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#美容室の替え時

10年間通った美容室を替えた。

きっかけは些細なことだった。
ちょっとした連絡の行き違いと小さなトラブルが
偶然立て続けに重なって
いちど歯車が狂い出すと
元の軌道には戻せなくなった。

それまでは特に大きな不満があったわけでもない。
ただ、それこそが問題だったように
今となっては思う。

その美容室に通い始めたころ、
わりとオーソドックスなスタイルをオーダーしていて
カラーもダーク系の落ち着いた色が多かった。
べつに職場で禁じられていたとか
コンサバ指向であったわけではなく
当時はたまたまそういう気分だっただけだ。

でもある時期から、
ブリーチありきのハイトーンカラーにしたいと思うようになり
かなり攻めた色を希望したこともあった。
担当のカラリストにもそのように伝えたし
ストレートに「気分を変えたい」とも言った。

だけど施術前のカウンセリングで、
髪の状態やアフターケアのリスクを話し合っていくうちに
いつしか妥協点を探るような展開になり、
最終的にはいつも無難なカラーに落ち着いてしまう。
早い話が「ブリーチ無しでできるギリギリのハイトーン」だ。

まるで改革を求めながら消去法で結論に至ったミーティングみたいに。

ブリーチは髪へのダメージが大きい。
あまりハイリスクなことをして
こちらの期待に応えきれなかったり
クレームをつけられたとしても
責任を取れないと思ったのかもしれない。

しかしそんなことは承知でお願いしているし
今どきブリーチなんて誰でもやっている。
大人だからそのぐらいは自己責任で処理できる。

美容室にとって私は顧客だし、
こちらのことを慮っての対応だったのだとは思う。
結果的に髪に致命的なダメージを負うことはなく
カットもカラーも腕はよかったので
仕上がりにはそこそこ満足していた。
施術後にミラーで確認するときも
思い通りのイメージを断念した物足りなさは感じつつも
決定的な不満はなくサロンを後にしていた。

だが、それと同時に、
自分の好きなヘアスタイルにする自由を
不当に制限されているような無意識のフラストレーションも
そのつど、着実に、溜まっていった。

だったらさっさと別のサロンに移ればいいではないかと思う。
実際そうする人もいるだろう。
でも意外にそれができなかったというのがまたややこしい。

美容師とのマッチングには相性がある。
相手はプロとはいえ、肌や髪というパーソナルな領域に直接触れる距離感だし、
自分という人間の印象を大きく左右する要因を委ねる間柄だ。
コミュニケーションを重ねてそれなりの信頼関係を築くには
ある程度の時間がかかる。
人によってはなかなか骨の折れる作業でもある。

それをまたゼロから、新しい人とやり直さなければならないと思うと
すぐには腰が上がらなかった。
目先の楽さに逃げていた。
このあたりは、愛情が冷めたけれど惰性でつき合っている
マンネリの恋愛関係に近い。

担当期間が長ければ長いほど、
スタイリストもこちらの雰囲気というものを熟知している。
「イメージを変えたい」ときは 
その雰囲気を裏切って欲しいのだけれど、
とはいえスタイリストもずっと同じ人だし
その人の得意とする持ち味もあるので
どうしても似たようなテイストになってしまうのは
当然とも言える。
かといって同じサロン内でスタイリストの指名を変えるのも
スタッフ間で気まずいだろうからはばかられる。
となると身動きがとれない。

条件は整っていた。
あとはきっかけ待ちだったのだ。

連絡やトラブルのタイミングがあと少しずれていたら、
あるいはもういくらか気持ちに余裕があったら、
もしかすると結末は違っていたかもしれない。

でも、物事が上手くいかなくなるときというのは
そういうものなのだろう。

10年も通ったのだから
この先もお世話になるものだと思っていた。
10年も通ったのだから
多少の不満はあっても目をつむれる気がしていた。

でもそうではなかった。

美容室を替えるのはべつに悪いことではないし
いつ、誰に乗り換えても、問題はないはずだ。
それなのに、どこかで後ろめたさみたいなものを感じてしまうのが、
なんだか割に合わないなと思っている。

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