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河川計画論入門その6 土地利用・建築の規制・誘導

1. 水害リスク情報の作成・公表

水害に強い、適切な土地利用・建築を考える上で、水害リスク情報の作成・公表は最も基礎的な作業です。どこにどの程度のリスクがあるかわかれば、あらかじめそのリスクに備える、あるいはリスクを避ける行動をとることができます。

水害リスク情報とは、過去の水害の有無や浸水深の大小、潜在的な水害の危険性などを整理したものです。一般には、浸水実績区域や浸水ハザードマップの形でまとめられていることが多いです。

これらの情報を作成・公表することで、必要に応じて土地利用・建築の規制・誘導を実施したり、発災時の速やかな避難や水害リスクの高い地域からの移転など、住民が自ら危険性を回避する行動を促すことが期待されます。

2. 水害リスク情報に基づく土地利用・建築の規制・誘導の事例

2.1 名古屋市の事例

名古屋市では、伊勢湾台風(1959年)時の浸水範囲を基に、建築基準法に基づく建築条例を施行し、指定された災害危険区域内での建築制限を実施しています。具体的には、4種類の臨海部防災区域を設定し、それぞれの区域で、建物1階の床の高さ、建築物等の用途・構造に対して一定の制限を設けています。

2.2 東京都中野区の事例

東京都中野区では、2005年9月の大規模洪水被害を受けて、「中野区水害予防住宅高床工事助成制度」を導入し、家屋の高床工事に対する助成を実施しています。また、大雨による浸水被害の実績情報を基に、一部の地域については高さ制限を緩和して、高床化の促進を図っています。

2.3 兵庫県たつの市の事例

兵庫県たつの市では、市の防災マップを活用し、建築相談窓口で、災害リスクを有する区域における建築行為等に対して災害への対策を講じるよう注意喚起を行っています。また、市街化調整区域において建築制限を一部緩和する措置を行っていますが、防災マップ等で危険性のある箇所については、新たな建築行為は原則禁止としています。

2.4 愛知県みよし市の事例

愛知県みよし市では、「まちづくり土地利用条例」の中で、洪水ハザードマップにおいて50cm以上の浸水のおそれがあるとされている地域を防災調整区域に指定しています。当該区域で宅地分譲等を行う際には、浸水リスク情報や実施した対応策を購入者に対して周知することを開発事業者に義務付けています。

みよし市の事例は、リスクや対策の消費者への説明を開発事業者側に義務付けている点で画期的といえます。このような取組みを実施することで、水害に強いまちづくりが大いに進むものと期待されます。

3. 水害危険度に基づく土地利用規制の費用便益評価手法

土地利用と建築の規制・誘導などの流域管理的手法は有効な水害対策となり得ますが、その適用性や妥当性を定量的に分析する枠組みの整備が必要です。ここでは土地利用規制に対する費用便益評価手法の一例を説明します。

3.1 土地利用規制の費用便益評価の手順

  1. 雨水氾濫解析による水害危険度の評価と規制シナリオの作成

  2. 土地利用規制実施時の立地状況の予測

  3. 土地利用規制に伴う費用便益の計測


3.1.1 水害危険度の評価

過去の被災状況のみに基づく評価の問題点を避けるため、洪水氾濫モデルによる雨水氾濫解析を用いて水害危険度を評価します。具体的には:

  • 対象流域でさまざまな再現期間の降雨事象に対する雨水氾濫計算を実施します

  • 各地区で得られた最大浸水深で水害危険度を評価します

  • 規制の基準となる浸水深に基づいて規制シナリオを作成します

3.1.2 立地状況の予測

規制を実施した場合の立地状況を、立地均衡モデルによって予測します。立地均衡モデルは:

  • 世帯や企業の立地選択行動

  • 地主の不動産資産供給行動

をモデル化し、土地もしくは建物床面積の需給量が一致する条件下で、地代(家賃)と立地量を算定します。

3.1.3 費用便益の計測

  • 費用:規制に伴う可処分所得や平常時の利便性の低下など

  • 便益:水害被害額の減少

3.2 立地均衡モデルの構成

立地均衡モデルは、対象地域をいくつかのゾーンに分割し、各ゾーンごとに土地や建物の需要と供給が一致する条件で、それぞれのゾーンの地代と立地量を求める構成となっています。

主な仮定:

  • すべての取引は賃貸借によるものと仮定します

  • 対象地域に在住する世帯の総数は一定(閉鎖型都市の仮定)とします

3.3 土地利用規制のモデル化と費用便益の計測

3.3.1 土地利用規制のモデル化

水害危険度の高い地域を住宅地として利用することを禁じる規制を、住宅供給関数を通じてモデル化します。

3.3.2 規制に伴う費用の計測

  • 世帯の費用:等価的偏差で評価します

  • 地主の費用:供給者余剰の変化分として定義します

3.3.3 規制に伴う便益の計測

規制の有無に応じた水害被害額を算出し、その差をとって規制による水害被害額の低下分(便益)を求めます。

これらの評価手法を用いることで、土地利用規制による水害対策の効果を定量的に分析し、より効果的な政策立案に貢献することが期待されます。

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