記憶の中の志摩、不思議ドライブーおでかけがしたい。㉑ー
旅や散歩にまつわるエッセイ+写真のシリーズ『おでかけがしたい。』第21回。今回は、かつての記憶が入り混じる志摩の絶景を見て、生きる理由に辿り着いた、かもしれない旅。
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小旅行でたびたび訪れる三重県。
けれどこれまでは湯の山とか、津とか、あとは何度行ったか最早わからない王道・伊勢神宮などばかり。一度だけ鳥羽(水族館)までは行ったことがあるけれど、その先の「志摩」エリアは未開拓だった。
理由はひとえにその距離。
愛知と三重は隣県だが、志摩まで行くともう奈良の方が余程近い。2016年のサミットで話題になった「賢島」のあるあたりだなあ~行ってみたいけれど、電車で日帰りはちょっとキツイし、とはいえ泊まりには半端な距離だなあ~と、時ばかり過ぎていた私に思わぬチャンスが舞い込んだ。いとこが志摩へのドライブに誘ってくれたのである。
休みを合わせた好天の平日、早朝7時に名古屋を出発した。
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高速が怖くて運転できない私に代わり、行きはいとこがハンドルを握った。途中のサービスエリアで「伊勢うどんパン」なるものを発見。白いふわふわのパンにかぶりつくと、中からほんとに伊勢うどんが出てきた。あの、色のわりに味の優しい柔らかなうどんが。不思議なパンだった。
途中で小さな神社に寄り、参拝後に運転手交代。
車は順調に流れていく。というより、志摩に近づけば近づくほど、前後も対向車もほとんど見かけない。目の前に空と海だけが広がってゆく。
出発から約3時間後、私たちは大王崎で車を降りた。
絵かきの町として有名な大王崎。現地に来て気づいたのだが、
「私、ここ来たことある!」。
高校のスケッチ旅行だ。どんな絵を描いたかやクラスメイトとの宿泊(したであろう)に関する記憶はないけれど、灯台へと続くこの狭い坂道、赤ら顔の一つ目妖怪が大きく描かれた不気味な看板を見た瞬間に「あっ!」と記憶が蘇った。
夏の日陰のように、灯台の足元にくっきり何か書いてある。「海の『もしも』は118番」。なぜか逆文字。その謎は、なが~い螺旋階段を目が回りそうなほどのぼった灯台の上でわかった。
どこまでも広い海が見渡せた。
なるほど、ここから万一の水難事故を見つけた場合の文字だったのだ。今のところは何も危なげのない、平和できらきらと輝く海だけれど。
灯台を出ると黒猫がいた。
灯台の切符売りのおばさんが出てきて、その膝に慣れた様子でジャンプする。片耳が欠けている、地域猫だった。
「この子だけが他の猫と近づかないで私にばっかり甘えてねえ」とやさしく撫でるおばさんの手をいきなり噛む猫。
「甘噛みがひどくてねえ。ててっ」
真珠屋の店先では日本犬が日向ぼっこ中。思わず「かわいい~」と近寄るが、そばに「機嫌が悪いと怒ってきます。気をつけてね♡」と書かれていたメモがあり、立ち止まる。
港町の動物たちはワイルドである。
「もうちょっと、違う海も探してみようか」と車に戻った。
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なぜドライブにわざわざ志摩を選んだか。実はいとこの記憶にある海を探していたのだった。
子どもの頃、毎夏このあたりの海へ家族で来ていたらしい。私の家族も幾度か同行した可能性はあるが、私自身はまたも記憶にない。いとこの両親(私からみたら伯父伯母)の知人宅に泊まらせてもらったらしいのだが、記憶が曖昧で、地名もはっきりしないという。
手がかりはいとこの頭の中に残る景色だけ。
車を少し走らせては降り、色んな景色からの海を探してみたが結局、この日は見つからなかった。でもお陰で色んな海を楽しめた。
時刻は午後1時過ぎ。周辺でご飯を食べようと店をスマホで探す。あまりなく、あっても観光客向けだと平日はやっていなかったりする。
「あ、ここ行ってみようか」
ようやく1軒見つけて、いとこのスマホを頼りに車を発進。が、どんどん住宅街へと誘われ、次第に道も車幅ぎりぎり。内心冷や汗をかきながら命綱のようにハンドルを握りしめる。ほんとにこっちで合ってる?ていうかちゃんと現在も営業している?何度も不安に襲われるが、道行く先に幾度も、店の名が書かれた看板が立っているので少なくとも現存はしているはず。
ようやく、雑木林を抜け再び海が覗いた場所に、ぽつんと店があった。「休業日」の看板を掛けた店が。
がーん。
小さな港で、ワカメか何かわからぬが鮮やかなペールグリーンの海藻が干してある。周辺には、その飲食店とセットのように建っている小さな民宿しかない。いとこと顔を寄せ合い、「どうしよう…」と車の中で途方に暮れていると、目の前の「休業中」の扉がふいに開き、中からはちまきをした若いお兄さんが出てきた。
「あ、やってますよ」
えっ!?
なんと、看板を変え忘れていただけらしい。客が一人もいない店内に「どうぞ」と通され一安心。
自分で焼くスタイルのワイルドな網焼きの店だった。海鮮と、店の一押しだというゆかりのアジフライ巻きというのを食べた。とりあえず、ぶじご飯にありつけた。
お兄さんに「あの海藻はなんですか?」と訊いたら、「あおさです」。今がいちばんきれいな時期らしい、地元の名産品なのだそう。
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最後は「ことりっぷ」にも載っている横山展望台へ行った。
展望台からの眺めはまさに絶景だった。
景観を邪魔しないように計算された広々したテラス。ガイドブックで「ここキレイ~」と現地へ来ても、もちろんきれいなんだけれど、ガイドブックの完璧な写真に比べたら…と思うことがたまにあるが、この場所からの肉眼でみた景色は、ガイドブック以上の素晴らしさがあった。ちょっと肌寒かったが、カフェの熱いコーヒーとあおさドーナツを買ってしばらく過ごした。
海を長く見ていると、いつもちょっと怖くなる。
視界に海しか存在しない景色は、果てしなく感じて不安に襲われるのだ。
でも今私が見ている、海にうかぶいくつもの小島とリアス海岸はほんとうに穏やかで美しく、いつまでも眺めていたいと思った。以前、瀬戸内の海を初めてみたときみたいに。
自分の知らない美しい景色が、まだまだたくさんあるんだなあ。
人はなぜ生きているかという問いに今なら、
「旅をして、美しい景色と出会うため」と答えたい。
そんなことを思う、志摩の日帰りドライブだった。
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今週もお読みいただきありがとうございました。「空」ときいて大抵の人が青い空を思い浮かべると思いきや曇天の多い北陸の人はくもり空を思い浮かべるように、海と言っても、生まれ育った土地によってだいぶイメージが違うんだろうなあと思います。
あなたが好きな海は、どんな海ですか?
◆次回予告◆
短編エッセイ。
それではまた、次の月曜に。
*宇佐江のおでかけ特集。その他のお話はこちら↓
*文中に出てきたのは高校のスケッチ旅行ですが、こちらは大学の話↓