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理想のかばんを求めて

ある朝、通勤かばんが壊れた。
最寄り駅へ小走りする途中、「あっ」と思う間もなくショルダーバッグの持ち手が外れ、肩からずり落ちそうになるのをとっさに腕で抱え直し、セカンドバッグの要領でそのまま走り続けた。その後、持っていたエコバッグに壊れたかばんを丸ごと入れて何食わぬ顔で出勤した。

壊れた原因は明白で、荷物の入れすぎである。重さに耐えかねてバッグの持ち手が取れたのだ。1ヶ月程前、「ブチッ」という嫌な音を聞いて本体と持ち手の接合部分の糸が取れかかっているのを発見した私は、そこを安全ピン4本で補強した。裁縫能力ゼロ女の安直すぎる修繕だが、これが意外に持ちこたえたなあと、壊れたあと外した安全ピンに感謝した。

私の通勤かばんの中身は、鍵、財布、携帯、懐かしのiPod、A6サイズのスケジュール帳、ハンカチ、ウエットティッシュ(10枚入)、ポケットティッシュ&同サイズの化粧ポーチ、小型除菌スプレー、予備マスク1枚、エコバッグ、のど飴。ここまではいい。おそらく普通の成人女性のかばんの中身と大差ないだろう。
ここにまず、水が加わる。水筒だと重いし容量が少ないので約500mlのペットボトルに水道水を入れている。そして紙類。長い通勤中、いつでもメモやネームが描けるよう薄型バインダーのポケットにびっしりA4紙が挟まっている。それにペンケース(中身ぱんぱん)。また、資料用のデジカメ。携帯だと画像が粗いので、私の必需品だ。
そして一番問題なのが、本である。
ふだんはなるべく文庫を選んでいるが、たまにどうしても、「今読みたいハードカバー」がある。ちょうど先日まで、宮部みゆきさんの『模倣犯』を(もう何度目か分からない)再読していた。約700ページを上下巻。ついでに白状するとその前、スピンオフの『楽園』もハードカバーで上下巻読んでいたので、私の通勤かばんは内心「またハードカバーかよ!!!」と悲鳴を上げていたと思う。申し訳ないことをした。

かように、私の持ち歩く荷物の量は多い。家にあるテキトーなトートバッグではすぐに中身がぐっちゃぐちゃになり、通勤のテンションがダダ下がる。壊れてしまったかばんは収納力抜群だった。
ポケットの数も多く、撥水加工したナイロン素材だったので丈夫で、雨にも強く、何より軽量。あまりの使い心地の良さに、実は前回も同じものの色違いを使っていた。選ぶのも面倒くさいし、また同じシリーズを買うかあ…色だけ変えて。
…いや、待て。
そういえば、前回買い換えた理由もかばんの取っ手が取れたからではなかったか?念のため手帳を確認すると、おそろしいことが判明。今回壊したかばん、実はわずか、半年前の購入だったのである。
そしてその前の色違い「初代」は、1年7ヶ月で生涯を閉じている。
これは……かばんの機能性の問題ではなく、明らかに私の使用方法と相性が合っていない。その証拠に、その前の前のかばんはちゃんと5年くらい使い倒している。どうしよう…。

丸一日考えた私の結論は、「やっぱりあいつしかいない!」だった。今度こそ荷物を減らして長持ちさせれば問題ないはず!!そして翌日の仕事帰り、前回購入したお店へ。すると予想外の展開で、愛用していたあのかばんが、店頭から姿を消していた。
店員さんによると「あちらの商品は現在、取り扱いをしていない」。入荷予定もなく、ネットでも在庫切れ。
ああこれは、神様が、「もうあのかばんはおやめなさい」と言っている。
折しもクリアランスシーズン。ショッピングモールの閉店時間まで、残りあと1時間の急ぎ足である。

高校生のとき、どういうわけか「サラリーマンが持つようなかばん」に強烈に憧れた。多くの同級生がブレザーの制服に似合う、いわゆるスクールバッグを使っていたなか、「皆と同じは嫌」と思うたちだった私は、しかし、キャメルの革鞄みたいなお洒落感でも、友人Rが当時使っていたエイチ・ナオトみたいな個性派でもなく、ひたすらダサくて実直なかばんを求めた。私は毎週末、母と連れ立ってジャスコやユニー(現在で言うイオンやアピタ)の鞄売り場を徘徊した。そうしてついに、
「ほんとにこんなおじさんみたいなのでいいの?」
と母にも呆れられるような、重厚感のある黒かばんを見つけた。友人たちに「リーマン鞄」と呼ばれたそれを、私は卒業まで愛用した。

思うに、私の中で「通勤(通学)かばん」というのは、他のかばんと違って特別なのだ。なんというか、「ちゃんとしている感じ」が欲しい。あくまで自分的な物差しで。
まず「自立するかばん」がいい。布トートなどの、置くと「ふにゃん」となっちゃうものは嫌だ(逆に休日や作家仕事の時は布物を愛用している)。素材も、軽量なのは嬉しいが完全に化繊なのは少しテンションが下がる。2代続けて愛用したあのかばんも、本体はナイロンだったが持ち手がシックな黒革だったのが気に入っていた。
流行のリュック型も、確かに荷物の多い私には向いているが、通勤時にバスと電車でいちいち前に抱えなければいけないのが煩雑なのと、慣れないせいでお店の商品に引っ掛けてしまわないか、どきどきするので却下。

そうして、あれも違う、これもうーん…とショッピングモールを上から下まで眺め尽くし私はついに、見つけた。マチが大きく見た目も素敵な黒革のバッグを。
しかもセールで50パーセントオフ。「えっ」と驚いたのは、その店が、ふだんはモール全体がセールする時期でも頑として値引きをしない強気なお店だったからで、店員さんいわく「うちでセールは数年ぶりなんです」。これは運命では?
勧められるまま持ってみると、重量感のあるシックな見た目に反し驚くほど軽い。ポケットも、以前のに比べたら少ないが充分な数。唯一の懸念は、今まで合皮はあっても本革の通勤かばんは持ったことがないこと。
「すごく可愛いんですが…革だから、やっぱり雨の日とかは駄目ですよね?」すると店員さん、「台風の日とかは、控えた方がよろしいかと思いますが…通常なら、すぐ拭いて乾かしてくだされば」。
これで決心した。買って気に入れば、心配な日は自分で雨除けなどすれば良い。無責任に「全然いけます!」でも「雨の日はちょっと…」でもなく、「台風でなければ…。」という絶妙な勧め方をしてくれた店員さんの勝利である。




新しい通勤かばんはすこぶる良かった。
触れるたび「うぉぉ」と身震いするほど、なめらかな質感。さすがは本革。容量も、今までの中身をそっくり移してもまだ、500mlペットボトルがあと3本入りそうなくらい余裕がある。斜め掛けの紐も別で付いているので、夜道も安心。何より、持ったときの安定感が抜群だ。
と思いながら、気づいた。
新しいかばんは、持ち手が4ヶ所からにゅにゅと伸びて、2本でがっしり、重量を支えてくれている。対して、先日私が壊したあのかばんの持ち手は1本。ただでさえハードカバーを持たされて重労働な上にいわばワンオペ状態だったのである。
つくづく申し訳ないことをした。
そのかわり、今回のかばんをうんと長く大切にします。ハードカバーは、家で読みます。
(なるべく。)




今週もお読みいただきありがとうございました。
皆さまは、どんな通勤かばんをお使いですか?

◆次回予告◆
『ArtとTalk㉔』新企画!!1つの都道府県で色んな美術館をめぐる「ひとりで美術館ハシゴ旅」。

それではまた、次の月曜に。


*前期展示はまもなく終了、31日まで!開催中の原画展情報はこちら↓


*宇佐江のザ・日常の話。その他はこちら↓


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