【小説】『キラキラと輝く世界は』

美穂の輝く黄金色の世界は、夕陽色の世界。

夏は涼しく、冬は暖かい。

陰口を叩く人はおらず、自分のことにみんな集中していて、噂話なんてほぼ無縁。

極楽極楽。

美穂は、図書室の一角、いつもの席に座って、新刊コーナーにあったハードカバーの分厚い純文学を開く。

純文学と呼ばれるジャンルの小説は、本当のところを言うと、自分でも背伸びをして読んでいるなと思う。書いてあることが、実はよく分からない。未知の世界が広がっている。

ライトノベルにも、ファンタジーにもない薄暗くて、ちょっと消化不良に陥るような読後感、その説明不足が不安定な浮遊感となって、癖になる。

スカッと解決される問題の方が現実は少ない。だから、単純明快で、気持ちが明るくなったり、癒しのある物語の方が、人に好まれやすいことも知っている。

そういう現実を知っているけど、美穂はあえて純文学が好きで、わけの分からない、作者はなにかのフェチではないかとしか言いようのない世界観にのめり込む。

美穂には友達がいない。

友達の作り方を知らない。

誰も教えてくれなかった。

どうしたらできるのかと姉に聞いたら、そもそも、友達の作り方なんて教えてもらうものじゃないと言われた。

そのうちできるよ、とも言われ、できないままもう高校生になってしまった。

恋人の作り方の指南書はいくらでもあるのに、友達の作り方は、どうして説明書も教えてくれる人もいないのだろう。

友達なんてできて当たり前で、教える必要もないことだから?

友達がいないことに、美穂は慣れてしまっているけど、きっと寂しいことなんだろうなと思う。

友達と一緒にコンビニに行って、アイスやお菓子を買って分け合ったり、興味のあることで盛りあがったり。テストの点数を競ったり、励ましあったり。

高校生らしい友達関係とは、そういうものに違いない。周りの風景を見ていて、青春漫画を読んでいて思う。

美穂は、でも、と思う。

どんなに分かりあっているように見える友達も、相手の本当のところは、分かっていないのではないか。

それは、友達がいない美穂より寂しいことなんじゃないか。

表面だけ分かりあっているフリをしているけど、心の中は殺伐として、疑心暗鬼の間柄。純文学の読みすぎだろうか。

美穂には分かり合える友達もいないけど、裏切る友達もいない。

現実はどこか純文学の薄暗くて、憂鬱な結末に似ている。

友達のいる風景が、輝く青春の図のように語られることは多い。

その中に美穂がいたことがないが、美穂は自分が特別に不幸だとは思っていない。

キラキラと輝くものが、幸せとは限らないから。

負け惜しみを言っているようにしか聞こえないと、姉には言われたが、実際美穂は不幸ではない。

人によって、キラキラと輝く世界の色は違うのだ。

友達がいて、青空とアイスの似合う風景が幸せと感じる人もいれば、美穂のように、図書館で純文学に耽溺する時間が幸せだと思う人がいてもいいのだ。

校庭や学校のそこかしこで、友達や仲間と部活や、何かを楽しむ人には、冴えない世界と思われても、美穂には図書館以外の世界に魅力も感じないし、現実的な放課後の行き場所としてありえなかった。

でもな、結局、と、美穂はため息をついて、せっかく読み始めた本をぱたんと閉じた。

いつものこの席は、誰も寄り付かないコーナーだから選んでいるのに、時々場違いな人が紛れ込む。

今日は、男女のカップルらしき生徒2人が一つ前のテーブルに並んで座っている。

頭を寄せあって、ひそひそと喋りながら、笑い合う。もう少ししたらある、課題テストの準備をしているのかもしれない。

しかし、読書の気が散って迷惑だ。

静かにできないなら、図書館に来るべきじゃない。

試験勉強なら、教室でだって、お互いの家でだってできるだろう。わざわざ読書を楽しむ人がいる図書館でしなくてもいいのに。

それとも、これもキラキラ輝く世界のあり方のひとつなのか。

放課後の図書館で、彼氏彼女で試験勉強をするというのも。

キラキラの世界の多様性を、美穂は認めなくてはならない。

自分の夕陽色の世界を認めるためにも。

どこにも行き場のないもやもや。

自分を認めて欲しいなら、他人のあり方も認めるべき。

そのジレンマを、どう処理するのか。

全てを掴もうとしても、こぼれ落ちてしまうような、美穂のキラキラの世界。美穂だって、家で読書すればいいと言われそう。

負け犬の遠吠え、負け惜しみを言う陰キャ。

正しいキラキラがないなら、美穂の大事にしたいキラキラの世界もまた、正しい。大事されて然るべき。

とは言え、段々カップルのいちゃいちゃにイライラしてきた。美穂は本が読みたいだけなのに。

すごすごと逃げ出すのは簡単だ。美穂は腹を括った。

ここは、折半といきましょう。

美穂は、できるだけ大きな音を立てて鼻をかんだ。

しん、とカップルが静かになった。

そして、嘘のくしゃみも、大きな音で何度か連発した。

「ぶえっしょい! あー!!」

これで、私があなた達の会話やら、何やらに気づいている人がいると分かったでしょう。

分かったなら、静かにするか、ヤバいやつがいると逃げ出すか、どうにかしてちょうだい。

振り返って、こちらを見ているカップル2人を、美穂はティッシュ片手に、真正面から見つめた。

私は逃げも隠れもしない。ここは、私のキラキラの世界でもある。

カップルは、ひそひそと頭を寄せて何かを話したあと、そっと席を立ち、図書館から出ていった。

美穂の世界は守られた。

再び閉じた本を開く。

今日も美穂の世界は、夕陽色。校門が閉まる下校チャイムが鳴るまでの、至福のひととき。

キラキラ輝く世界は美しい。

【今日の英作文】
「私は少なくとも英語に関わる仕事をやってみたいと思っていました。現実は違いますが、私は今全く後悔していません。」
"I wanted to at least try some job related with English. Actually it doesn't come true, but I don't regret now at all.''

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