【小説】『欲しいものがあげられない』
我が子が泣いてる。
ギャン泣きというのか、さきほどから延々と大きな声で泣いている。
でも、私はどうしていいのか分からず途方に暮れている。
9歳になる彼女はおそらく、最初は私の叱責に反発しているだけ、だったと思う。反抗期なのか。
もしかしたら、彼女自身も途方に暮れて、どうしていいのか分からず、泣いているだけなのかもしれない。
でも、いい加減にしてほしい。耳障りだ。
ギャンギャンとわあわあと、声をかぎりに、体をふるわせて真っ赤になって泣きまくる我が子を見て、私は冷静に、いつこの子は泣き止むつもりなのかとか、なぜこんなに泣けるのだろうかとか、こんなに泣いて疲れないのだろうかとか、赤ちゃん返りかとか、考えていた。それから、母親らしい母性とか呼べるものが、泣いている我が子を見ても、まったく湧いてこない自分に戸惑ってもいた。
色々考えながら、一番ぞっとしたのは、この子供の泣き声をうるさいと感じるだけの冷たいような自分のことであり、そういう自分に対して、一般的な母性を備えた母親像とかけ離れているという、劣等感だった。
なにもかも、それなりに生きたいと思ってきた。
それなりな家族を作って、それなりに子供を育てて、それなりに年老いて死ぬ。
でも、それなりなんて曖昧な目標を掲げているだけあって、全てがなあなあに過ぎていった。
それなりに好きな人と結婚し、それなりの時期に子供をもうけたけど、その人は外に好きな人ができて、私から離れていった。それなりに離婚して、私は今シングルマザーだ。
それなりにしか彼を愛せなかったから、彼は私に飽きたのかも。その証拠に、私はそれなりにしか、今も彼に対して、愛情という面では未練がない。実際的な問題としては、きちんと慰謝料と養育費を払い続けてもらえるのかの不安だけ。
それなりに忙しくて、それなりにハードで、シングルの生活は楽じゃない。
家に帰っても、私のケアをしてくれるのは私だけ。メンタルがズタボロな日も、9歳の我が子は私がするケアを待っている。
だからといって、子供というのはそういうもので、私は、彼女が特別無能とか、ダメな子供だとか思っているわけではない。
でも、こんなふうに泣かれた日には、正直どうしたらいいのか分からない。
いつになったら、我が子は大人というものになってくれるのか。成長はまだかと思ってしまう。
ギャン泣きしている彼女を見ていて、いい加減にしてほしいと自分が泣きたくなってくる。
「いい加減にしてよ」
思っていた以上に平板な声が出た。彼女は、びくりと身を震わせて、ひっひっとしゃくりあげて、涙をボロボロ落としながら私を上目遣いに睨んだ。
真っ赤に充血した子供の目が、私を力いっぱい睨みつけてくる。
その元夫夫のような、自分のような、誰かに似た目にますますうんざりし、面倒くさくなってきた。
「そんなにお母さんが憎いの?」
彼女の喉がぐううっと鳴って、それからぱくぱくと口が動いたが、言葉にはならなかった。やがて、呼吸を整えると、
「お、お、お母さん」
と言った。
「なに」
「ま、ま、まだ怒ってるの?」
「はあ?」
「お母さん、私のことまだ怒ってるの?」
「呆れてるだけ」
彼女は目を見開き、ぽかんと口を開けた。そして、またクシャクシャに顔を歪めて先程よりもっと大きな声で泣き出した。
「うるさい!」
「ご、ごめんなさい」
彼女はしゃがみこんで、頭を抱え小さく蹲って、ぐずぐずと「ごめんなさい」を繰り返し始めた。
私は、もはやどうしたら彼女の機嫌が通常に戻り、人間らしい会話ができるようになるのか分からず、イライラし始めた。
これは、なに。
私はどうしたらいいの。
分からない。
私は泣き止まない我が子に、背を向けて、部屋から立ち去ることにした。
好きなだけ、勝手に泣けばいい。
私はもう知らない。
私が背後でドアを閉めた途端、彼女は悲鳴をあげて、ドアに体当たりするように開けて私を追いかけてきた。
「お母さん、ごめんなさい。もうしません。ゆるして……ゆるしてください。呆れたなんて、言わないで……」
この子は私に何を求めているのか。
勝手に反抗して、勝手に泣いて、勝手に謝って。
彼女はまた、私の目の前で泣いている。
ドアを閉めたばかりだと言うのに。これは何かの罰か。
我が子の泣きじゃくる様子を見て、私はただただうんざりしている。
ねえ、泣いてないで、何がしたいのか、何をして欲しいのか言ってよ。
私の足元に蹲って、またひたすらに泣く我が子見て、私は天を仰ぐ。
ーーー
【余談】
親の心子知らずとはいうけど、逆だってあるよね、と思う。そんなことばっかりだ。
【今日の英作文】
「よくよく考えてから、話を始めるべきです。」
"After thinking it over and over, you should start to speak it.''
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