こうして夜は更けていく

 ピンポーン。

 チャイムが鳴る。今日は久し振りの友人が訪ねて来る事になっていた。私も久し振りにある程度の部屋の掃除をして待っていたのだが、すでに予定していた時間から三時間を優に過ぎている。

 別にこの後何か予定がある訳でも無いので怒る理由も無いのだが、すでに一人で呑んでいた私はこの「遅刻するのが当たり前」な友人の今後の為を思って一言だけでも言ってやろうと思っていた。そうして玄関を開ける。


 「オイ、クソババア、元気か?」

 「数年振りに会っていきなり毒蝮か!」

 「最近良く聴いてるもんだからな」

 「お前のマイブームなんてどうでもいいよ。それより何してたんだ?三時間の遅刻だぞ」

 「どっかの店とかじゃなくお前の部屋だ。別に何時間遅れたって構わないだろ?」

 「それは確かにそうだが連絡くらい入れろ。お互い、いい歳なんだから」

 「年齢で物事を考えるな。いいじゃないか、そういう性格って事で」

 「俺だからいいようなものだ。仕事先の相手だったら営業マンとして失格だぞ」

 「それより座らせてくれ。ずっと立ちっぱなしだったんだよ」

 「まったく…」

 「へぇ、いい部屋じゃないか。一人暮らしには勿体無い」

 「自分でもそう思う。入ってから思ったが完全にここは家族向けの作りだよ」

 「住んでいい?」

 「断る。それより今日はどうした?卒業してから一度も連絡取ってなかったのに突然の連絡だったからな」

 「ん?まあそれはおいおい話すさ。それより俺にも一杯くれ」

 「勝手に作れ。コップはあそこにあるから。冷凍庫は下だからな」

 「了解。そんじゃ好きにさせてもらうぞ」

 そう言うと友人は自分のグラスを取りに立ち上がる。相変わらずの性格に少し嬉しくも思うが、心配でもある。あのような会話を初対面の人間にでさえ時々するのを見た事があるので、誤解されてしまう事も多かった。

 「おーい。このハム腐ってるぞ」

 「ハムなんて買ってない。適当な事言うな」

 「ノリが悪いな。性病中か?」

 「性病中って言い方も聞いた事無いし、そんな性病があるかどうかも知らない」

 「人嫌いな癖に話したがり。立派な性病じゃないか」

 「なんて病名だ?」

 「淋病」

 「詳しくは知らんが多分それ間違った認識だと思うぞ」

 「そうか?漢字の感じでそう思ってたんだが」

 「色んな意味で淋しいって表現になったのは確かだろう。けど違うと思う」

 「まあいいさ。それより乾杯しよう」

 「ん、乾杯」

 グラスを合わせた音が部屋の中に響き渡る。学生時代、何度も繰り返された風景だった。同じようにこうして二人、何度も酒を呑みながら議論を交わした。友人はどこからその知識を得ているのかは知らないが、雑学が豊富で会話が尽きる事が無かった。

 「それで今日はなんだ?」

 「うん?少しな。今日はお前と『懐かしい話題』で話したいと思ってな」

 「懐かしい話題?子供の頃の話とかか?」

 「いや、ただ単に自分が懐かしいと思う事を話せばいい」

 「そんな事急に言われてもな…あんまり思いつかないぞ」

 「難しく考えるな。ただ思いついたのを言えばいいだけだ」

 「例えば?」

 「ベロ毒素」

 「いきなりだな。あんまり覚えてないぞ」

 「そういう事でいいんだよ。なんでもいいから何か言ってくれ」

 「う~ん…そうだな…『ゲッツ!』とか?」

 「それはまたちょっと違う」

 「良く分からないな。『なんでだろう~?』」

 「恥ずかしながら帰って参りました」

 「それはネタじゃなくて横井さんの本音だろ!」

 「とまあそういう感じ」

 「大体俺らの時代じゃないし。なんで知ってるんだって言われてもおかしくないぞ」

 「ファンデーションは使ってません」

 「それはCMだろう」

 「馬場さん横取り40万」

 「落ち着け。まとまりが無さ過ぎるぞ」

 「ここでお前なら『チョメチョメしてもいい?』って聴く所だぞ」

 「それに対しても言える事はあるが、話が飛び過ぎだ。何が言いたい?」

 「何も」

 「…お前話す気ないだろ?」

 「そんな事は無い。現にこうして会話してるじゃないか」

 「それはそうだが…何が言いたいのか本当に分からないぞ」

 「俺もだ」

 「会話を打ち切るな!今のでお前は自分を全否定してる事になるんだぞ」

 「人は自分を否定する事から始まる生き物だ」

 「哲学的な言い方をしても駄目だ」

 「俺は鳥になりたい」

 「急にどうした?」

 「あの大空を自由に飛びまわりたいんだよ…」

 「それは無理だろ。鳥が飛べるのは羽根があってさらに人間とは全然違う筋肉の付き方と身体の構造をしててだな…」

 「俺ハト胸なんだが」

 「関係あるか!」

 「猫と会話出来るし」

 「鳥じゃなくなってるぞ」

 「ニャンとしたこっちゃ」

 「ただ猫風なだけだろ!」

 「愛のま~まに~わ~がま~まに~、僕は君だけを傷~付けない~ワン!」

 「うるせえ!」

 「実はお願いがあるんだ」

 「なんだ?悪いが金の相談は出来ないぞ」

 「それとはまた違うんだが…近いものだな」

 「金はからむんだろ?それなら言っても無駄だ」

 「お前なら持っていると思ってたんだけどな」

 「何を?」

 「星の金貨」

 「持ってるわけがあるか!」



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