当たり前の圧力と恐怖。大人だって毎日精一杯。
誰か身内が亡くなったら正当に会社休めるのかなあ、
朝からそんなことまで考えてしまう末期な月曜日。
実際にそうなったら、心理的にも時間的にも
今とは比にならないくらい苦しいのは想像だけで解るのに。
日頃から業務成績も勤務姿勢も、
管理職を推薦されるくらいまでにはしっかり務めている。
そこには、いざという時、
信頼の下落をすることなくサボれるように、
という考えも常にある。
けれど、たとえば仮病だと、
もれなく病院に行かなければならなくなるから
実際サボるのは簡単じゃないし、
そういうときの嘘はあまり上手くない。
そして結局休まず、ギリギリに出社する。
結局普通に出社するから、
もしも身内が死ねば、などとまで考えてしまうほどの
わたしのしんどい気持ちは、
まるで初めから、なにも
なかったかのように扱われている気がして
それがたまらなく苦痛で、
遅刻も休みもせずに、毎日ちゃんと
出社して働いているだけで
褒めてほしいくらい いっぱいいっぱいで
当たり前にできてるなんて思わないでほしいくらいで
だけど、それが当たり前だと
ど正論で攻撃されるような世界だから、
そんな気持ちは言うだけ野暮だと
諦めさせられる。
それを吐き出す余裕もないまま今日という日が終わり、
また明日が始まる。
そんな日々の繰り返し。
⚫︎おまけ⚫︎
「明日(今日の分)から頑張りますorz」
昨日そう言ったから、
有言実行のHabit trackerパーフェクトです。
習慣化に何より必要なことは「意地」だと思った。
なにがなんでもやってやるっていう強い思い。
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