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恥ずかしげもなく言ってしまえば

34歳になって初めて恋というものをした。
この年齢になって、初めてのめり込んだ。

あたしはもともと恋を知らなかったし、持つこともないだろうと思っていた。
セックスも、肌を重ね合わせるということ自体が気持ち悪い気がしていた。
20代半ばにできた彼氏ともそれが嫌いすぎるということが原因で別れたし、三十路手前でできた彼氏ともほとんどそれが原因で別れた。
2人とも人としてはとても好きだったし、好感も持っていたけれど、恋愛の気持ちを持ち合わせていないあたしには、理解しようもなかった。
1人めの元カレとは、いい加減に彼氏がいなければいけないという焦りから、2人めの元カレとは、結婚をしなければというプレッシャーから付き合った。
恋心を持っていないあたしは「普通」に乗り遅れないように必死だったから。
結局、セックスはしたくないし、過度な干渉やスキンシップ、恋人なんだからというあれこれに耐えられずに破局してきた。
その人たちを嫌いにはなっていないけれど、正直いまとなってはどうでもいい、興味のない人たちだ。

一昨年出会った現在のパートナー(以下、相方)は、第一印象もあまり覚えていない。
なんとなく目力がすごいな、と思ってそれが苦手だった記憶があるくらい。
あたしは何でも恋愛でひっくるめられてしまう、男と女というカテゴリーがすごく苦手で、男性と信頼関係を築くことが上手にできない。
新入社員として入ってきた彼のこともバチバチに警戒した。
たびたび声をかけられて話すこともあったけれど、自分からは行かなかったと思う。
ただ心理的な距離感を掴むことが上手いひとだな、と感じた頃からあたしはおかしくなった。

声をかけてもらうだけの関係から、能動的に声をかけるようになった。
話しかけるきっかけがほしくて、寝る前にネタをひねり出してストックした。
オシャレは好きだったけれど、褒めてくれるので調子に乗ってこれでもかと洋服を買った。
できるひとや有能なひとに思われたくて、仕事をそれまで以上に工夫してやるようになった。
当たり前の話ではあるけれど、書ききれないあれも、これも、いま思い返せば相方へ良い印象を持ってもらいたくて頑張ったんだと思う。
それを「意識している」と自覚することはできなかった。
ただ、頭の中が気付けば相方だらけだった。

このときに、あたしは「リアルの推し」ができたんだな〜と楽しい気持ちで毎日浮かれていました。
ある日、コートを褒めてくれた相方が、さり気なくあたしの洋服のすそを掴んだ時に、ん?という気持ちになった。
言葉では尽くせないドーパミンとセロトニンの量が過剰に分泌されていくのがわかる。
脳が溶ける。
掴まれたすそを、そっと握りしめたくなる。
これは、なんだったんだろう?

「それが恋だよ」
友人がハッキリと断言したとき、あたしは恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。
30代になってまで恋愛をし、しかもそれが初恋なんだから、恥ずかしくないわけがない。
いい歳して何をやっているんだろうと感じた。
痛々しすぎて、あたまからバケツを被ってしまいたかった。
そんでそれを外から叩いて、うなる轟音であたしは何も聞こえませんってしたかった。
でも友人は言った、「おめでとう」とか。
あたしを置いてけぼりにしないで。

そして出会ってちょうど1年後に、付き合うことになった。
そこまでのあれやこれは端折るけど、とにかく付き合うことになった。
初めてのデートとか、どんなシチュエーションでのキスがよかったとかも端折るけど。
いろいろ端折るけど。
いまあたしは、メンタルが不安定だ。

先に断るが、相方は別にワルい男ではない。
確かに少しルーズな面や、言葉足らずが故にぱっと見不可解な行動をしていたり、多方面に誠実であろうとして結果自滅したりとかはあるけど、穏やかだしお茶目だし、基本的には気の良いお兄さんという感じで、老若男女に好かれる人だ。
それでもなぜあたしが不安定になるかと言えば、好きすぎてたまらないからだ。
ささいな言葉に浮き沈みはするし、彼の行動が良い意味でも悪い意味でも読めないから。
もう明日は絶対ぶっ飛ばす!と思った次の日には、一生分の幸せだなと相方の腕の中でぬくぬくしている。
メンタルが不安定になる恋愛はよくないとネットでさんざん見たうえに、ぶっ倒れた日もあったというのにあたしはやめることができない。
理由はいままで誰に対してもできなかった、構って欲しいときに無意味なラインを送ることもできるようになったり、怒りや悲しみの感情を素直に出せるようになったこと。
悩みを包み隠さず明け渡すこともできる。
ツラいときはツラいと言い、楽しいときは楽しいねと言えて、くだらないことで競ったりする。
あたしはいままで誰にでも、家族にすらも、よそ行きの自分でいたことを知る毎日になっていたからだ。

たとえささいな事でも、浮き沈みはしていたい。
あたしの中にもこんなに感情があるんだと知れたから。
相方がしんどい時には、2人で海でも見ながら、今日で終わらしちゃおうかって笑い合いたい。
泥酔して終電逃したからって、夜風の中を手を繋いで帰りたい。
ラインの返信が1日無かったからっていう理由だけで無意味な喧嘩をしたい。
どの洋服が1番似合うか決めかねて、予算オーバーしたい。
朝、今日もお互い仕事頑張ろうねって言いながら、肋骨が折れるくらいのハグがしたい。
どんな結果になってもいいから、相方と一緒に居たい。

そういうくだらないことばっかりだ。
あまりにもフラフラしているから、親には心配をかけるし、友人には楽しかったことも愚痴も話してるから聞き飽きてるだろうし、悪いところをあげたらキリがないよ。
この先がどうなるかなんて、あたしにはわからない。
もちろん誰にもわからないけれど。
それでも幸せなときの気持ちを抱きしめていたい。
ツラいときの気持ちも味わい尽くしたい。
頭の中ではよくないとわかっててやってる。
でもあたしは大人しく生きすぎたと思った。
これだけ奔放に生きて、好きなことをして、自由にあたしの意志で会いたいひとに会う。
こんなに面白くて、しんどくて、幸福なことはないと感じる。

以前、友人に「真面目すぎる」と言われたことがあった。
あたしは優等生を演じて生きてきた、それを見透かされた言葉がひっかかっていたけれど、本来のあたしは、本当にぜんぜん優等生なんかじゃない。
小心者だから何も言えないだけなんだよ。
ずっとそうやって生きてきたけれど、やっぱり相方の前では、誰より、家族より、友人より、素でいられる。悪い人間でいられる。
わがままでいられて、感情表現豊かになって、適度に羽目を外しても。
本当はそんな生き方がしたかったんだよ。
だからいまの相方との関係が離れがたいくらい居心地がいい。

このままあたしは突っ走りたいと思う。
悲しい結末になってもいい。
嬉しい最期だったらなおさらいい。
初めての恋心に気付いて、情けないやら恥ずかしいやらでバケツを被った日も、恥ずかしげもなくこんな記事を書いているいまも、相方のことでいっぱいだ。
34歳になってまで、こんな不安定な恋愛を、と思われてもそれでいい。
だってあたしにとっては初恋だから。
最後の最後までしゃぶりつくしたいよ。

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