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白い彼女とわたしの仮暮らし


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白い彼女を家族にする事に決めた。その日から1つ大きな宿題ができた。

白い彼女の名前を決める事だ。
わたしが彼女の名付け親になる。それは嬉しくて誇らしくてでもちょっと怖い。

わたしは誰かに付ける名前を考えた事がなかった。彼女が一生背負う物だ。大切に考えないとと6日間考えた。それが長いのか短いのかはわからないけれど何をしててもひたすら彼女の事を思い20個くらいの候補の中から選んだ。考えた末に決まった名前は彼女にピッタリだと思った。

食べ物の名前とかそういうのじゃなくて、わたしたちと同じにしたかったので、平仮名3文字の名前を彼女にプレゼントする事に決めた。

彼女を迎えに行くまでの間に行った面会で、初めて彼女にその名を呼んでみた。彼女は喜ぶでも悲しむでもなくただ「それはなんだい?」といった不思議そうな顔をしてわたしを見つめていた。
そんな彼女がもう既に愛おしくて仕方なかった。

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彼女を迎えに行く日と新しい家への引っ越しの都合が合わず、わたしの実家で1週間彼女と過ごす事になった。

お迎えの日、彼女は故郷であるホームセンターをあとにした。ふと、彼女にとってどんな気持ちなんだろうと考えるけれどわたしにはわからない。

彼女の一生の家がわたしの元で良かったのだろうか。そんな不安が少しよぎるも彼女を見るとホームセンターにいた毎日と違う状況に「なんだいなんだい?」とわたしよりも不安そうにしていた。わたしは彼女を守らなければと心に固く誓った。

小さな段ボールのような箱に入れられた彼女の首にはピンクの花柄のバンダナが巻かれていた。小さな箱の中でわたしの膝に乗せられて車の振動で揺れる彼女は小さく丸まって落ち着きのない様子だった。


わたしの4畳半の部屋に親戚に譲ってもらった木製の彼女の部屋を用意した。そこにベッドと毛布を入れてあげた。

その部屋に放たれた彼女は様子を窺うようにぐるぐるとあたりを見回していた。

しばらくするとベッドの中に隠れてしまった。こわいよな、そうだよな、ごめんね。と思いながら彼女をそっと見守ることにした。

彼女にご飯をあげても食べない。いつも食べていたものと全く同じを物を用意したのに彼女は口にしない。不安で喉が通らないのだろうか。
やはりわたしは見守ることしかできない。彼女の気持ちもわからない。無力だ。


次の日、わたしは仕事で家には誰もいない。かわいそうだが早速彼女の一人でのお留守番が始まった。
わたしは仕事中落ち着かず、早く帰ってしまおうかと思ったが彼女を信じることにした。

帰って家の扉を開けたわたしは荷物を乱暴に置き、2階へ上がる階段を駆け上がって部屋の扉を開けた。

白い彼女は部屋の壁に手をかけ足踏みをして出してくれと言わんばかりに手を素早く動かしていた。それはわたしと彼女が初めて出会った時に彼女がしていた行動だった。

わたしは彼女のいる部屋を開け外に出してやり、わたしの部屋を徘徊する彼女を見守った。
時にはわたしのベッドに登りたそうにしたり、わたしの膝の上に乗ってきたり。
膝に乗ってくる彼女が可愛くて愛おしく見ていたら、何か違和感を感じた。見てみるとわたしの膝の上でおしっこをしていた。

「こらー」と言いながらも、彼女に何をされても、それでもたまらなく愛おしい。まだこの子は決められたところでトイレができない。それを教えてあげるのはわたしだ。

夕食の時間になってリビングに降りてご飯を食べても彼女が心配でたまらないわたしは早食い選手権かのように食べ、すぐに2階へ戻った。
いつもならご飯の後は横になってテレビを見ていたわたしの生活は一変した。夜寝るまでは彼女と共に過ごした。

しばらく日が経つと、ご飯もちゃんと食べるようになり、トイレだってできるようになった。
わたしは初めての事で戸惑うばかりで彼女にちゃんと教えることができたわけではないと思う。だから彼女は結構優秀なようだ。と、早速親バカにもなってしまった。

彼女との仮暮らしも今日で終わりという夜。
また、彼女は環境が変わって戸惑うだろう。ごめんね。と思いながらわたしは彼女の眠る姿に小さな声で言った。

「おやすみ、いい夢見てね」

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