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自立しなくては・・ 〜なぜ、ビールを作ろうと思ったのか? Vol.3 〜

前回は「リトルアキナイ前と後」ということで、初の企画からチームができるまでを記しました。第3回目は「自立しなくては・・」です。

■大森コレカラカイギ

2014年にスタートした「大森コレカラカイギ」。「子どもたちを中心にまちの未来を作ろう」がテーマで、最初は4〜5人で始めましたが、自分たちでイベント主に「リトルアキナイ」「コレカラファミリア」という企画を運営するようになり、地域でもそれなりに知られて、メンバーも増えていきました。

コレカラカイギの振り返りをするとまたそれだけで膨大な記事量になってしまうので、改めますが、仕事の合間をぬって、自分たちで企画し、準備し、運営し、片付けする。商店街の各お店にも協力を仰ぎながらも、あくまでも独立した存在として進めていました。

小学校での授業を受け持ったり、夏祭りやハロウィンを開催したり、時には結婚式をしたり、大田区報に掲載してもらったり、熊本震災と時には近隣の小学校に協力を仰ぎ、現地まで手紙とメッセージ付きの海苔(大森名物)を息子連れて持って行ったり、エンターテイメントはもちろんですが、メンバー興味のあることをしようということで、いろいろなことをしました。

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例えば2015年の記録です。

前日の深夜まで録音してたり、誤発注をバレないために自腹切ったり(全部こーちゃんの仕業か・・)、大変なこともあったけど、とても充実した活動でした。とはいえ今後どんな活動をしてどういう形をしていけば良いのかわからなくなったのも事実な時期でした。

それと同時に仕事の方はまあギリギリにやっていました。その中でも「キリンビール大学」という仕事を担当させていただくことになりました。

■キリンビール大学

元々僕は家でもケースで買い、常に冷蔵庫にないと落ち着かないくらいビールが好きでした。20代、インデックスという会社にいた時、モバイルが楽しくて、当時はPCフラッシュ全盛の中で、いろいろな制作会社にモバイルコンテンツの提案に自主的に行っていました。その中で唯一興味を持ってくれ、僕らみたいな若造に会ってくれたのが、今もお世話になる葵DC(今は葵プロモーション)でした。その時に持って行ったのが「キリンビール大学 モバイル化」提案だったのです。

そこから時を経ること約6年、ようやくキリンビール大学に触れることができました。当時は2014年、まだクラフトビールという言葉が出る前だったと記憶していますが、その夜明け前に、キリン社の人たちの熱意にふれ、ビール作りに興味を持つようになりました。これまでに大人たちが熱中するビールってなんなんだろう、そのビールを通じてどんな社会が作りたいんだろう。そこに惹かれました。

■大森ビールの初期構想

そんな、2つの活動を行う中で、2015年、大田区にクラフトビールの工場(今もお世話になっている羽田麦酒さん)ができたというニュースを聞き、すぐに連絡を取り会いにいきました。その後、「大森ビールを一緒に作ってもらえないか」と提案しました。が当時の自力ではどうしようもならず、一旦ビールの話は無くなったものの、どこかでいつか「大森ビール」を作るぞと思ったのでした。

■転機〜MobilExSchool事業の開始〜

そんなこんなで2017年を迎えます。当時仕事に大森コレカラカイギにと非常にバタバタしていたため、なかなか自分の時間を作れませんでした。そしてどっちつかずな自分がどうしても嫌で、もう一度、事業として「子どもたち」に向き合いたいということで、学校の先生の資格をもつ、健太郎くんにスタッフとしてきていただき、「MobilExSchool」という事業を始めました。設立趣旨はこちらです。

「1を感じる力をつけたい」

「0から1を作る」この言葉、よく聞きませんか?そしてそんな世界に憧れていませんか?

私は大学生の時、「0」から「1」が生まれるという概念自体がおかしいのでないかと考え、卒業論文を書きました。創造に関する概念で「今まで関係ないと思われるものを組み合わせるのが創造である」という趣旨のものです。

私が「0」という数字が嫌な理由は、何か困難に直面した時、「無いからできない」ということができるからです。そんな時、見える見えないに限らず選択肢があれば、そのカードを組み合わせ、思っていたものと違うものが生まれるかもしれません。それはすなわち「1+1」の概念です。そもそもあなた自身が親から生まれたことを考えたら、「0から1」では無いのです

そんな「1」がたくさんあれば、それはきっと新しい価値を生み出す武器となるかもしれない。「嫌い」とか「無い」とか思っていた「0」や「−1」も見方を変えれば「1」になるかもしれない。

だからいろいろな体験をするのです。そしてそんな体験を世界を味方にする力を子ども達と一緒につけていきたい。そう考え「1」を感じるための力をつける学校を、これまでお世話になってきたこの大森で作ろうということでこの「MobilExSchool」を設立しました。

校長先生である多賀健太郎先生はもと学校の先生です。私はよく考えていました、なぜ独立して学校を作ろうとする先生が少ないのだろうと。

学校、先生こそが所属ではなく、独立の存在なのでは無いかと。

そんな多賀校長とともにこの学校を盛り上げていければと思います。みなさま、そして関わるみなさまの未来が世界が少しでも明るくなる機会を作ることができれば幸いです。

大森近辺のお店や教室に声をかけ、準備をしました。だけどやはり足りないところも多々あったんだと思いますが、なかなか広がりません。で、本来であれば最初は人が集まらないなんて当たり前で、企画を次々起こし、結果を見て内容を変えて・・・ということがあまりできなかった。そんな中衝撃の事実が・・・

もうドラマばっかり起きるのですが、これがようやく重い腰を上げるため、すなわちさらなる自立をするための大きな転機となるのです、、、その話はまた次回!

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