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他人の評価

私は、今まで他人の評価を気にしてきた人間だ。
自分で良いものを作った時に色んな人に見せてどう?これよくない?と言ってしまう。他人にも認めて貰いたいというのがあるからだろう。認めてもらうことで「自己の欲求」を満たすのである。しかし、よくよく考えてみればそんなもの必要あるのだろうか?

例えば、僕が絵を描くのが好きだとしよう。とても出来がいい絵を描くことができ、それを友人に見せて褒めてもらおうと思う。さて、この行為にはたして意味があるのだろうか?
なぜならその友人が絵のプロではなかった場合、いや、絵のプロであったとしても、彼の好き嫌いも加味されるからだ。もちろん、何かしらの技術を使っていて上手い!はあるのだろうが、「好き」か「嫌い」かで言われると人の好みが生まれるだろう。

彼が「世間の代弁者」とは限らないのだ

このように、「他人の評価」というものは、基準としてはとても曖昧なものである。「あの人が言ってるから〜」は絶対ではないのである。そう思うと、そんなものに振り回されてる私が馬鹿馬鹿しく思えたのだ。

これは「正義」や「悪」にも言えるだろう。
あの人にとっては「正義」であったとしても、別の視点から見れば「悪」ということも時にはあるだろう。
要は、「視点」の問題である。
その人が何を思い、何を考えているかは全員一緒なわけが無いのだ。むしろ、一緒ならこのような多様な社会にならないだろう。好きな人にだけ伝わればいい、嫌いな人はほっとけばいいのだ。

自分のやってる事が誰にとっても幸せなことではないのだ。そんな当たり前に気付くことが「他人の評価」と上手くやっていくコツなのかもしれない。