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新品ウエディングドレスを前日に自分で洗濯させるサービス

ある火曜日、婚姻届を出しに市役所へ行くと、次の、次の日である木曜日、市役所内の結婚式場が空いていると聞かされた。

「あさって?」

窓口で「木曜日に予約する?」と聞かれた時の答え。

市役所がどこまでもフレンドリーなのには驚くが、それよりも注目すべきは、相手の都合や準備を慮ることなく明後日を指定してきたことで、さすがカナダと感心する。役所なのだから予定を埋めなければ成績に差し支えるということもあるまい。ウエディングプランナーからお姫様のような扱いを受けた一回目の結婚式とは真逆の対応に、衝撃を受ける。

返せないサーブを投げられたような、初心者への配慮がされていないサーブ攻撃に私は「YES!」と即答するのだが、この時は即答しないと英語がわからない奴と思われるのでは?という不安からだった。いや、その前に隣にいたネイティブも「YES!」と即答していたので、外国というのはそういうトコロなのだろうか? と何かを学んだ気になっていた私。

満面の笑みで「早い方がいいでしょ?」と、これまた自分都合を正当化するような相手側の言い分に「もちろんです!」と受けて立った。でも、自分が何のゲームに参加していたのか、疑問。しかも満面の笑みで全てを相殺するテクニックを使い「ずるいなぁ〜」と思いながらも、相手に嫌味の一つも言えない自分。

即答したことで、なんとか相手と同じ立場になったような気分になるのだが、それも一瞬で終わる。この後は「世の中そんなに甘くない」という有名なフレーズが何度も頭をよぎることとなる。なんとか、かんとか、とりあえず乗り切った私の結婚式前日の体験談をお話ししようと思う。

もともと、式については後でゆっくり考えようと思っていた。でも、空いているのであれば、紙を提出するだけよりは良い記念になるとポジティブに捉え「乗りきろう」と決めた。

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その頃、私は夫の妹家族と同居していた。

式のことを義理の妹に報告すると、女子高生的な盛り上がるを見せる妹。いつも感情丸出しなので引いてしまうが、今回ばかりは感情を表に出すのが苦手な私からキャピキャピをいい具合に引き出してくれた。

「どうする? どんな風にしたい?」

妹は夜なのにあちらこちらへ電話をかけ、来てくれそうな人達へ声掛けをしている。ディナーの希望もあれこれ聞いてくる。私は「きっと素敵だろう」と思ってやってくれる事ならば、いちいち私への確認はいらない、ということで全てを妹に任せた。

翌日、式は家族、親戚、友達と、結婚する私達2人を含めた10人になると妹から連絡を受ける。当然ながら遠方の人は無理だった。

それならば、大袈裟ではない白のスーツか、ワンピースでも探せたら最高! と思ったが、引っ越したばかりで、近くにどのような店があるかも分からない。ダウンタウンまで行かないと無理なのでは? しかし、この頃はダウンタウンという発想もなかった。

さすがに、今日の明日では無理だと思い、一度は諦めた。

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ところが、翌日の夕方、私をモールまで運んでくれるという願ってもないオファーが妹からやってきた。この時の私は車も運転免許もなく、人を頼らなければ買い物に行くことすらできない情けない状態だった。私は大喜びでお受けして、化粧もせずに車へと乗り込む。車は15分ほど走りモールへと到着する。

だが、この時まだリアルな状況を掴めていなかった私。妹は仕事が終わって速攻で戻ってきてくれたが、それでも5時は過ぎていた。それから出掛けたので、閉店までの時間はあまり残っていない。田舎のお店は閉まるのが早い。10年以上も前のことであまり覚えていないが、妹が買い物を終えた私を再びモールへと迎えにきてくれるまで、2時間弱くらいだったと記憶する。

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モールにはどのような店があるのかも知らなかったので、とりあえず一軒、また一軒、と店内をチェックし「白い何か」があったら、そのアイテムを頭に叩き込む。

メーカーが違っても、生地の質感やデザインの雰囲気が多少違っていても、上下で白を着ておけば間違いないのでは? そのズレた感じも、またお洒落なのでは? と思った。

このトップスにあのボトムを合わせて、、、という感じで、イメージをフル活動させながら歩き回った。世の中にはまだスマホがなく、ガラケーでは写真を撮ることができなかった。時間がないので、聞きまくる。


私 「何か、白い物はありませんか?」

定員「どんなシーンで着るものですか?」

私 「結婚式です。」

定員「あぁ、お呼ばれでしたら白でない方が…」

私 「白がないなら言ってください。次へ行きますから。」

定員「……。」


こんな調子だから「さっさと次へ行けば?」とあけすけに嫌な顔をされ、雑な扱いを受けるのは当然である。人は余裕がないと、他人への配慮が恐ろしく欠ける。世の中の事件の大半はこの配慮に欠けた行動のせいで起こっている。刺されなくて良かった。

本来こういう時間は、ワクワクしながら、夢と現実の間で悩める乙女になれる時間であり、それがまた結婚式の醍醐味なんじゃないの?と思う。でも時間はなく、それを味わう余裕もない。不満度がマックスに高まる。

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それからしばらくは、諦めムード、ふてくされムード、どうでもいいわムードで、ただブラブラと歩いていたような気がする。探す気は失せ、一体どのくらい歩いたのだろう。覚えていないが、迎えが来るギリギリの時間だったような…

そんな時、強い香辛料の香りがプンプンと匂ってきそうなド派手なドレスばかりをウインドーに飾っているインド系のお店、いや、ラテン系か?よくわからないが、まばゆい輝きに吸い寄せられ、私はパーティードレスの店の前に立っていた。

「ここだ!」

やっぱり神様っているんだ! と都合よく感激する。

そこは日本では見たこともない数の 超・ド派手なドレスが所狭しと置いてあるお店だった。カナダ生活も長くなると、モールにはこういう系のお店が必ず存在すると知ることになるのだが、この時点では、田舎のモール=無理でしょ、という一般的な日本人感覚しかなかった。

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店に入ってからは、喜んでばかりもいられない状況に気付く。店の雰囲気からして、ここでお気に入りを探すのは、おもちゃ箱の中から宝探しをする作業。丹念に探せばあるであろうが、骨が折れる作業であることは間違いない。「ひぇー、どうやって探す、これ?」

見るだけでサイズが大きいとわかるもの、超ミニ、胸が開きまくり、鯖?と見間違うほどのスパンコールだったりする。しかし面積が大きいのでマーメイドだ。なぜ、ここには普通がない?

諦めていた頃、やっと定員が声掛けしてくれた。「こっちにもあるわよぉ」と奥まで案内される。もっと先へ進むと、案外、狭くても奥行きのある店で、さらに中まで行くと大きな試着室があった。実は、狭いのではなく、ドレスが嵩張ってスペースを取っていたことに気付く。

試着室の前にはソファーが置いてあり、そこで老婦人が二人、座って世間話をしている。スタバの紙コップではなくボーンチャイナのティーカップだ。お茶を嗜んでいる。明らかに定員が用意したものだ。

何の倶楽部ですか?

訊ねたいことだらけだったが、忙しいので仕事に戻る。とりあえず白だけを集めたかったが、これがなかなか見つからない。定員の助けを借りて、やっと一着の白を発見する。白が一着!?という驚きの結果に動揺するが、サイズが合いそうなのでとりあえず胸をなでおろした。

店の趣味から考えると、その白いドレスがなぜこの店のオーナーに選ばれてそこにあったのか不思議なくらい、おとなしく、上品だった。私は改めて白が醸し出す清潔感オーラに感心する。

ホルターネック、胸の下はリボンで切返しされていて、薄いピンクベージュのリボンにはビーズとパールの装飾が施されている。丈はくるぶしまでのロングドレスで、即席の結婚式にはピッタリだった。でも…

ん〜?


よく見ると、、、誰が試着したのだ? 日本では見たことのない濃い色ファンデーションが襟元にベットリと付いている。襟ぐりが狭いのか? そんな事はどうでもよい。商品なのだがら汚さずに着脱すべきだったはずなのに。それとも、汚したので買わずに帰ったのだろうか、、、

仕方ないので「民度が低い」という呪文で無理やり自分を納得させる。

それより、知ってか知らずか、汚れたままの商品をハンガーに戻す定員の無神経さに呆れた。「きっとないでしょうが…」と枕詞を入れて、在庫の確認をお願いすると、予想通り「どれも一点限り」とおっしゃる。まぁ、想定内。

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白を諦めるためには、もっと魅力的なドレスが必要だ。私は必死になって別のものを探し始める。数分後、やっと、スッとした感じの赤いロングドレスを見つけだした。

ファンデ付きの白いドレスと、赤いドレスの両方を試着するが、化粧もせずに飛び出し、走り回って髪もボサボサ、ボロ雑巾のような私は、とくに赤を着た時はフィリピン人のようだった。

そして「あなたの国、赤は縁起がよろしんじゃなくて?」と倶楽部のメンバーが赤を促す。 あぁ、中の国のことですね、、、間違えられているがな。しかし、、、否定する気力もない。

とにかく、どちらかを買って早く家に帰りたかった。汚れてなければ白で決めるところだけど「汚れのついた衣装を買うべき?」とか「赤のが痩せて見えるんじゃない?」とか「そもそも結婚式に赤ってどうよ」とか「化粧してもフィリピン人に見えるのかな?」とか、自問自答しすぎてキャパオーバー。

自分で決められないので、そこにいた部員にアンケートをお願いする。すると、結婚式という理由から満場一致で白に軍配が上がった。

しかし、考えるべき問題はまだ続く。

買うとなれば、ファンデーションをどうする問題が浮上するが、かなり濃い色なので値引きを願い出ることにした。何十年も日本で生きてきた私は「当然よね!?」と強気な態度を取った。だって在庫はないのだから。

買う!と意思表示してからの値引き交渉が、次のとおり。


私 「ここ、汚れてるからお値引きしれくれますよね?」

定員「(裏のタグをチラ見)大丈夫、コレ自分で洗えるから!」

私 「マジ? 自分で洗えってか?」

定員「そう。今夜中に洗えばすぐ乾くし。余裕、余裕!」

私 「(はい〜?)」


地球と思っていたが、私は惑星まで来ていた。

日本のコンビニは、たった100円でも丁寧にお辞儀をしてくれる。雨の日の買い物には紙袋の上から濡れないようにビニールをかぶせてくれるデパート、ちっとも汚れていないのに在庫がないからと申し訳なさそうにしてくれるサービスに慣れていた私は、それって特別なサービスで、全て無料だったのだ、と知ることになる。

しかし

ここまでもいろいろ乗り越えてきたけど、いやぁ、乗り越えてきたからこそ、このドレスへの執念をこのような些細なことで捨てるわけにはいかないと思った。シンデレラ のように自分で洗う! と決めて、私は白いドレスを定価で買うことにした。いえ「買わせて下さい」という感覚。白はそれしかないのだから。マーメイドで結婚するわけにはいかないのだ。

✴︎ ✴︎ ✴︎

買った人が洗うというのがこちらの常識? 「本当に白が欲しいのか?」と神様に問われていたような気分、これは海外サービスを受け入れるための洗礼だったのだろうか? こんがらかった感情を整理しながら「これでいいのだ」と会計を済ませる間、自分を落ち着かせる。

しかし、このあと定員さんの態度がガラっと変わる。

精一杯のサービスでもてなしてくれるようになり、白いハイヒール、ドレスにピッタリなビーズ刺繍のクラッチをコーディネートしてもらった。機嫌良くした私は「何でもいいから、ベールとか、花飾りとか、他にウエディングっぽいアイテムはないかしら〜?」と壊れた。あれも、これもと、いろいろ合いそうな物を持って来てくれた。部員からはお茶も勧めていただき『プリティーウーマン』のようなリアル体験をさせてもらった。

結局、余計なアイテムも買うはめになったわけだが、一度に全てが揃ったので正解だった。それでも最終的には大幅に値引いてくれて、クラッチも無料でいただいた。当日はブーケを持ったのでクラッチは要らなかったが、それは他のドレスの時にも使え、実際、出番が多く重宝した。

閉店間際に駆け込んで試着しまくり、店内を散らかしまくった客を「お幸せに」と、部員と共にドアまで見送ってくれた定員さんは、なぜか最初の態度とは180度違い、感極まって泣きそうになる私。意味不明だ。

ここで学んだ事は、見込み客、ただの通りすがりに安売りはしない。結果的には値引きしても、客が買うと決めるまでは安売りをチラつかせてはいけない。それは御法度で、それが惑星のルールなのだ。

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その日の夜、ナイアガラから駆け付けてくれた友達夫婦と食事をした。奥さんは自分が結婚式で着用した「ベール」と「ティアラ」「リングクッション」「ブルーのガーターベルト「「ブーケ」を持参してくれた。明日はそれら全てを貸してくれるという。彼らは一年前に結婚したばかりだった。

「ベール」というアイテムをひとつ足すだけで、昨日まで店に埋もれてファンデで汚れていたドレスが、たちまちウエディングドレスらしくなる。テンションは爆上がりする。恐るべしベールの力。

次の日、支度が出来上がると、そのドレスは何日も前から用意されたウエディングドレスへと生まれ変わった。ベールもこのドレスのために選ばれたように見えたから不思議である。ということは、何を着てもベールを付ければ花嫁が仕上がるということか…。サムシングブルーのガーターベルトもお借りして、サムシングフォーが揃った。

全て、数時間で揃ってしまった。

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私達は市役所でとりあえずの結婚式、そのあと2度の披露宴を行った。一度は日本で、2度目はカナダで。

日本では和装、座敷で屏風の前に座り、お膳で料理をいただくという昔ながらに拘ったスタイル。夫と母の希望だ。

カナダではナイアガラ友人宅の裏庭に大きな白いテントを作り、料理人やバンドを呼び、ダンスして花火をあげる、カジュアルではじけたパーティーだった。庭でやるアイデアは映画のシーンに憧れた私の希望。ほとんど夫が好きに準備していた。

庭の草むしり、テントの準備、掃除やフラワーアレンジまで、全てを自分達で行ったが、それも楽しかった。なんといっても経費が安くて済む。衣装はシャンパンゴールドの布地に銀の糸で刺繍が施されたミモレ丈のドレスを選んだ。ということで、結局、ウエディングドレスを着たのは、前日にドタバタで選んだドレスだけ、という結果となった。

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物との出会いもご縁と思う。できればゆっくり味わいながら選びかった。でも、そんな中であのドレスを見つけることができたのは偶然でなく、必然で、全てを終えてみるとずっと前から決まっていたような…

結婚式当日は初雪が降った。日本から持参したコートはとてもドレスに合わせられるようなものはなかったが、私はショールを持っていた。カシミアなのでカナダに来たら贅沢もできないと思い、持参していたのだ。ショールの色も、白だった。

翌朝(当日)は夫が友人とこれまたギリギリにモールへ出掛け、ワイシャツとタイを購入したようだが、実際には彼らがどこで何をしていたかは知らなかった。私達は欧米の風習にしたがい挙式前には姿を見せ合わなかったから。式で見た時、私が借りたブーケの色と、彼らが選んだワイシャツとタイのコーディネートが同色だったので驚いた。

ボーイズはブーケの色を知らなかったのにね。本当だ。花があったら食べてしまうような奴らなのだから、色など覚えているはずがない。

これ、全て本当の話。











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