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コトバアソビ集「有耶無耶ヤムヤム」

(*マガジン「コトバアソビ集」収録)


「「「ウマッ!!!」」」
 馬ではない。美味い。
 俺の手料理を食べた友人たちが叫んだ。
「何これ美味い!」
「お前こんなに料理上手かったっけ?」
「噛めば噛む程旨味が出てくる。柔らかい・・何の肉?田舎のお土産だから鹿とか猪とか?」
「すげーいい匂い。味付けは?」
 質問攻めだが、訊かれても困る。
「さぁ・・・何しろ記憶が有耶無耶うやむやなんだよ」
「はぁ?」
 俺は友人たちに説明を始めた。

「春休みにさ、運転免許取るんで実家の方に帰ったじゃん。その勢いでじいちゃんち行ったのよ。一人で」
「確か、すんげー田舎なんだろ」
「そう。山奥の一軒家に一人で住んでる。山菜を採ったり猟に出たりのワイルドライフ。で、久しぶりに訪ねたから喜んでくれてさぁ。夜は酒飲んだのよ。じいちゃんすげぇ強いんだわ。でも調子乗りすぎて二人ともベロンベロンになって、どうやらその勢いで夜中に山に入ったみたいなんだ」
「危ねーなぁ」
「そっからの記憶が殆ど無い。もやっと覚えてんのは、二人で何かを収獲してめっちゃテンション上がって、そのノリで家に帰って何かを料理したんじゃないかって・・・それがコレ」
「おいおいおいおい・・・」
 友人たちが引く。
「お前、そんな訳のわからないもの食わせたの?」
「いやー、でもメチャクチャ美味いだろ?俺もじいちゃんも食べて大丈夫なんだから大丈夫でしょ」
「人体実験済みか」
 友人たちは残り少なくなった皿を見る。
「本当に何だろうなぁ。噛む程に柔らかくなって、最後はとろけるような舌触り。味は牛肉の旨味と松茸の香りとフォアグラの濃厚さを混ぜたような」
 中の一人がそう評した。
 そしてついに空になった皿を、全員名残惜しそうに見ている。
「こんな悲しい思いをするなら食うんじゃなかった・・・」
「そんな、失恋するなら恋をするんじゃなかったみたいに」
「あ〜、食べたい〜。もっと食べたぁ〜い〜」
 友人たちは巣の中の燕の子のように口を開いてピーピー喚く。

(しまったな・・)
 実は、この料理のことは口止めされていたのだ。
 酔っ払って行ったのはじいちゃんの秘密の場所だったらしく、例え遺言でも人に教えるつもりはなかったとのこと。
「頼むから他言せんでくれ!」
 じいちゃんは床に額を擦り付けて懇願したというのに、俺はこっそり持ち帰り他人に食べさせてしまった。
「なぁ〜、又取りに行ってくれよ〜」
 友人たちはアブナイおクスリにハマったような目つきで俺に縋り付く。
「いや、場所もよく分からないし・・・」
「匂いだけでも持ち帰ってくれ〜〜」
 色良い返事をしないと許してくれそうにない。
 俺は仕方なく、明日にでも聞いてみるよと言ってその場を収めた。

 次の休日。
 連絡が取れないまま、俺は祖父の家に向かった。
 昔から祖父の家では頻繁に家電が壊れる。今度は電話が壊れたのだろう。
 携帯電話の電波が届かない所だから不自由しているに違いない。
 俺は手土産に新しい電話機を買って持っていくことにした。

 しかし祖父の家に着いた俺が見たものは・・・
 家中に飛び散る夥しい血痕。
「じいちゃん!?じいちゃーん!!」
 祖父の姿はない。
「け、警察・・・くそ、連絡手段が無い!」
 俺はパニックになるのを必死に抑えつつ外へ出た。地面に血痕が滴り山の方へと続いている。まさか野生動物に襲われて・・・そんな恐ろしい状況が目に浮かぶ。
 俺は恐怖に耐えながら家の裏に回ると草刈用の鎌を持ち、血痕を辿った。
 山を降りないと人家は無い。俺が行くしかないじゃないか。

 小一時間も歩くと焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
 木が焼けて倒れている。時間が経っているようで、火種は残っていない。
「えっ・・・?」
 待て。ちょっと待て。
 焼けた木々は銀色の物体を中心に放射状に倒れている。
「ゆ、UFO?」
 物体の中から祖父が顔を出し、こちらに気づいた。
「あっ、やっぱり来たか」
 よっこらしょと全身を出した祖父は右手に斧、左手には・・・
「うわぁぁぁぁ!じいちゃん左手に何持ってんのぉーーー!?」
「▲□→!!🌸○!●◉!!!?」
 謎の生物が聞き取れない怪音を発しながらウネウネしてるーーー!
「おお、鎌持っとるのか。ちょっとこやつの脳天にぶち込んでくれ」
「ええええーー?」
「出来んなら貸せ」
 じいちゃんは俺から鎌を奪うと謎の生物の脳天に突き刺し、飛び散った鮮血を舐めた。
 待って。これじいちゃん?小さい頃から優しかったじいちゃん?
 じいちゃんは平然と
「朝採りを一匹全部食べちまってのぉ。お代わりを獲りに来たんじゃ。休みじゃから、お前がまた来るかもと思うて」
 俺は呆然と足元で息絶えた生物を見下ろす。
 斧が刺さったあそこが脳天か・・・触手が三本・・いや、手か足か分からんが。胴体と思しき部分は半透明で内臓が透けて見える・・・
「あの、じいちゃん・・・もしかしてこないだ食ったのって」
「これじゃ。まぁ戻りながら話そうか」
 どさっとじいちゃんが獲物を肩に担ぐと、謎肉がぶるんと揺れた。

 じいちゃん曰く。
 俺の記憶は飛んでいるのだが、あの飲み会をした夜にじいちゃんの山にUFOが墜落。斧を持って駆けつけたじいちゃんは
「待って。何でいきなり斧持ってくの?」
「まぁ聞け。何しろこの山にUFOが墜ちるのは初めてではないんじゃ」
「はぁ?」
「昔墜ちた奴からはエビみたいなエイリアンが獲れてのぉ。あれも美味かった」
「何でいきなり食うかな・・」
「山の恵みは有り難くいただくことにしとるんじゃ」
「恵みかなぁ・・・」
 この楽しみがあるからじいちゃんは不便な山を離れないのだと言う。
 じいちゃん家で頻繁に家電が壊れるのと、UFOが墜落するのは関連があるんじゃないだろうか。
 家に戻ったじいちゃんはテキパキとエイリアンを捌き、串に刺して囲炉裏で焼いてくれる。塩かタレか、ってじゃあ塩で。
 俺はもう隠す気力も失せて正直に、先日持ち帰った肉を友人に食べさせてしまったと白状した。じいちゃんは渋い顔をしたが
「済んだことは仕方ない。ただ、あれはもう無かったと言うておいてくれ。わしの取り分が減るでの」
 じいちゃんはずるんとエイリアンの内臓を啜る。
 それを見ながら俺は・・・

 他の星の知的生命体を食べるのってどんな罪なんだろうな。これもカニバリズムっつうのか?いや人間同士じゃないしな。大体知的って何だ。その知能指数の境界線って何処だ。めちゃくちゃ賢かったら例えば松坂牛でも食べちゃダメなのか。賢いって何だろう。意思疎通が出来ない相手も実は賢いかも知れないじゃないか。例えば昆虫とか。そういや、昆虫はエイリアンって説もあったな。今や昆虫がスナック菓子になる時代だが。待て待て、もしかしたら動物に限らず植物にも意思があるかも知れない。
 食べるという行為には色々な要因が絡む。身体と生命の維持を目的としながら、宗教によって食べてはいけないものがあったり。
 何を食べていいのか悪いのか、正しい判断は何処にあるのだろう・・・

「何を考え込んでおる、ホレ、焦げないうちにお食べ」
「あ、うん・・・」
 じいちゃんはニコニコと笑いながら俺に串を差し出す。
 いい匂いだなぁ。ガブリ。
「美味いか?」
「うん・・・」

 まぁ、俺が決めることでもないか。
 結論は有耶無耶うやむやにしておこう。

                            (了)



 

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