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アメショのてん。


明確な自覚こそ無かったものの、気になっていたんだろう。


それはいつもの休日だった。コーヒーが無くなりそうなことに気付いたので買い物に出たのだ。

ここらでは1番栄えているショッピングモールに着いた。食料品売り場へ行くより前に、併設されているペットショップへ足が向かった。そしてただ真っ直ぐ、その子を見た。

アメリカンショートヘアの男の子、4か月。子猫、というには少しだけ大きいだろうか。元気にご飯を食べ、落ちてた猫砂で遊び、クッションを一生懸命揉んでいたその姿をずっと追っていた。

いやいや、今日はコーヒーを買いに来たんだ。予定通り、食料品売り場へ行きコーヒーを買う。

レジを打って貰っている間も、アメショの子のことが気になって気になって、コーヒーを買ったらもう1回行くつもりでレジを済ませた。

またそのこの前へ立つ。今度はステップを登ったり降りたり、元気に動き回っている。

実はこの子、こうしてじっと見る機会は数日前にもあった。その時も、クッションを一生懸命に揉んでいる姿が頭から離れておらず、「まだあそこに居るのかな」などと考えていたり、迎えた場合のシミュレーションを考えたり、なんだか、もうその時から決めていたような気さえする。

もう決めてしまおうか。今まで散々繰り返した自問自答をまた唱える。家族が増えることによる自分の責任。管理。愛情。貫くこと。

できるか?

ここ数年で、覚悟は決めたはずだった。命を目の前にすると、手が震えた。

その震える声で、店員さんに詳細を聞いた。悩む素振りをしてみた。もう決まってたのに。

「決めます」

そう言って手続きに移った。手続きする前に抱っこしてみようとか、そんなことも思わなかった。決めるのだから。

一通りの説明を受けたあと、健康チェックということでその子は目の前にやってきた。ガラス越しではないその子は十数倍にも尊くうつる。関節、おしり、皮膚、噛み合わせた歯、その子の体の健康状態を示すものを見せてくれた。

時折嫌そうにしていた。そうだよね、ごめんね。でもこれからも見逃さないようにするから。健康の証を目に焼き付けて、真剣に丸つけをした。その小さい歯までも愛おしかった。

健康チェックが終わった後、ショップのお兄さんは「はいっ」とその子をわたしに預けた。心の準備こそできてなかったものの、抱き抱えたその子は見た目より軽く、毛並みはつやつやで心拍数が爆上がりした。苦しかった。昂ると吐き気がするんだなという気づきがあった。

あったかい、さらさらしてる、目がきれい。

その子は暫く抱かれたあと、遊びたかったらしくわたしの腕をすり抜け机に降り立った。お兄さんが持ってたペンでやっぱり一生懸命遊んでた。

「もうお客様の子ですよ」

まだ整っていないうちへ連れて帰ることはできなかったので、10日後改めて引取りに来る約束をした。
別れ際、お兄さんと手を振るその子。本当なら連れて帰りたかった。

母と妹に報告をした。猫を迎えること。2人はとても喜んでくれて、猫飼い先輩の妹はたくさん相談に乗ってくれると言って心強い。

「夢が叶うんだね」

その言葉を見て、涙が落ちた。

夢だった。私にとって、猫と暮らすことは人生の目標であり夢だった。これから叶えていく夢になった。動悸がおさまらなかった。続けて涙が出た。

名前を考えよう。

この上ない存在に違いない。

「天」

真っ先に浮かんだ。てんにしよう。その子の顔を見た時、ほぼ決まっていたのだけど。他にも案を……なんて保険を張ってみたものの、もうそれしか考えられなかった。

10日後のお迎えに向けて、わたしは死に物狂いでグッズを調べまくった。妹も協力してくれて、ゲージ、トイレ、爪とぎ、ブラシなど、必要なものをとにかく買った。

気に入ってくれるかな、と思いながら選ぶ時間は、形容し難い、愛しい時間だった。

ショップに預かって貰っている間、わたしはほぼ毎日、てんに会いに行った。もうお店の奥で過ごしてるてんを、毎回店員さんが連れてきてくれて、膝に乗せたり、遊びたがるので少しだけじゃらしたり、もう少しだね〜って話したりした。

てんに会いに通った10日間のこと、わたしはあの日々すら愛しかった。てんをここまで育ててくれたショップ店員さんの目も優しくて、より一層責任感が増した。

お留守番中に使うゲージは、なるべく背の高い、上下運動ができそうなものを選んだ。組み立ては1人でやったのだけど、これが大変な作業だった……!

途中組み立てを間違え3歩下がり……てんの為ならなんのその。完璧に組んでやろうじゃないの。

トイレや爪とぎを設置し、完成。明日はここにてんが来るんだ。そう思ったらまた昂りの吐き気がして、急いで自分を落ち着けた。深呼吸深呼吸。緊張はてんにも伝わってしまう。


やって来た、てんお迎えの日。

あろう事か、たくさん雪の降った次の日で、まだ冷たい風がびゅうびゅう吹いている日だった。

キャリーに湯たんぽを仕込み、いよいよ向かう。その車の中でも深呼吸をしまくる。

「こんにちは。お迎えに来ました」

店員さんは必要な事を一生懸命説明してくれて、1時間ちょっとでそれを終えた。

「スタッフの皆からは、てんてんって呼ばれてたんですよ」

(てんに向かって)「覚えてる?前こうしてた時、お前おれの耳噛んだんだぞ〜」

そんな風にしてる店員さんを見て、わたしは危うく涙が出るところだった。

ずっと世話してきた子の巣立ち、寂しいに決まってるよね。ここの人たちも、てんの親なんだよね。てんには、たくさん家族が居て、嬉しいね。

深々頭を下げ、またよろしくお願いしますと言い店を出た。空だったキャリーに、てんが入っている。

帰りの車内。隣にいる小さなてんが小さく鳴いた。てんの声を初めて聞いた。フロントガラスの景色が一気にぼやけた。事故をしてはいけないと、急いで拭う。それでも溢れて止まなかった。

尊い命と、愛情の狭間で、一生かけて大事にしていくことを天に誓った。

家に着いた時、てんは意外と落ち着いたように見えたが、見知らぬ場所、見知らぬ匂いに緊張と警戒をしていたに違いなかった。

暫くはそっとしておいて、最低限のお世話に留めた。可愛くて可愛くて、ぎゅーってしたいのをなんとかなんとか堪えた。

おっかなびっくりご飯を計り、整腸剤やらを混ぜ、ご飯をあげたり、トイレを片付けたり、てんの世話をするのが特別に感じるのだけど、それがいつしか、日常になっていくのだろう。

今はまだ、わたしもてんも、非日常な空気感で過ごしていて、そんな日々もとても尊いのだけど、いつしか心地よい家族の間柄になれたら、仲良くなれたらと思いながら、猫についての勉強をし続ける。

猫飼い一年生のわたし。精一杯君を幸せにするから、どうかよろしくね、てん。

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