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全てを捨てた魚、タウナギ

この魚は,病める龍なのである.

荒俣宏|世界大博物図鑑 2魚類|平凡社出版|1989


エラもウロコもヒレも無い魚、タウナギ。
学名:Monopterus albus (Zuiew, 1793) ※

私が最も愛する魚類なのだが、
noteのワード検索で食レポしか引っかからなかった為、
憤慨した勢いで熱冷めやらぬままに書きしたためます。



イカレた魚を紹介するぜ

往来で100人に「タウナギご存知ですか?」
とインタビューすれば100人に「は?」
と返される、そんな知名度の魚。
それがタウナギだ。

見出しでも前述した身体特徴として
・ヒレがほぼ退化しており体は寸胴
・エラ周りがほぼ退化しており小さな穴が空いているだけ
・ウロコがほぼ退化しており皮膚に埋没している

と言った点が挙げられる。

ふむ…
特、徴…???

鰭と鰓蓋と鱗が全く見えない

進化の過程で身体部位を取捨選択する生物は多々いるが、
そんな魚を魚たらしめるアキレス腱みたいな部位を
断捨離していいのかお前は。

そしてなんと彼らは空気呼吸が出来るので、
雨とか降ると陸へお散歩を始める。
寧ろ息継ぎが出来ないと死ぬ。

ほう…
魚か???

ほなそれはもうヘビかなんか別の仲間ちゃうか、
と言いたい所だが分類上はしっかり魚である。

こういった空気呼吸の魚は海外に多々いるのだが、
なんとこのタウナギは日本で出会えるのだ。


異邦人であり同郷人

タウナギの主な国内分布は西日本と琉球列島。
大雑把に言うと本土のタウナギは朝鮮半島などから来た外来種。
そして最近判明したが沖縄のタウナギは在来種である。

参考:国立環境研究所 侵入生物DB
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/50280.html

では本土に巣食う彼らは何故日本に来たのか。
これには奈良、そして天理教というワードが欠かせない。
ただでさえ胡乱な魚の話をしているのに、
言うに事欠いて宗教の話まで!?
と辟易される方もいらっしゃるかもしれないが、どうか待ってほしい。
実はこの天理教こそが、一部のタウナギを日本へ導いた元来らしいのだ。

天理教とタウナギ、信仰と怪魚

さて、知らない人の為に天理教についても
超ざっくり説明しておこう。

天理教とは江戸時代の末期、
みんな仲良く陽気に暮らしたら超ハッピー
という理念によって爆誕した時代背景にそぐわぬ
やけに陽キャな一神教である。
そしてこの天理教における創世神話『元始まりのお話』は
何故か全体的にこう…ニョロニョロヌメヌメしているのだ。
それはもうタウナギの様に。

話はすげー昔のすげー神【親神】が根源の泥より現れるところから始まる。

この世の元はじまりは、泥(どろ)の海。そのたいら一面、泥海の世界に、月様と日様がおいでになるばかりで、あった。

元はじまりの話 (芹沢光治良版)

ある時、月様と日様は、泥海のなかに、大竜、大蛇のお姿をして、現われになった。

 元はじまりの話(芹沢光治良版)

どうしたことだろうか。初手からニョロニョロが泥でうねっている。

そしてこの後、ヘビが出てきたり
ドジョウを素材にして人間を作ったり
シャチが出たりカメが出たりウナギが出たり
カレイが出たりフグが出たり黒蛇が出たりする。

いや凄い。
これほど創世神話に魚や爬虫類が列挙される事も中々無いだろう。
このニョロヌメっぷりは『泥の中でも不変の本質的な美しさ』という
泥濘に住まう生命への信仰の様な物なのだろうか。

勿論今回は一宗教のヌメヌメした所だけを切り取ったので、
恐らく現代においてはニョロもヌメも一切ないだろう。
そっち方面で興味を持った方は各々調べて欲しい。

そしてそんな天理教が発足されて随分と経ったころ、
時は明治末年。
当時の天理教会長をされていた さるお方は、
例のアイツと邂逅してしまう。
下記はその当時を語る貴重な伝聞である。

布教伝道の帰途、明治末年に、朝鮮半島から十数匹のタウナギを持ち帰られ、自宅庭園内の池に飼育されていた。

日本の淡水生物|侵略と撹乱の生態学|東海大学出版会|1980

よりにもよって敬虔な信徒が
なぜ出先でそんな得体の知れん魚を持ち帰ってしまったんだ。
と思うだろうが、ここで先程の神話が効いてくる。
泥中のヘビとなった神がドジョウを種に人を創り、
ウナギだのなんだのと続く神話である。
言わんや教会長ともなれば、元はじまりのお話は
勿論耳タコレベルで頭に入っている筈だ。

海を隔てた外来の地に住まう、
神話の物語に連なる奇天烈な魚を、
さるお方は如何なる理由で連れ帰ったのか。
残念ながら私の情報網では詳細まで見付けられ無かった。
しかしその心中に他の一般人とは全く異なるバイアスの
興味が含まれていた事は確かだろう。

そりゃ何かキモくてウケたからお土産にした可能性だってあるけども。

信仰と海を渡った怪魚


日本列島侵略珍道中


かくしてタウナギはまんまと日本の大地を踏み締めた
(水生生物だがこの表現は誤りではない)。

当時池に放たれた十数匹のタウナギは、
全て池から逃げおおせたらしい。
相手は空気呼吸を備え、雨天決行で道路を横断する魚である。
そこはどうとでもなったろう。
その後のタウナギは、大陸からの外来種として
圧倒的生存能力でもって在来生物を蹂躙していく!!
というわけでもなく、その生息域は、なんかこう、
ネッチョリと範囲拡大して行った。

彼らの拡散経路は複数あり、
一つは単純に行き着いた水系を辿っていくルート。

水田や用水路を経由して田舎の水辺を爆走した彼らは
およそ魚とは思えないルート取りで範囲を拡大した。
道中に立ちはだかる険しい峠もゴリ押しで突破したらしい。
全然意味が分からない。

ただ、ぶっちゃけタウナギは泳ぎのセンスが死んでいるので
川幅が広い場所や急流域には全く太刀打ちできない。
あらゆる方面で無茶が利く魚だが、流石に自力の移動は
棚田や用水路を経由することしか出来なかったようだ。

ただもう一つ。風呂敷に包まれたタウナギが
手渡しで市町村を渡っていったというルートがあったらしい。
まさかの人力
何とも珍妙な話だが、当時稲作でヒルに悩まされた女性達に
ヒルを食うタウナギが土産物としてウケたと言うのだ。

信じて隣村に送り出した嫁が奇怪な魚を風呂敷に詰めてくる。
出迎えた家族の怪訝な顔が目に浮かぶようだ。
しかし、実際問題として当時の無農薬な田園では
おびただしいヒルが足に群がっていただろう。
これが胡乱な魚を逃がすだけで解決するのなら
確かにお土産として喜ばれたのも無理はない。

ただしこう言った好意的なクチコミは
ある時期を境にエグめの罵声へ変わった。

実は彼ら、習性の都合で泥中に穴を掘るので、
日課のように畔へ穴を開けて田んぼを勝手に排水する
超ド級の害魚だったのだ。
最早ブラックバスとかそういうレベルじゃない、
生活基盤の根本をぶち壊す大災害である。

ゆえに筆者の地元では、普段穏やかな近所の老夫婦が
タウナギを見るや否や、修羅の如き形相
農具を振り下ろしまくっていた。

そしてその怪しげな魅力に取り憑かれ、
連れて帰ったタウナギが───という事もままあっただろう。
現に好事家による外来種の拡散は近年の最たる悩みだ。

そんなわけで彼らは、
ねちょねちょ這いまわって県境をまたぎ、
土産物代わりに田畑を渡り、
好事家の手によって街々を巡る、
愛憎入り交じった混沌の旅人とあいなったのである。

激動の経歴に反比例したやる気のない顔

因みに国内の最も古い確認例は1870年、イギリスの専門書による物らしく、その後もチラホラとまばらに目撃例が上がる。  
  (荒俣宏|世界大博物図鑑 2魚類|平凡社出版|1989)

貿易盛んな港で度々輸入されていたこの珍奇な魚は、コンクリートジャングルに飲まれた東京砂漠でも今尚局所的に生息している。
お関東圏お住まいのどうしてもタウナギが見たいどうしようもないドスケベはお近くの川か、アメ横を周回してみよう。
 

海の果て、南国の島にて待つ


さて時を超えて平成、
ネッチョリ停滞したタウナギ界隈に一報が届く。
なんと沖縄に生息するタウナギが
朝鮮半島からの移入種とは全く別の在来種だという発表。

https://www.researchgate.net/publication/226719766_Cryptic_diversification_of_the_swamp_eel_Monopterus_albus_in_East_and_Southeast_Asia_with_special_reference_to_the_Ryukyuan_populations

この衝撃の一報は界隈を震撼させるに十分であった。
まぁ震撼した界隈がすこぶる小さいので、
先端がプルプルしただけだったりする。

そもそも【田鰻-タウナギ】-という和名は
・トーンナジャー
・タウナジャウ
(田中茂穂|日本産魚類圖說|代二十七巻1917)
・タウナジョ、トウナジョウ
(荒俣宏|世界大博物図鑑 2魚類|平凡社出版|1989)
と言った沖縄における方言名が由来とされる。

そしてその沖縄に生息するタウナギは
およそ数百万年前にはとうに分岐した、
完全に独立している種であると言うのだ。

外来種と一蹴された魚が
現代科学と変態の叡智によって照らし上げられ、
その名の故郷である琉球の島にて
再び固有種として図鑑に返り咲く。
なんともドラマチックな話である。

しかし此処で問題があった。
輝かしい新発見の先には、小さな島で細々と暮らす彼らの、
先細りな現状が明らかとなったのだ。

そりゃ誰がこんな南の島で
得体の知れない魚に目を配っていようか。

かくして新発見となった沖縄タウナギ君は
お披露目からあっという間に絶滅危惧ⅠA類という
マジヤバレッドゾーンにランク付けされてしまった。

近年のバラエティ番組は
絶滅危惧種と在来種をけたたましく持て囃し、
外来種と言う存在を蛇蝎の如くバッシングする
悪癖があるのであんまりこんな事を言うもんではないが、
有り体に言ってすんげーレアになっちまったのだ。

このよく分からん魚を有難がる時代が来ちまったのだ。

仰向けで爆睡する。この世をナメている。


粘液まみれのまとめ


ここまでタウナギを罵ったり褒めそやしたりして来たが、
やはりここまで奇妙で魅力的な魚もそう居ないと改めて感じる。
今回は紹介し切れなかったが、彼らは生まれた時は全員メスで
老けると突如オッサンになる謎のシステムを導入していたり、
海外のタウナギは何故か海だの地下水だのに引き篭ってたり、
とにかくまだまだ面白い要素しかない。

あと今回の動機はタウナギのnoteが
食レポしか無かった事に起因する物だが、
実際食材としてのタウナギは気持ち悪くて美味という
相変わらずブレないキャラ付けなので是非ともその話も語りたい。

分類や文化、全ての枠組みから絶妙に外れた奇天烈な魚。
中華の民は彼らを喰らい、それでいて悪夢として恐れたという。

彼らは、『病める龍』なのだ。


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