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現代草子〜冬はつとめて〜完

ピピピピ………
時間というものはわたしたちの都合など一切考えず、振り子運動のようにただただ一定の周期で流れてゆく。温かな春が訪れたかと思えば、暑さに悶える夏が来る。暑さがやわらぎ過ごしやすい秋の季節に風情を感じたかと思えば、極寒の冬がすぐさまやってくる。時の流れは残酷だ。もう少し秋の情緒を楽しませてくれてもいいのに……。まぁ、つまりわたしは冬が苦手なのだ。
窓の外を見やると雪がちらつき霜が降り、街路樹を白銀色に染めている。ここらで雪が降るのは珍しいことではないが、毎年この季節になると子供たちがはしゃいでる。その様子がわたしを何とも言えない気持ちにさせる。
鳴り止まぬ目覚まし時計を解除するついでに時刻を確認する。時計の短針は7のところを指し示している。先生が迎えに来てくれるのは八時半頃なので、もう少しこの気持ちのいい空間を独占できる。ふとんを被りなおしベッドに横になる。わたしの筋肉細胞がクーデターを起こし抗っているのがわかる。しかし、そんな抗議はいつまでも続かない。わたしの主要である大脳皮質の命令には絶対に従ってもらわねばならない。
鶴の一声ならぬ海馬の一声といったところか…。
今日は学校は休みだ。なのになぜ先生が来るのか、それは先生の担当教科が歴史ということが関係している。
どーしてもデートしたい私は先日クラスメートにどーしたら先生とデートができるかを相談した。
するとクラスメートは、先生という立場上生徒とプライベートまでも一緒にいるとなると、PTAや保護者たちの間であらぬ噂が流れるかもしれないという。
じゃあどうすればいいのか?
私のこの問いにも平然と答える。じゃあ、いっそのことそれを利用し『社会見学をしたい』そういう名目にすればいいだけ。これなら教育熱心な理想の先生像を崩すことなくかつ、わたしの願望も叶えることができる。
早速先生に要望を出してみると、近くの神社で平安文化の体験ができるというので、先生がアポを取ってくれた。と、いうわけで今日は先生との社会見学もとい初デートなわけだ。布団の中で自然と笑みが溢れる。
「ピンポーン」
玄関のチャイムの音が聞こえる。こんな朝早くから誰だろう。
「なぎこー。先生がいらっしゃったわよー。」
「先生?」
…おかしい……いくらなんでも早すぎる
わたしはもう一度時刻を確認する。目覚まし時計の短針は変わらず7を指している……がよく見ると秒針が1mmも動いていない。正確には同じところを行ったり来たりしている。いつからこの目覚まし時計はメトロノームになったのだろうか?
「凪子ー!起きてるんでしょー!先生が来てるわよー!」
母の声でハッとする。今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。先生が来てくれたということは約束の時間になったということ。わたしは急いでケータイの画面で正しい現在時刻を確認する。

8:15

少し早く来てくれたみたいで予定の時間よりは少し早い。まずは先生に状況を説明する必要があるが……寝癖で髪の毛がボサボサのこの姿を見られたくはない。
「凪子!返事くらいしなさいよ。」ノックの一つもせずにお母さんが部屋に入って来る。
「おがあざんーどうしよー!?」
「あら……」
少し考えるそぶりを見せ、にっこりと笑い
「大丈夫。お母さんに任せなさい。」
この服はダメよ。体のラインが隠れるからウケは良くないわ。こっちにしなさい。
あーでもない、こーでもないと悩んだ末、支度が整ったが、もう9時を過ぎている。
「先生ごめんなさい。」
「おはよう。清原。」
時間に間に合わなかった、わたしを叱責するでもなく、さわやかな笑顔をこちらに向けてくる。
「お…おはようございます。」
「どーした?やけに他人行儀じゃないか」
「それにいつもは制服だからか、なんだか今日は大人っぽいな」
「え?あーかわいいっしょ」
「ああ。すごく似合ってて可愛いぞ」
ボッ
自分から言い出しておいて、赤面してしまう。
素直な物言いも時として罪である。
「そ……そんなことより急がないと!住職さん待ってくれてるんだよね?」
「ん?お母さんから、聞いてないか?住職に連絡したら、いつ来てもかまわないって言われたと。」
(あーそれであんな余裕だったのね……。)
「ま、それでも俺たちのことを待ってるのには変わらないわけだから、行きますか。」
「うん!」
外に出ると、雪は止んでいた。
雪など降っていなくても、しっかり冬の厳しさは身体が覚えている。そうしてわたし達は神社に着き平安時代の生活様相を一通り教えてもらった。
「さて……それでは、実際に十二単を着てみますかな」
「え?いいんですか?」
「もちろんですとも」
住職にそう促され、わたしは十二単を着てみることにした。
「どうだ?」
「重くはない……かな……でも動けない…」
「まぁそうでしょうな。では喪と唐衣を脱いで普段着に近い様相にしますかな。」
「あ、じゃあ。それでお願いします」
(モ?カラギヌ?)
正式名称を言われてもいまいちピンとこなかったが、二つ返事で了解の意図を示した。
住職からの提案で、薄着になることにした。と言っても現代日本からして見れば十分厚着のわけだが……。
「十二単というのは平安時代中期に完成した晴れ着、所謂正装のことです。その正しい名称は『唐衣裳(からぎぬも)』十二単が俗称であることは意外に知られてはおりませぬ。もともと十二単というのは、袿(うちぎ)と呼ばれる衣を重ねて着た姿のことをいっておったのです。それに裳(も)や唐衣(からぎぬ)を加えた服装を誤って十二単と呼んだことから今の時代にまで広まったわけです。つまり重ねる衣は十二枚ちょうどというわけではなく、それ以上でも、それ以下でも袿を重ねて、裳と唐衣を身につける。この姿が現代において「十二単」と呼ばれる姿になる。というわけなんですな」
さて、と住職は立ち上がると七輪のようなものを持ってきた。そこでわたしは十二単というのは十二枚よりももっと重ね着していたという事実を知る。
(ねぇ、先生。あれって七輪だよね?これから魚でも焼くのかな?)
(いや、これはだな……ゴホン)
「住職。これは『火桶』で良かったですよね。」
問われた住職はニッコリと笑い応える。
「ええそうですとも。若い世代には馴染みがないかもしれませんが、これは暖房器具の一種です。平安の世にエアコンなんて文明の利器は当然なく、このように寒い冬の朝であれば、この火桶に火などを急いでおこし、炭を持って各部屋を渡り歩くその姿はたいへんに似つかわしくあると、清少納言もそう書にしたためているわけですな」
わたしは恥ずかしさで、顔が赤らめる、
(あれ火桶って言うんだ……七輪だと思ってた。)  
「では、ささやかではありますが、料理をご用意させてもらいましたので、是非召し上がっていってくださいな」
用意してもらったご馳走に舌鼓をうつほどわたしは十分に堪能した。わたし達は今日、体験させてもらったことにしっかりと御礼を言い神社を後にする。
すると、先生の携帯から着信がなり、電話に出る先生。
わたしは、学校からかな?と思い特に気にも留めなかった。
電話を終えると、先生の口から意外な言葉が出てきた。
「清原。これからうちに来ないか?」
「え?」
「うちって先生の家?」
「ああ、ってか他にどこがあるんだよ」
「え?あーうん。そうですよね」
さっきの着信と関係あるの?先生の両親からで、これから紹介したいとか?突然の提案にありもしない思案を巡らせほど頭の中はしどろもどろになっている。
「何か用事があるなら、無理にとは言わないが?」
「いえ!大丈夫です!行きます。行きたいです!」
「お…おお。そうかなら行こうか」
そうしてわたしは先生の家へと行くことになった。
昔ながらの木造のアパート。新任の教師がいかに安月給なのかを物語っている。
「お邪魔しまー………」
「え?」
「初めましてこんにちは、あなたが清原さんね」
誰もいないと思っていた、リビングに座っていたのは黒髪ロングのキレイな人だった。
             
「紹介するよ、こちら婚約者の式部紫………(しきべゆゆかり)」
「っ……………!」
「おい!清原!?」
なんで……なんで……
辛い現実から逃げるようにひた走る。どこに行くわけでもなく、ただただ認めたくない一心で、わたしはひたすらに走る。どんなに逃げようともこの辛い現実は変わらないのに……。
「清原!」
「やだ離してください」
「すまん。清原」
「お前にだけは言っておこうと思って」
「そんなこと言われたって…わたしの気持ちはどうなるんですか?」
「お前の気持ち?」
「……もういいです」
先生の手を振り解き再び走り出す。家に着くと、母が玄関で待っていた。わたしはお母さんに抱きつくとそのまま泣き崩れてしまった。わたしの燃えたぎった恋心が白い灰がちになっていくのを感じる。

一晩中泣いていたわたしは泣き疲れて寝てしまったようだ。時刻を確認すると、正午をまわっていた。いつまでも燃え尽きて白い灰がちになった恋を引きずっているのはよくない。
わたしは先生の物語に躍り出るほどの役どころじゃなかったということ。この失恋はきっとわたしを成長させるだろう。そう思いわたしは遅い登校をする。

年月は流れ私は母校にやってきた。特に用事もなくふらっと立ち寄ったわけではない。私は教師として赴任するのだ。麗かな季節に蕾から芽吹くピンク色の花びらを散らす様が新任である私を歓迎してくれているように感じる。やはり私は春が好きだ。

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