見出し画像

現代草子#3〜秋は夕暮れ〜

人の体温にほど近い気候の頃を抜け、食や読み物、スポーツに芸術。様々な趣味趣向を楽しめる季節がやってきた。わたしは秋の大会が近くなってきたこともあって毎日夜遅くまで、部活動に励んでいた。
「あー!また失敗!」大会まで日がないわたしは焦燥感にかられていた。
その思いがいけなかったのだろう。汗もろくに拭わず練習に没頭するわたしは、一瞬の気の緩みで手を滑らしてしまった。天を仰ぐわたしに夕暮れの景色が見える。このままでは頭から地面に落下してしまう。そう思ったわたしは………
そう思ったわたしは立っていた。目の前には真っ白い光景だけがだだっ広くひろがっているだけだ。わけもわからずただ呆然としていると、突風が吹き荒び、先ほどまでわたしが見ていた風景と共にグラウンドが姿を見せる。いや………これはわたしの通っている高校ではない、どこか別の学校のようだ。本当にもうわけがわからないが、遠くに少女が見える。その少女が何かを発している。
「……ち」
「………ーち」
遠くにいるせいかハッキリ聞こえない。わたしは少女に近づく。
「いーち、にーい、さーん、よーん。よーんわ!」
「いーち、にーい、さーん。さんわ!」
「さんわとよんわ!」
「いーち、にーい。にーわ!」
「いーち、にーい、さーん。さんわ!」
「にーわとさんわ!」
なんののことだろうと思ったが、少女の目線の先に目をやる。そこにはちょうど夕日が差しかかった山の端、それもかなりちかくにカラスが飛んでいるのを見つける。ああ。そうか、少女は寝床に向かって飛び急ぐカラスを数えていたのか。そんな情景になんだかほっこりする。
カラスから再び少女に目を移すと、わたしはなぜかこの少女に見覚えがある。はて?どこかで会ったことがあるのだろうか?あったとすればそれはどこなのだろう?怪訝な顔で少女を見つめていると。次の瞬間、私は驚愕の事実を知る。その少女の額には火傷の跡があった。それも私とまったく同じ位置に。偶然にしては出来すぎている。おそらくこの少女は5・6歳頃のあたしなのだろう。額の傷を隠さずに、前髪をちょんまげのようにして束ねているのがその証だ。わたしがこの火傷の跡にコンプレックスを抱くようになったのは、小学3年生の時にクラスの男子にからかわれたのが、きっかけだったと記憶している。ならば、わたしの記憶の少女が目の前にいるこの光景は、走馬灯なのだろう。現実では決して起こるはずのないこの不可思議な光景が逆にわたしの思考を冷静にさせ、分析することができる。おそらくわたしは今、生死の淵を彷徨っているに違いない。
死後の世界はどーなっているのか?そんな世界は本当にあるのだろうか?あるとすれば、わたしも幽霊という存在になれるのだろうか?
…………死んだらみんなとも会えなくなるんだよね………
先生とも……。
その思考が脳裏をかすめた瞬間鋭い胸の痛みと共に涙があふれ出す。
「…嫌!先生ともう会えなくなるなんて、そんなの嫌!」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「…………嫌だよ……せんせぇ」
ハッとし、目を見開くとそこには見知らぬ天井が広がっている。生あたたかい感触が頬を伝い、耳に流れ込んでくる。その気持ち悪い感触が先程まで泣いていたことを思い出させる。周りを確認しようとするが、何かに縛られているのか、身体が動かない。なんとか目線だけで周りを見渡す。窓越しに雁が連なって飛んでいるのが、非常に小さく見えるだけ。ここは死後の世界なのだろうか?視界に入る人工物が現実感を彷彿とさせる。いや…実際死後の世界はこんなものかもしれない…。『死んだら先生と会えなくなる』その思考が再びわたしの視界をぼやけさせる
「清原!」
びっくりした。
突然わたしの名前が聞こえ、何かが覆い被さってくる。
「せ……先生?」
わたしの頬に水滴が伝わる。しかしこれはわたしのではない。先生の涙なのだと思う。
「先生、泣いてるの?」
「よかった。このままもう目を覚まさないかと思ったよ。」
「わたし………生きてる?」
「ああ。生きてるぞ!」
『生きてる』先生のその言葉がわたしのわたし自身の生を実感させる。
「生きてる…先生!わたし、生きてるよ!」
「ああ。清原お前は生きてるぞ!本当に………よかった…」
「ふ……ふぇーん」
まるで生まれたての赤子のように泣きじゃくる。
…………………どれくらい時間が経ったのだろうか日が落ち風が窓を叩く音と共に虫の音が聞こえる。自然が奏でるこのオーケストラも生きているから聞くことができる。

わたしは生きてる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?