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現代草子#2〜夏は夜〜

木々が翠色に色づく。五月蝿い蝉の鳴き声に負けじと祭囃子が聞こえる。やはり夏の醍醐味といえば夜の祭りだ。わたしの地元では『月の頃はさらなり祭り』という一風変わった名前の祭りが行われる。この町は漁業が盛んなため、大漁・海上安全を祈願した祭りだ。
毎日の漁が無事に行えているのも、月の影響による潮の満ち引きのおかげだということで、このような感謝祭が行われる。祭りの当日は当然『満月』なのは言うまでもない。満月を見て干渉に浸っているわたしの隣にいるのは当然先生……ではなく、仲の良いクラスメートだ。ここは言うまでもなく先生であってほしかった。だが、嘆き悲しむのはまだ早い。生徒達がハメを外しすぎないようにと監視役として先生もこのお祭りに来ているのだから。
プライベートを蔑ろにしてまでわたしたちを見守ってくれている先生はかなりの生徒思いだと思う。
それは一生徒であるわたしにとってもいい事なんだろう。だけど、それはあくまでも一生徒としてしか見られていないということだ。その厳しい現実が、わたしとしてはやはり寂しい…みんなの先生を独り占めしたいというのは乙女の悲しい性なのだろう。
「ハァー…」
とため息をつくわたしの肩が叩かれる。
「先生1人になったよ」
友達が先生の方に視線を促すと、そこには先程まで男子生徒達と談笑していた先生が1人たたずんでいる。
「行ってきなよ」
「うん。ありがと」
わたしの気持ちを知っている友達に背中をおされ、わたしは小走りで駆けていき、両の腕を広げこの日のために用意した浴衣をこれ見よがしに見せつける。
「先生!」
「おう、清原」
「かわいいじゃねーか。浴衣似合ってんぞ。」
先生の突然の言葉にわたしは赤面してうつむいてしまう。いや…まぁ、ほめて欲しかったのだからめちゃくちゃ嬉しいんだけど……こうもストレートに『かわいい』などと言われると面くらってしまう。
「ん?どうした?」
キラウェア火山が如く紅潮している顔など見せられるわけもなく、ただただうつむいているしかない。心臓の高鳴りが感じられる。わたしの体内で上昇気流が発生して、心臓が鼓膜まで昇ってきたのではないかと思うほどの大音量だ。天を仰ぎゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ちつかせてから、先生を睨みつける。
「だ……大丈夫か?」
「先生はもう少し空気を読むことを覚えてください!」
「空気?ああ、これのことだろ。ちゃんと用意してきたぞ」
先生の言うこれとは笹舟のことだ。海上安全と大漁祈願の願いが込められたこの祭りでは上流から笹舟を流し、それを下流で受けとる。と、いうものだが、先のわたしの空気読めはこのことではない。一方通行の恋路がまるで夫婦漫才のようにかみ合わない。
「もうっ!行きますよ先生」
そう言い放ち川辺へと歩き出す。雲が陰り辺りに暗がりが広がり、たくさんのホタルが飛び交う夏の情景を映えさせる。
「じゃあ一緒に流しますよ」
「ああ」
この笹舟流しにはもう一つ女子たちの間でウワサされているまじないがある。それは笹舟を好きな人と流すとその人と両想いになれるというものだ。だからわたしは少し強引にでも先生を誘う必要があったのだ。以前までのわたしなら、こんな都市伝説など鼻で笑いばかにしていただろう。だが、今のわたしは恋する乙女モード。一度書き換えられたプログラムは容易に変えられないのだ。勢いよく流れていく笹舟。そこに一匹、また一匹と蛍がわたし達の船に止まる。
「ありゃ、つがいだな」
「つがい?」
「平たくいえば夫婦ってことだな」
「夫婦かぁ。ふふふ」
「どーした?やけに嬉しそうじゃないか」
「別にー。あっ笹舟が下流に着いたみたいだよ。わたしたちもいきましょう」
ぞろぞろと下流の方へと歩き出す人達と一緒にわたし達も下流の方へと歩き出すのだが、突然の大雨がわたし達を襲う。予想だにしない大雨に驚き戸惑い、急ぎ屋根のある方へと走り出す人々。その中にわたし達も含まれる。
先生は突然の大雨に羽織っていたジャケットをわたしにかぶせ肩から柔く抱き寄せ、雨宿りできる場所までそのまま誘導してくれたのだ。そんな先生の大胆な行動にわたしの思考回路はショートしてしまったようで何も考えられない。ただ一つ言えるのは
「雨まじ最高」

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