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クリスマスケーキの短期バイトー美大時代の日記帳⑪ー

まだ新幹線が開通する前、駅に自動改札すらなかった頃の地方観光都市・金沢。その小さな街の美大に通いながら、たいしたドラマも起きない一人暮らしの日々を、偏執なまでに細かく綴った『美大時代の日記帳』第11回。
プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

12月15日
近所のケーキ屋で募集されていた、クリスマスだけの短期バイトに申し込んだ。ちなみに、売り場ではなく裏方である。
今日は初めての顔合わせミーティング。女の子ばかりが6人。何でも昨年、美大の男が1日で「キツイから」とやめたらしい。なので今年は全員女子。
といっても、キツイと言われたのは製造の方らしい。
6人のうち2人はそれで、私を含む残りの4人は雑務と決められた。
翌日からのスケジュールを渡されて、解散した。

12月16日
今日から25日まで、毎日ケーキ屋に通う。しばらくは夕方4時~8時か9時くらいまでで、24日前後はかなり遅くなるらしい。

はじめは、ひたすらクリスマスケーキを入れる箱を組み立てる作業をした。250か300か、途方もない数の箱を黙々と作っていく。
帰りに、売り物に出さないケーキの切れ端をお店の人が差し入れてくれた。
「ごちそうさまでしたー」と帰り際に御礼を言うと、お店のおばさんが「なんでも最初はおいしく思うものだよ」と言った。

12月19日
アルバイト4日目、昨日やっと箱作りが約1000個、全て終了したと思ったら今日また課せられたのは箱作り。昨日までのはホールケーキ用で、今日からはカットされた用の箱だった。やはり約1000個。しかしめげずに作業に励んだ結果、
「今年はペースが速い」と従業員の人に言われた。

私は意外とこの箱組みをひたすらやるのが好きだった。一緒に作業している他大学の女の子たちの会話にはあまり加わらないけれど、彼女たちのおしゃべりをBGMとして聴くのも嫌な感じがしない。
恋愛の話、テレビの話、甘いものや食べものの話、服の話。
どれも変わり者たちのるつぼである美大では決して交わされない話題ばかりですごく新鮮に感じる。関西出身の子たちらしく、しゃべり方もめちゃくちゃかわいい。

12月22日
いよいよ飾りつけ作業に入った。初めて休憩も挟み、30分の延長。休憩の際、代表で皆のコーヒーを近くのコンビニまで私が買いに行くことになり、ひととき外に出た。
金沢の空からは初雪が降っていた。
みぞれまじりで、少し重い。平均より25日も遅い、過去最も遅い初雪記録にも並んだらしい。
この日は夜11時頃帰宅した。

12月23日
今日はゆっくり朝寝をした。長い1日に備えて、ゴロゴロとベッドの中で宮部さんの文庫を読む。

早めの午後3時出勤。雨が降ったりやんだりの天気。
4人で黙々とケーキの飾りつけと、箱詰め、そして最終点検してシールと日付ハンコを押すという流れ作業。ちなみに私に割り当てられたのは、最後のシール&ハンコの係。担当者の人から「一番重要なところだからよろしくね」と言われた。
途中、6時頃に夕食として出前のカレーを出してもらった。なんだか苦い味のカレーだった。食後はすぐに、作業を再開。
ケーキを詰めたり運んだりというメインの仕事はさほど苦ではなかったが、工場の進み具合で我々飾りつけ部隊の仕事がストップしている間にしていた、紙ナプキンをひたすら折るという作業が地味に辛かった。時間を長く錯覚させる。

帰りに袋いっぱいのケーキの切れ端をもらってきた。見た目はぐちゃぐちゃだが、ケーキが食べられるだけで貧乏学生には充分上等である。
午前3時にやっとで帰宅。熱い湯に入った。

12月24日
ついにイブ。
作業の合間におつかいで、近所の銀行が注文してくれたケーキを届けに行った。オーソドックスなホールケーキではなく、変わり種の大きなミルフィーユケーキ。ミルフィーユ好きな私には、羨ましすぎる届け物だった。
今日もスタートはシール&ハンコ係だったけれど、初めて飾りつけも手伝った。生デコレーション6寸。5時からバイトの子、4人のうち2人が帰ってしまったからである。

クリスマスケーキのバイトは作業的なことや、人間関係など、特に大変に思うことはなくて良かったのだけれど、唯一にして最大の敵は12月の寒さだった。
「なんか飾りつけに入ってから急に寒くならん?」
と、同じバイトの子が言っていたように、冬至を迎えたあたりから店の裏で始まった飾りつけ作業の室内は、たいへん寒かった。昨日はたしか6度、少しマシな今日でさえ8度。ケーキ様が溶けるといけないので人間が耐えるしかないのである。
会話の3分の1くらいは「寒い」という語尾がついて、3分の2くらいは「冷え」に関するワードが出てくる感じ。
「足さむ~~。手さむ~~。指うごかん~~。足、ほんとさむ~~~。」
といった具合。隙間風が入るとはいえちゃんとした和室で行っていた箱作りなんか、まだ全然甘かった。

12月25日
この日は片付けのみで、1時間ちょっとで終了した。ケーキのそばにいられたのは昨日まで。それにしても、クリスマス狂乱の渦中にいたはずなのに、逆に全くクリスマスを感じなかったなあ。

今日名古屋から、父と母が来ることになっている。一晩私の狭いアパートに泊まり、明日、一緒に名古屋へ帰省するのだ。
帰りに店頭にまわり、ショーケースからカットケーキを4つ選んで買った。バイトのお姉さんに「定価ですみませんが」と微笑まれながら、1220円を払った。


クリスマスのケーキ屋バイト。単純作業なので、来年またやりたいとは思わないけれど、結構楽しかった。

買ったばかりのケーキを片手に下げ、足取り軽く自分のアパートへ帰った。


【おまけの小話】
グーグル先生に調べて貰ったら、2022年現在、このケーキ屋さんは残念ながら閉店されているようでした。




今週もお読みいただきありがとうございました。季節限定のバイトって、なんだか憧れませんか?(大抵1回やれば気が済むんだけど。)私は過去に郵便局の年賀状の仕分けバイトもやりましたが、ケーキ屋も、いい経験になりました。
クリスマスのために働く人たちにも、メリークリスマス。

◆次回予告◆
2022年のあとがき

それではまた、次の月曜に。


*地方大学生の地味極まりない1人暮らし。その他のお話はこちら↓


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