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初読の感想が「ちょっと無理」だった本を8年後に読んだらものすごく沁みた体験。

先日、宮部みゆきさんの『ペテロの葬列』(集英社)を8年ぶりに読んだ。この本は私にとってちょっと特別な本で、買ってすぐに一読して以来、意識的に再読を躊躇っていた1冊だった。


高校生とき、『模倣犯』(小学館)が書店で平積みされているのを手にとって以来、宮部みゆきさんはずっと「私の好きな作家第1位」であり続けている。スリリングな展開、目の前で映像を見ているかのような鮮やかな描写、生活を感じる優しい目線、実直さと悪の共存する世界。
それまでは読書感想文の時しか本を開かなかった私が自主的に本を読むようになり、持ち歩く習慣になるほど「本好き」になるきっかけを与えてくれた宮部さん。他の作家さんの本も色々読むようになった今も、自分の本棚に(出版社別に)並んでいる宮部さんの著作はついつい定期的に読み返してしまう。長編が多いので数としては少ないかもしれないが、平均してどれも5回以上、特に好きな作品は10回以上確実に読み返していると思う。

そんな中、『ペテロの葬列』だけが1回だったのは、物語の結末があまりにつらすぎて、「ちょっとこれは…無理…」と思ってしまったからだった。

この作品は「杉村三郎シリーズ」と呼ばれるものの第3作目にあたる。巨大グループ企業の会長の娘と結婚して平凡な人生が一変した主人公・杉村三郎が、なぜかいつも“事件”に出会ってしまう現代ミステリ。それまでの宮部作品とは少し毛色のちがう感じで始めは馴染めなかったけれど、シリーズが続くにつれてだんだんと杉村三郎が好きになり、この作品の世界観も心地よいと感じ始めてきた頃に出版されたのが『ペテロの葬列』だった。

よく、書籍や映画の広告で「衝撃の結末!!」というあおり文句の割に実際は「まあ、想像の範囲内」だったことなど数えきれないほどあるけれど、この作品の結末に関しては、読んだ人の多くが(余程勘ぐって読んでいない限り)衝撃を受けたのではないかと思う。すばらしい宮部作品をより多くの人に楽しんでもらいたいので極力ネタバレせずにひとことで言うと、杉村が、ある「裏切り」に遭う。
すっかり杉村に感情移入して読んでいた私は、ベッドに寝転んで読んでいた姿勢のまま、当時その展開に呆然としてしまったのを覚えている。

こんなことあるの?

心が固まるような、冷え冷えとした感覚。
なんとか最後のページまで読みきったけれど、本棚にしまったあとはもう決して本を開けなくなってしまった。

そのようにある種封印状態だった“ペテロ”を再読するきっかけはなんてことはない、久しぶりに他の「杉村シリーズ」を読み返して、「もっと杉村を読みたい…!」という気分に抗えなくなったからだった。(宮部通だけに分かると思う、『ソロモンの偽証』(新潮文庫)からの『希望荘』(小学館)を読み返してしまったことによる一連の流れ…)

そして再読した時に、驚いた。

あんなにショックだった結末を受け入れている自分がいたのだ。展開を知っているからそれまでの伏線をちゃんと拾いながら読めたということも勿論あるけれど、それ以上に、初めてこの作品を読んだ当時20代後半だった自分が、現在は物語の中の杉村と同世代の30代半ばになっているのがすごく大きかったのだと思う。
裏切りに遭った杉村がほとんど無抵抗な状態でいたことを「このお人好し……!!何故怒らない!?」と思っていた8年前の私にはまだ、人に裏切られた経験がなかった。
ほんとうに追い詰められたとき、人がどのように感じ、どのように振る舞うものなのかも、知らなかった。

こんなこと、あるのだ。

どんなに気をつけて生きていても、なるべく真面目に生きていこうと努力しているつもりでも、「悪いこと」に出会ってしまうことがある。それはもう誰にもどうしようもないことで、自分のせいでは決してないし、実は裏切った相手のせいばかりとも言えない。当時はあまりに理不尽で極端すぎると思ったこの本の中で杉村を傷つけた側の人物の台詞も、今読んでみると「ああ、そうか」と思う。「現実っぽいもの」ではなく、物語の中のリアルを突き詰めて宮部さんが書いていたことに気がついた。

最後の方で杉村と義父・今多嘉親が美しい庭園を眺めながら時を過ごす場面で、嘉親が言う。

人は、強いな――。
よりよく生きようという意思を持っている。安穏だけでは充足できない。(『ペテロの葬列』)


この言葉を厳しいと感じた8年前。
今は優しいと感じる。



ひとつの作品が世に出ると、ものすごいスピードで色んな人の感想がネットであっという間に知れてしまう時代になった。

けれど、本は1度目の感想がその作品の全てではない。同じ人のなかでもこのようにして、年数を経て自分自身が変化することによって作品の凄さに気づくこともある。映画だって演劇だって同じかもしれないが、本だけが特殊なのは、その形のままずっとその人のそばに物理的に存在し続けることができる点だと思う。

そういう本を私も残したい。

そんなふうに再読後、思った。








今週もお読みいただきありがとうございました。読書感想は今まで勇気がなくてnoteでは書いてきませんでしたが、今回はこの気持ちをどこかに書き残しておきたくて。お付き合いありがとうございました。皆様は最近、どんな本を読まれましたか?

◆次回予告◆
『今日も私服がネコの毛まみれ⑩』実家の我儘王子・ニボシの話。

それではまた、次の月曜に。


※記事のトップ画像は宇佐江みつこの絵です。ちなみに「杉村シリーズ」で毎回装画を担当されている杉田比呂美さんの絵がまたすばらしく、大好き。



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