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「太郎の|嫁女《よめじょ》」(「羽衣説話」の二次創作)

裏木戸 夕暮

「はて・・・」
 夜明け前の暗い浜辺に一人の男が立っていた。目の前には何やら謎の物体が転がっている。
 寂れた村である。海の端に日が昇りかけた頃、やっと他の村人が現れて男に駆け寄った。
「おい太郎、なんじゃいこれは?」
 波に打ち上げられたのか、転がっているのは大きな釜を上下に組み合わせたような不可思議な塊だった。一部には水晶か玻璃か透き通ったものが嵌め込まれており、表面に文様があり、何箇所か筋目が入っている。高さは人の背丈ほどもあるが、容れ物のようにも見える。
 後から来た男が慌てふためき
「こ、こりゃまぁ何と。太郎、お前、名主様にはもう知らせたか?」
「朝早いで、起こしたら悪かろうと・・」
「お、お前はまた呑気な。俺が知らせてくるで、お前ここに居れ。ええか、ちゃんと見張っとれよ」
「ウン」
 慌てた男は全くもう、といった顔で駆けていった。残された太郎という男はそのままの格好で突っ立って、ぼんやりと塊を眺めていた。

「名主さまぁ!来てくだされ。浜におかしげなものがありますんじゃ!」
 名主は男を寺へ走らせ和尚を呼びにやった。この田舎の漁村では事が起こると名主と和尚に知らせるのが常である。若い頃都で修行したという和尚は村人が知らぬこともよく知っていた。
 名主と和尚が駆けつけると、浜には既に人だかりが出来ていた。
「た、太郎。お前これどうしたんじゃ」
「漁に出ようと思ったら、落ちてた」
「お前はいつも暗い頃から舟を出すでのう。ずーっと一人で見ておったんか」
「ウン」
 太郎という青年は少しぼんやりした性格のようだ。
「和尚様、これは一体」
「ううむ・・」
 名主も和尚も首を捻っている。皆が警戒して一歩も二歩も退いているというのに、突っ立っていた太郎がいきなり手を伸ばして塊に触れた。止める暇も無い。
「これ、太郎!」
 その時。ひゅううと鏑矢のような音が鳴り、筋目から光が差して塊が割れた。
 中に女が横たわっているではないか。
「こ、これは・・」
 和尚が声を上げた。
「これはおそらく虚舟(うつろぶね)というものじゃ。海に災いある時に、神に捧げる女を丸木の舟に乗せて流す風習を聞いたことがある」
 また手を合わせ
「見たことがない着物じゃが何処の娘か、哀れなこと。この村に流れ着いたのも何かの縁。丁重に弔って」
「和尚さまぁ。生きとります」
「な、何?」
 太郎が指差す。女の目が開いた。
 それから村人はまたてんやわんや。
 神への捧げものが生き残った場合はどうしたら良いのか、また塊に詰めて海へ流すべきか、いやそれでは殺すようなものじゃ祟りがあろう、と議論は紛糾。出た結論は
「太郎。お主が見つけたのも何かの縁じゃ。引き取って世話をし、嫁に迎えるがよい」
となった。
 要するに太郎は厄介事を押し付けられたのである。

 押し付けた引け目からか、名主は女の着物や布団、滋養のある食べ物を送り届けてくれた。
 女が口を利かないので名前も分からない。和尚が訪ねてきて
「人柱に成り損ねたのを恥じておるのじゃろう。わしが名付けて進ぜよう。新たに多津と名乗られよ」
とのこと。
「何だかよう分からんことになったが、お前様は疲れておろうで、とにかくゆっくりするとええよ」
 太郎は呑気を通り越して少し鈍いが、気のいい若者だった。
 心を込めて介抱した。女は立つことも出来ず、物を食べるにも口まで運んでやらねばならなかった。一方で貰った食糧がいつまでも続く筈もなく、太郎はせっせと漁に出かけた。要領が悪い太郎は人よりも収獲は少なかったが、得た魚を殆ど女に与えて自分は残り物ばかり食べていた。
「お前様は病人じゃもの。たんと食えや」
 
 村の連中は、女が何かの祟りになりはせぬかと暫くは様子を見ていたがそんな事もなく、次には珍しがって何人かは訪ねて来たりもしたが、女が何も話さぬのですぐに飽きた。
 太郎だけが変わらぬ態度で女の世話を続けた。
 やがて養生が出来たのか、ひと月ほどで女は床上げとなり、見よう見まねで家の手伝いを始めた。
「無理せんで休んでおればええのに」
 ふた月もすれば家の外へ出て太郎と一緒に浜を歩いたり、村へも出かけるようになった。
 太郎の連れる女を見て村の連中は噂をした。
「真っ白だねぇ。あれは、野良で働いていたような女じゃないね」
「どっかの巫女さんじゃなかろうか」
 若い男の中には
「ちょっと綺麗な女でねぇか。俺が拾っときゃあよかったな」等と不届きな者も居た。

 落ち着いた頃に名主が訪ねて来て、生国や縁者に知らせなくて良いかと聞いたが、女は首を横に振った。
 女は山の生まれなのか、始めは獲れたての魚を不思議そうに見ていたが、太郎が捌き方を教えるとすぐに覚え、さらには新しい干し魚の作り方なども考案してみせた。
「ふええ、お前様は賢い女じゃのう」
 太郎は喜んで干し魚を村の皆んなに分け与えた。女は手真似で、それを村の外で売れば良いと教えた。
「ウン、そうする」
 太郎は干し魚を背負い込んで売りに出た。味の良い干し魚は町で高く売れた。
 しかし太郎は手ぶらで帰って来た。
「帰り道でな。ちょっと休もうと木陰で寝とったら、銭を盗られてしもうた」
 女は呆れたが
「まぁ、人から盗む位困っておったのだろうから」
と太郎は気にしない。
「それより土産じゃ」
 懐から櫛を取り出して女に与えた。
「へへ。俺は間抜けじゃが、大事なものは忘れん。干し魚はまた売りに行くでの」

 やがて二人の間に子どもが生まれた。女の赤ん坊は珠と名付けられた。
 その頃から村では豊漁が続き作物もよく実った。村の連中は女が村に居着いた御利益じゃと、手のひらを返して喜んだ。
 名主は女が乗っていた虚舟を蔵に収めていたが、それを祀る社を作ろうと言い始めた。
「豊漁豊作の御神体じゃ」
 信心が半分、半分は参詣に来る人で儲けようという腹積りである。
 名主は太郎夫婦の家へ断りを入れに来た。
「どうかの、多津」
 太郎が女の顔を見る。
「別に構わぬと嫁女も言うております」
 女は相変わらず喋らないが、太郎は顔色で意思が分かるようだ。名主は虚舟を奉納する時には是非来てくれと言い帰って行った。

 その夜のこと。
 真夜中、太郎が用足しに起きると外に多津が居た。珠を抱いている。
(はて。夜泣きでもしたかの)
 しかし、多津は珠を見ずに夜空を見上げている。
「多津」
 振り向いたのはいつもの静かな顔だ。
 太郎はその顔をじっと見た。
「どうした?なんか悲しそうだな」
 首を横に振る。
「気のせいか。何せ俺は鈍いからのう。まぁ、中へ入れや。体冷やすぞ」
 太郎は多津の肩を暖かく抱き寄せた。

 社の普請が進み、名主や和尚が奉納の日を選んでいた頃。それは突然のことだった。
「お前さま」
「ん?」
「お前さま。名主様を呼んでくだされ」
 太郎は二度三度と周りを見回した。
「た、多津?今喋ったのは、お前かぁ?」
 太郎はそりゃあもう腰を抜かさんばかりに驚き喜んで、転がるように走り、名主の腕を引っ掴んで連れて来た。
 見物人まで集まる中、多津が粛々と述べるには
「虚舟奉納の儀、誠に有り難く存じます。村へ流れ着いて以来、太郎殿はじめ村の方々のご親切は身に沁みまして嬉しゅうございました。つきましては皆様へ御礼をしたいのです」
 清水の流れの如く美しい声である。
「私が神酒と膳部を用意いたしますので、村中余す所なく振る舞いたいと思います。皆様を社にお招きし、家を出られぬ方にはお届けいたします。名主様それでよろしゅうございますか」
 名主もその威に打たれ
「はは、それは誠に有り難く・・」と頭を下げる。
「日取りも私が決めさせていただきます。よろしいですか和尚様」
 和尚も同様である。
 奉納は次の満月の夜と決まった。

 奉納までの間は太郎と多津、珠にとってまことに幸せな日々であった。
 村に豊漁豊作をもたらした有難い嫁女が振る舞いをするというので、太郎の一家は何処へ行っても歓迎された。
「多津さん、支度が大変だろう?手を貸すよ」
と村の女房たちが名乗りを挙げたが、
「有難いですが、私が念を籠めて特別なものを作りますので」
と断った。共に暮らす太郎も分からぬうちに支度は整い、奉納が近づいていった。

 奉納前夜。
 太郎は深く眠り込んでいる。
 多津は珠を抱いて囲炉裏の側に居た。
「珠。いよいよ明日となりました」
「母上様は行かれるのですね」
 驚いたことに、生まれてふた月も経たぬ赤ん坊が口を利く。
「ええ。一人で行きます」
「私は大丈夫です。普通の赤子の振りをして父上様を見守ります」
「頼みます。神酒と膳部に薬を混ぜました。太郎殿も村人も私のことは忘れてしまうでしょう」
「成功を祈ります」
「ただ、記憶を無くした太郎殿がお前を育てて下さるかが心配ですが」
 赤ん坊が賢し気な瞳でじっと見た。
「母上様は随分と変わられましたね」
 小さな首を傾げる。
「村に来る前の話を胎内で聞かされましたが、昔の母上様と違います」
「変わるつもりはありませんでした。私は・・・」
 少し黙った。
「自分でも何故変わったのか分かりません。体さえ回復すれば一人でも任務を果たす事は出来た。少し観察しようと思っただけでした。ただ・・」
「ただ?」
「思ったのです。この星の文明は遅れている。だが、我々が進化の途中で見失った何かがあるのではないかと」
「何かとは」
「分かりません」
 赤子を見る。
「珠。あなたを産む選択が正しかったのかも分からない。でも、御礼を言います。太郎殿と一緒になりあなたを産んで、私は幸せでした」
「幸せとは何ですか」
「分かりません」
「その目から出る水は何ですか」
「分かりません。もう休みましょう・・・」

 虚舟奉納の日。振る舞いを受けた村人達は全員意識を失った。その中で一つの生命体が虚舟に乗り込み空高く飛び立つ。大地も海も遥か下に打ち捨てて星の極に位置すると、舟は激しい光を放った。
 星の近くまで迫っていた夥しい数の飛行体は、光に吸い込まれ蒸発していった。

 意識を取り戻した村人達は不思議なものを見る。
「あ、痛、いたた・・頭が痛い」
「なんじゃ?もう夜ではないか」
「何をしておったのだろう・・」
「空を見よ!」

 夜空に広がる光の帯。

「和尚様、これは」
「おお・・・これは赤気(せっき)というものじゃ。凶事の前触れと聞く。何も起こらねば良いが」
 和尚も村人も一斉に手を合わせて拝み始める。
「綺麗なものですなぁ」
 一人、太郎だけがのんびりと夜空を見上げる。
「天女様の羽衣のようですなぁ」
「馬鹿、太郎!お前も拝まぬか」
 名主が太郎の頭を小突く。そこへ泣き声が響いた。新しく建った社の中で赤ん坊が泣いている。
「可愛いのう」と太郎が抱き上げる。
 捨て子じゃ、どうしようと言い合った末に名主がひと言。
「太郎、何かの縁じゃ。お前が育てよ」
 太郎はまたも厄介事を押し付けられた。おまけに和尚は
「わしが名付けて進ぜる。女か。多津がよかろう」
 あまり多くの名前を知らぬようだった。 

 赤ん坊はすくすく育った。見目麗しく賢く、間の抜けた父親をよく扶ける評判の孝行娘となった。赤ん坊が大きくなる分、相応に太郎は老いていった。

「父上ー!父上ー!」
 徘徊することの多くなった太郎を娘の多津が探しに出る。
「多津ちゃん、おとっつぁんなら浜辺へ行ったよ」
「また?有難う」
 白い脹脛を閃かせて浜辺へ走る。
「父上、こちらでしたか。夕餉が出来ましたよ」
「お?朝飯か」
「夕餉です。ほら行きましょう」
「ウン」
 娘の多津が太郎の手を引く。
「全く。父上は浜がお好きですねぇ」
「ウン」
「何故です?」
 太郎は照れ臭そうに笑った。
「丁度この辺で会うたでのう」
 多津の足が止まる。
「まるで観音様のように寝てござって、なんとまぁ美しい顔よと思うて」
「・・・父上?」
「それが嫁女になるなど、勿体無いやら嬉しいやらで」
「・・・」
「可愛い娘にも恵まれて、幸せで」
 娘が急に顔を押さえた。
「ど、どうしたどうした、何があった」
「父上、これは何ですか。目から」
 太郎はまた笑った。
「何って、涙じゃ」
「何故・・何故、母上を覚えておいでなのです」
「ウン、わしはなぁ。とんと間抜けでボケじゃがのう。大事なことは忘れぬのよ。なぁ珠」

                           (了)

        

 
 
 


 

 
 
 


  

 

 
 
 
 


  

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