

羽結は呟いた。

「やっぱり亜衣ちゃんは肌が白いね。足の甲もこんなに血管が見えるし。この指もみんな可愛い。」

彼女はそう言ってくれたが、私の足はそんな風に言うほど綺麗じゃない。足はゴツゴツと骨ばっているし、指も不揃いで可愛さなんてない。靴下の跡だって、足が太い証拠だ。

「あの、あんまり、じろじろ見ないで……」

恥ずかしがる私をからかうように、今度は靴下の跡をなぞった。それがなんだかくすぐったくて、私は笑ってしまった。
それにつられて羽結も一緒に微笑む。

「亜衣ちゃん可愛いね。」

彼女はいつも私を褒めてくれる。
羽結のほうが数倍も可愛くて綺麗なのに、私のことを可愛いと言ってくれる。
その度、私はドキドキしていた。

少し落ち着いたところで、今度はつま先に顔を近づけクンクンと匂いを嗅ぐ。

「え?あっ……臭くない?」
「うん、亜衣ちゃんの使ってるボディソープの匂いがするよ。」

そんなの絶対嘘なのに、彼女は私に優しい嘘をついた。

それにしても、何故だろう。普通の事しかしてないはずなのに、なんだかとても後ろめたい。悪いことをしている気分だ。クラスのみんなにはこんな事をしていただなんて言えないや。

チラチラとこちらを見てくる羽結にも、なんだか変な気持ちになってしまう。
すると彼女は今度、私の足の甲にキスしてきた。

足の甲ではあるものの、キスされたのなんて初めてだったから、私の顔は一気に熱っていった。

「亜衣ちゃんどうしたの?顔真っ赤だよ?」
「だって、その……」


「足の甲でそんなに赤くなるなら、こっちにしたらどうなっちゃうんだろうね?」


そう言ってだんだんと私の顔に近づいてきた。思わず私は目を瞑る。
キスまであと数センチ、数ミリというところで羽結がふふっと笑い出した。

「冗談だよー!」
そのまま私の脇腹をくすぐる。
「きゃー、ハハハ。やめてよー。」

じゃれあった後、羽結が私を抱きしめた。
「亜衣ちゃん、だいすきだよ。」
「私はきらーい。」
「え、ほんとに?」

不安そうにする彼女の頬を両の手で挟んで、嘘に決まってるでしょと言うと彼女は安心したように笑った。

そんな事をして遊んでいると、終業のチャイムが鳴り、クラスの皆が帰ってきた。

「あれれー?お二人さんこんなとこで何してるのかなぁ?」
「おサボりですかぁー?」
「お菓子食べてたら許さないんだから!」

皆に色々言われる中、私と羽結はおでこを合わせて笑い合った。

「あれ?亜衣、なんで片っぽだけ裸足なの?」


 それは暑い夏の日、私と羽結だけの秘密の時間。

「内緒ー!」

-あの子の靴下-
~完~

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