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夜明け空に還る魂の彩~英雄伝説 黎の軌跡②~

「あくまで自分の流儀を貫くだけだ。黒でも白でも、灰色ですらない、黎い狭間の領域で」
「……貴方は今の、私が嫌いなひどい貴方のままでいて」
「夜明け前の優しい暗がりみたいに寄り添ってくれる貴方だけの色が──どうしようもなく愛おしくて何があっても失いたくないから!!」


 本稿は、『黎明告げるミッシング・リンク~英雄伝説 黎の軌跡①~』の続きの考察となります。
 特に主要な人物である、アニエス、エレイン、そしてヴァンについて、その関係性を文じえネタバレ込みで語っていきたいと思います。


1.空を照らす朝日のように~アニエス・クローデル~

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 発売前の考察で、自分はアニエスのことを『裏解決屋の中でも光の側だからこそ、闇を知って苦悩する立場にある』と考えました。
 レンはヴァンの存在を仄めかしただけで、彼女がいたからアニエスは闇を知っていた訳ではなかった。グラムハート大統領の娘であり、エプスタイン博士──導力革命の発端であるクロード・エプスタインの曾孫。彼女の素性そのものが、過酷な現実を知るに値する道を示していました。

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 今回の旅は、今までと比べると辛いものがあります。序章の暗殺から順に、死鬼化、仲間の惨殺、村ごと爆破するという最悪レベルの大量殺人……当事者でないとはいえ、ずっとヴァンと一緒にその凄惨な悪夢を見たアニエス。ましてや何も知らなかったお嬢様にとって、その負担は絶大なもののはず。
 それでも、そんな過酷な旅路を前にして恐れ戦いても、彼女がいう通り『向き合う』ことから逃げなかったのは、ひとえに彼女の精神性がある意味では一つの方向性に完成されたものであったからなのではないか、と思います。

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 祖母が他界し、母が亡くなり、父は遠のく。そんな、ともすれば脆弱になる精神の日々において、彼女の中核を占めたのは曾祖父クロードの手記だった。研究論文ではなく一個人としての哲学的な日記。
 クロード・エプスタインは未だ謎が多く、彼の立場を正しい・間違いで語れるほど、プレイヤーは彼の人柄を知りません。けれど彼は世界の『枷』を外れた──「女神が絶対の存在である」という価値観を脱却出来得る人間の一人です。それは例えば=『女神を信じない』事ではなくて『女神と言う存在の正悪両面・矛盾などを知った上でより高次の信仰や信念を掲げることができる』というように、物の見方を考え方を広げ、生きる上で多く彩にあふれた価値観や思考を得ることができるということ。
 単に中途半端に知識があるだけでは、意志まで強くなるとは限らないけれど、アニエスの場合は手記を通して、曾祖父の考え方を、そこに至る過程を体験せずに、手記を通して『偉人の伝記』のように知ることができた。
 ある種アニエスは、曾祖父の物の見方という価値観を、寂しさの埋め合わせとして自身の中核に取り込んだのかもしれません。だからこそ時として不自然なほどに強く、手記の最後の一文に報いるために動き続ける強さを持っている。

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 それはまだ、自分の本質となりえていない危うさもあるかもしれない。ですがこの旅を通して、ヴァンの背中を追うことでアニエスは少しずつそれを本当の意味で自分のものとしている。

 まだまだ続く共和国の苦難。混迷の王制末期に旗を振ったシーナ・ディルクのように、終わる世界で光を照らす存在になるかもしれない。黎明の象徴たるヴァンに、朝焼けの景色を見せてくれるかもしれません。

2.夜空に微睡む月に染まれば~エレイン・オークレール~

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 ヴァンのネタバレに絡むことではありますが、エレインとも関わるので二人の少年期を整理したいと思います。

・エレインはクインシー・ベル社の令嬢
・ヴァンは孤児院の出身で、アークライド姓もそこでもらった。
・ルネも含め三人とも旧王都オラシオンで出会っている。幼少期を過ごす。
・ヴァンがエレインの父エドモンの計略により突き放される。
・ヴァンのDG教団時代、空白期。
・アラミス高等学校での再会、青春期。
・ヴァンとエレインが付き合い始める。ルネ? すでにリア充だったよ。
・ヴァンが唐突に退学。また、三人の道が別たれる。

 ストーリー考察としては浅いですが、大雑把にこんなところでしょうか。
 加えて《そして、乙女は剣を手に進み続ける》で吐露されたエレインの心情を、判明された時系列も含め考えたいと思います。

・ヴァンとの別れにより自分ではない何者かになりたいと願った幼少期。

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・ヴァンやルネとの再会・ヴァンとの関係により『何者かになれた』と思った高校時代。

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・再びの別れにより、仮初の『理想の自分』だったアラミス二年次。『結局、気のせいだった』

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・ただ目的もなく理想もなく、進むだけの若手遊撃士時代。そして1207年、『進んでいるうちに、いつの間にかそこに立っていた』遊撃士A級への道。けれど何者かになればまたそれが霞んでしまう恐怖。

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『たとえこの先躓いて、派手に転ぶことがあったとしても、それはそれで構わない』というA級授与。

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・1208年、ヴァンとの再会へ。

 本作にて、エレインの心の揺れ動きに関わることがヴァンやルネを含めた幼馴染としての関係性によるものであることがほぼ確定しました。もともとのイメージとしてテロによる燃える家と言うか、そういった家族がらみの悲劇によって今のエレインのアイデンティティの危機があったと思っていたのですが、それとは違うものでした。家族を脅かされたのではなく、大切な友人たちの喪失。それによって気づいた自身の家族の罪。
 その体験を知って、「そりゃ自信をなくすわな」と納得しました。ましてや犯罪者の身内であるじぶんが英雄になるなど、考えられないのも判ります。
 そんななか《創まりの先へ》で進み続ける強さを手に入れ、けれどある意味で諸悪の根源であるヴァンとの三度目の関りが始まることで、エレイン自身も再び心の激動に晒される。
 そんな黎の軌跡と、そして続編以降の物語だと思います。

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 よくヒロインとしてのアニエスとの対比であったり、そこにシズナも加えた3ヒロインの話を聞きます。その中において、特にアニエスとの関連で考えるとき、陽のアニエスに対して陰のエレイン、といったイメージが浮かびました
 アニエスが先の項目で『本筋に関わり、芯がありつつもその拠り所が手記にある、これからその強さを強靭なものにしていく』存在であるとして、エレインもまた『若手の有望株であっても芯は脆く、そのアイデンティティを確立させていく必要がある』存在です。
 家族と遠く、仮初の自分を確立させるために手記の精神と剣を手に、進んでいく。ある意味では似たような存在です。
 では二人の違いは、といった時、ヴァンを主軸にしたその『役割』となるのではないかと思います。

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 ヴァンの正体は後述しますが、その中で、新たな関係性として彼を支えるアニエスも、彼がもう『もう昔のことだ』と諦めるのではなく『取り戻したい』と強く渇望する存在となる(なってほしい)エレインも、どちらもヴァンが《裏解決屋ヴァン・アークライド》として立ち続けるには必要な存在だと思います。エレイン自身も、それまでの経緯から自分のことを引け目に感じている。アニエスほど、今はヴァンを希求することをひけらかしていない。
 そんな彼女だからこそ、黎明を照らす朝焼けの光ではなく、その後ろで黎明を成り立たせる月夜にはなれるかもしれない。黎明が存在するには、朝焼けと夜闇の存在はどちらも必要なはず。
 だからこそ一方で、黎明そのものの側で化け物としてのヴァンを受け入れる強者シズナも、ヒロイン論争が加速するのではないかと思います。
 エステルとヨシュアは太陽と月として、主人公とヒロインとして語られていました。今度は、そのどちらでもありません。

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 エレイン自身も、大人の少女としてまだまだ成長できるものがあると思います。本作を終えてある程度わだかまりは解けたといっても、彼彼女らは本当に今のままの関係でいいのか。『いつか還る貴方』のために、今のままでは悲劇がまた起こってしまうなし崩しの関係で構わないのか。
 ヴァンが人として成長するなら、ヴァンが自身の関係性として確定するエレインもまた、『何者か』になる必要がある。何者かになることに恐れ立ち止まるのでも、派手に転ぶことでもなく、毅然として構えながら答えを得る必要があるのです。

 その時、エレインはその優しさを持って、乙女から女性へ成長して、英雄でない人として。傷ついた人たちの心を、同じ側で癒す夜光であってほしいと、一個人としては思うのです。

3.黎明という《空》の色~ヴァン・アークライド~

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 主要人物やエレイン・ジェラールとの考察。そのすべてにおいて、ヴァンは姿を表すことになりました。物語を語るうえで、心を語るうえで、やはりヴァンの存在は欠かすことのできない。まさに(勝手に名付けた)《裏の重心》という言葉が当てはなっているように感じました。
 また嬉しくない正解として、ヴァンは本当にDG教団との関連があった。しかも自分の想像以上に危ない真相がありました。

 散々語った『何者か』と言う迷い。フェリは社会の立場、アーロンは自分の精神、リゼットが別の体、カトルは人間としての自分。もっと言えばジュディスは表と裏のどちらか、ベルガルドは過去と今のどちらか。そういったところに、仲間たちは二面性を持っていました。
 そしてヴァンは、多かれ少なかれそのいずれもを持ち合わせているキャラクターだと思います。

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 主人公像としては、やはりケビンやルーファスのような凄惨な過去からの成長や後ろめたさが描かれ、加えてヴァンの正体を考えるとそれは世界そのものの謎にかかわる。そういったものをメタ的に考えるに、やはりシリーズ後半戦としてあらゆる意味で今までとは違う主人公像がそこにはあります。
 そして一方で、多くのものを引き付け、困っている人を助けて自分を犠牲にしがちなお人好しさがあって……そういったものは今までの主人公であるエステル・ロイド・リィンと同じ資質を秘めている。
 おおむねヴァンの半生は明らかになっていて、孤児となりエレインとルネと出会い、DG教団の魔の手にかかり、そして救われベルガルドにも保護され、高校でエレインたちと再会し、やがては退学しベルガルドを師事し、崑崙流を修めて裏解決屋へ。
 狭間で迷っている人を送り出したり、困っている人を自分の流儀で助けたり、『俺なんか』と自己犠牲の精神が目立つ。そんな一面は、やはりこの過去によるものでしょう。そこはリィンと似ているようで、しかしリィンが持っていた自らの『正体不明の力への恐怖』とは違い、『自身の正体を知るが故の諦め』だった。

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 ヴァンの正体とその心の在り様については、アーロンとも似たようなところがあるのでそちらに譲って省略したいと思います。自分でない存在が精神に巣食っている、そんな状況で成長できる要素があるとすれば、それは自分の本質を証明し、理解することだと思います。
 そして本作の結末によって、ヴァンは自分の過去や真実と向き合うことができるようになりました。

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 ところで、ヴァンの台詞にこういったものがあります。「あくまで自分の流儀を貫くだけだ。黒でも白でも、灰色ですらない、黎い狭間の領域で」
 この場合、黒でも白でも灰色でもないというのは、自分がいる立場が単なる二領域の中間ではなく、黎明の時、夜明け前から朝焼けに変わる本当に一瞬の《境界線》を指し示しているように感じるのです。
 境界線、もはやそこをさらに分ける境はない。どちらもに属さず、分類さえされない、一瞬で儚く消える不確定な存在です。
 ただ、それが『不安定な存在として安定』しているならば、言ったように《境界線》という表し方でよかった。
 《黎明》は夜明けの意。黎明期ならば何かが始まる意味。近藤社長が仄めかしたように軌跡シリーズ後半戦の黎明であるとともに、加えて『ヴァンという人物の黎明であってほしい』とも思います。なぜなら空は如何様にも移ろうから。雨の時も晴れの時も曇りの時も、朝日が昇り世界を照らし、黄昏に疲れて夜の闇に休み、そして再び黎明に戻ってくることができるから。

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 新たな主人公として、その正体も含めて、ヴァンには絶対に過酷な試練が訪れる。けれどそれでも、時に移ろい時に他者に影響し影響されながら、アニエスが言った『夜明け前の優しい暗がりみたいに寄り添ってくれる貴方だけの色』を、もっと体現してくれる。そんなヴァンの軌跡を、これからも追っていきたいと思います。

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 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!!



記事を最後までお読みいただきありがとうございます。 創作分析や経験談を問わず、何か誰かの糧とできるような「生きた物語」を話せればと思います。これからも、読んでいただけると嬉しいです。