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(短編エッセイ)その朝、世界は変わってた


野生の世界

今年なぜか大豊作だったウチの庭のさくらんぼ(上の写真)。

程よく色づいた第1弾を20粒ほど収穫し、2日後には50粒、その翌日にはなんと150粒以上を収穫したが、まだ樹には淡色の可愛らしい実が推定200粒以上残っていた。翌朝は旅先だったため収穫出来なかったが、実の色づき具合が気になって帰宅するなり庭を確認に行った。
そして目をむいた。
樹から、あんなに沢山あったはずの実がきれいに消え失せていた。

なんと鳥たちにぜんぶ、食べられていたのである!!

なぜすぐ鳥の仕業とわかったかといえば、狙われていると気づいていたからだ。収穫時、すでに犯行の痕跡(くちばしの跡)をいくつも見つけていたし、早々に収穫せねば…と心配もしていた。しかし、たった1日でここまでやられるとは。
翌朝、明るい状態で今一度確認してみたが、やはり幻ではなく、目の前には葉を茂らせたただの小ぶりな樹があった。昨夜暗闇の中でわずかに見つけた食べ残しの数粒も、おそらく早朝、食後の皿を舐めるようにして完全なるゼロにされた。憎たらしいことに、いくつかの葉のうえに「ご馳走様でした」代わりのフンだけ残されて…。

人間の私が食べても今年のさくらんぼは中々の出来だった。果たして、鳥世界版「食べログ」に、ウチの庭は載ってしまっただろうか。また、鳥の記憶というものはいつまで持続するのか。
来年が恐ろしい。


その代わりといっては何だが、私が消滅させた小さな世界もある。
造園業に勤めるいとこが庭樹の剪定に来てくれた際、そこに置いてある水瓶を見て、露骨に顔をしかめた。

「これ、ボウフラの巣窟だよ…。」

ウチの庭にあった3つの水瓶は、父母がいた頃からあった。特に触れもせず、自然と雨水が溜まっていたのだが、薄く濁ったグリーンの水面はさほど不潔な感じではなくむしろ風流で美しいし、第一重くてひとりではひっくり返せなかったので放置していた。
だが、そうと聞いては放っておけない。
ふたりがかりでよっこらしょと、庭の排水口に中身をぜんぶ流した。すると本当に、それ以来家の中で蚊に出くわす場面がピタリとなくなった。
「庭があるから、ある程度はしょうがないよなあ~」
と諦め、今まで奴等と格闘していた時間のなんと無駄だったことよ…。

後日町内の回覧板でも、「蚊の発生を防ぐため、水たまりを徹底してなくしましょう」という注意喚起がまわってきて、その前に片付けて良かったーとほっとした。
教えてくれたいとこに、あらためて感謝である。


倍速の世界

先日、自分の不注意で足を怪我した(先週の記事参照)。

幸い骨折もなく、左足首の捻挫と右脛を4針縫う程度で当日から杖もなく歩けた。だが、お医者さんから「しばらくは沢山歩かない方が良い」と言われ、勤務というより通勤(バス→電車→徒歩で合計約1時間20分かかる)の負担を考え、週休日も含めて仕事を3日ほど休ませてもらった。
そして久々に出勤した朝、私は世界が変わっていることに気がついた。

私以外の人たちの動きが異様に早い。まるで倍速でビデオを観ているような感覚だったが、当然そんなわけない。まわりは全く平常で、私がいつもと違ったのである。
捻挫した左足に比重がかからないようゆっくり歩いていたし、自分でも驚いたのは、すでに痛みもなく家では気にせず過ごしていたはずの右脛の傷が、外に出た途端ものすごく無防備に思えて怖かったこと。
今ここを攻撃(されないとわかっていても)されたらマズイ、という無意識の防御本能で体は強張り、慎重に人の流れと距離を取って歩いているにも関わらず、スマホに目を落としながらこちらへズンズン直進してくる人、私のすぐそばをビュンと通り過ぎる自転車、階段を小走りで勢いよく駆け上がっていく人々に私は怯えた。

ああ、そうか。

高齢者や、体の不自由な人や、妊婦さんたちはきっとこんな世界を見ているのだな。まったく無自覚に、恐怖を与えるつもりなど毛頭なくごくふつうに動いている人たちの動きがこんなに怖いなんて。私だって、ふだんならノロいエスカレーターよりも階段をタッタカターと駆け上がるし、乗り換え駅では時計を気にしながら人の隙間を縫って小走りしてた。エレベーターやエスカレーターがこんなに不便な位置や数しか存在しないことなど、気づきもせずに。

今まで知らなかった世界の存在に気づいたからって、自分ひとりが起こせる変化などごく小さい。
でも、足の調子が元通りになっても駅で小走りするのはやめよう。


それに気づかせてくれたと思うと今ではカサブタになった右脛の傷が、なんだかちょっと愛おしく思えるのだった。

(写真/©宇佐江みつこ)



今週もお読みいただきありがとうございました。
最近デジカメを買い換えまして、ミクロな世界の接写にハマっています(表題写真)。友人Rのお母さんが野草接写マニア(という呼称で正しいかわからないけれど)で、おそろいのメーカーを。Rの実家へ遊びに行くたび、持ち帰った仕事をするRを置いてお母さんとふたりでいそいそと野草撮影にでかけては、肉眼では見えない世界の存在に驚き、癒されています。
皆さんは最近、新しい世界との出会いはありましたか?

◆次回予告◆
久々に、ごくふつうのArtなTalk。

それではまた、次の月曜に。


*生きること。知ること。書くこと。短編集はこちら↓


*ウチの庭にある、ジューンベリーの過去のお話はこちら↓


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