本と音楽の日記。|ニッポンの思想、世界、文芸誌新年号。
●佐々木敦の『ニッポンの思想 増補新版』がちくま文庫になったので、増補部分を読んでみた。講談社現代新書版が発刊されたのは2009年で14年前!という、その光陰の速度感に、もう耐えられないわけだが、いわゆるテン年代は、國分功一郎と千葉雅也のディケイドであり、増補された最終章「二〇二〇年代の「ニッポンの思想」」でも当然ながら二人の解読に紙幅が費やされている。読むまでは、初版でも二人について語ってなかったっけ、と思っていたのだが、それは山口尚の『日本哲学の最前線』(講談社現代新書)の勘違いであり、意識の混濁に嘆く。佐々木敦の解読はどこまでも明晰であり國分の『暇と退屈』、『ドゥルーズ』、『中動態』、千葉の『動きすぎては』、『思弁的実在論』、『勉強』、『現代思想入門』、そして小説三部作といった重要著作の理路とビジョンについてコンパクトながらももうそれ以外はないという驚異の読みが提示されている。完成度の高いガイドはこのあと柄谷行人の『力と交換様式』、東浩紀の『観光客』、『訂正可能性』にまでおよぶ。なんというかすごい。これを読んでまず感じたのは、おれは彼らの重要なテキストを理解はしているかもしれないが自分の言葉にできるように(批評的には)理解できていない、再読・精読すべき、そんな折り返しの時期にきているんじゃないか、ということだ。乱読を旨とする娯楽や趣味の読書のクールはもうお終い。これからは読む本を増やさず絞る。いったん世界に有限の線を引くべきじゃないか……。
それできる?できるわけないですよね。逆説的だけど、そういうのは生活の時間に余裕ができてからはじめたらいい。時間がないと(本腰を入れないと)広げるより深めるほうがむずかしい。なに言ってるかわんないかもしれないけどそういうことだ。それに紀伊國屋新宿本店に行ってみな。「世界」はどんどん新しく拡がり続けてるんだよ。
●そう、『世界』は新しくなった。表紙デザインやindexページはまるでリニューアル盛んな文芸誌のようだ。コンテンツのたてつけとしては「文化欄の充実」、「新しい書き手」とあり、実際に今号でも、松村圭一郎、多和田葉子、小川公代、武田砂鉄、福嶋亮大とこれも文芸誌のような書き手が並ぶ。(『日没』の現代文庫化にちなんだ)桐野夏生のインタビューはまるで何かを予感していたようだ。もとより『世界』は、特集にもよるが比較的高い頻度で買い求めていたが、このリニューアルにより定期購読化するかもしれない。少なくとも、総合誌の側面も持ちはじめた文芸誌と同じ土俵での検討になる。
●そして文芸誌。もう文芸誌だ。あれから一カ月経った?もしくは発売が月二回になったとか?しかも24年1月号、気合の入る新年号である。『文學界』はリニューアル。長い間続いた表紙の作家イラストシリーズのあとは、これなんだろう、まるで創刊号、たぶん明治のようなレトロ感。デザイントレンドを完全に狙ってる。リニューアルについての辞が誌面では(発見でき)ないのでコンセプトがわからないけれど、もし特集主義編集が終わったのなら少し残念ではある。雑誌というメディアを買い続ける理由のひとつは特集で、この数年の文學界はかなり頑張ってもらえていた。端的にいって毎号楽しみにしていたし実際の購入率も高かった。その点では今号を買い求めた理由は消極的で、まず磯崎憲一郎の「日本蒙昧前史」。これは確実に単行本も手に入れることになるが、いまもっとも発表を待望していた小説ではある。前章での大阪万博のあとを受けオイルショックがスタートするようでこれも楽しみなのは明らかに同時代性ではある。あの頃は、と思うと同時に今も変わんないよねとも思う。蒙昧は洗練されながら(より先鋭化して)繰り返す。あとは東畑開人、金原ひとみ、筒井康隆か。
●『群像』も再リニューアルとあるがこれはデザインだけのようだ。気になったのはフィジカルな厚み。ファナティックな軽量鈍器ではなくなった。ただこれぐらいのほうが通読可能性に光がさす。さっそく阿部和重の「Wet Affairs Leaking」を読んでみたが、いつもの調子とはいえまさにいまここで起きているこの世界をどう描くのか、「濡れた工作」のタイトル通り凄惨な世界が描かれるのか、何年書いていても/読んでいてもいつも期待できる小説家だ。原武史の連載も、東浩紀のインタビューも、高山羽根子の野球エッセイも、特集「休むヒント」も楽しみで新年号らしい。
●そして『新潮』。新年号は創作特集が常だった(時代もあったような記憶がある)が、『新潮』はその王道をゆく。むかしほど主語は大きくなくなったが、でも書き手は充実していてこれぐらいのテンションのほうがいいかもしれない。中国の文芸誌やaudibleが初出となる平野啓一郎の「息吹」の試みも面白い。
●そんな感じで世界に有限の線を引くことはまだできそうにない。まだしたくもない。そのことを全面的に肯定してくれるような本もいくつか手に入れているがそれはまた次の機会に。