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おもひでぽろぽろ①電話[母が認知症になりました。]

2022年12月8日
弟からLINEメッセージが入る。

普段からこの二人姉弟はそんなに仲良しではない。頻繁に電話したりLINEしたりも全くない。4歳差というのは意外に大きく、子どもの頃にもじっくり会話したことはない。

実家は代々続く漁師の網元で、弟が継いでいる。弟といっても56歳なので「おっさん」である。ほとんどの人は兄に見えると言う。元ヤンではないがぶっきらぼうな物言いと体格から怖さを感じる。にらみをきかせたら半端なチンピラは逃げ出しそうな感じがする。優しいところもあるだろうが、言葉が少なすぎて、伝わってこない。こちとら超能力者じゃねーし。

圧倒的な男尊女卑のお家柄で、私は1980年4月に高校卒業と同時に上京し、さっさと家を出た(サラッと一文で済ますが、それまでの18年間は地獄であった。それはまた別の話で書く)。
父が危篤の時はLINEで、2020年1月20日に父が亡くなった時は電話で弟が報せてくれた。そんな報せの時だけ連絡が入るので、今回もドキッとした。一気に不安が倍増する。

父が亡くなった後、3年弱の間、なるべく母に電話するようにしていた。実家の電話はプッシュホン式の固定電話があるだけ(田舎の家は無駄に広いので、同じ番号の固定電話が3台あって、電話に出た早い者勝ち通話)。これが昔から一貫して変わらない。留守番電話機能は付いていない。母に用事があって電話して他の者が出て「伝えておいて」と頼んで、伝わったことは100%ない。留守番電話を付けてくれと懇願しても一切変わらなかった。もちろん、スマホどころか携帯電話も持たない両親であった。歳を取って憶えることが増えるのが面倒くさいらしい。

なんとか高齢者向けの文字が大きい楽々フォンみたいな携帯電話を持ってもらおうと試みた。連絡が付かないのは問題だ。
私「ねぇ、お母さん。携帯電話持ってくれない? 料金は私が払うから」
母「面倒くさいから嫌。憶えること増えるし、ほとんど使うことない」
私「お母さんは私からのメールとか電話を受け取るだけでいいからさ。かけなくていいから」
母「目が悪くなって、よく見えんからいらん」
私「ねぇ、お母さ〜ん♪かわいい娘からのお手紙とか欲しくなぁい?心配じゃなぁい?」(無理して目一杯の猫なで声を出してみる)
母「おまえに興味ないわぁ〜」
私「……」

というわけで、母親が絶対に家に居る時間帯を狙って電話をかけるしかない日々であった。しかし彼女は昔から、しれっと冷たいことを言う。無自覚だ。

父が亡くなってすぐに世の中はコロナ禍になってしまい、母は万全の予防態勢を取りつつも毎日散歩がてら「お友達の家に行ってお喋りをする」のを日課としていた。運動にもなるし、ひとと会ってお喋りするのはいいことだ。夕方になると弟がクルマで母をお風呂(日帰り温泉)に連れて行ってあげていた。そして、戻ってきて、夕飯を食べて、午後7時には就寝。姪っ子によると「6時に寝ることも増えてたよ」とのこと。
つまり母は後期高齢者になっても意外に忙しい日々を過ごしており、東京で働いている娘と生活時間帯が合うことはなかなか難しいのだ。

考えた結果、「母に電話して、様子をみたり、ゆっくり話せる時間帯」は早朝しかないことが分かった。だから週に一度、早朝6時台に電話をすることにしたのだった。

この3年弱の間、なるべく電話するようにしていた。父が亡くなったばかりの頃は、「お父さんに会いたい」「お父さんのところに行く」「夢にお父さんが出てきた」「お父さんが呼んでる気がする」と泣いていたのを「そんなこと言わないでよ」と慰めていた。目の手術をする時も入院期間以外の日をめがけて電話をよくかけていた。体調的に6時台に起きるのが無理な時は2週間以上空いてしまうこともあった。それでもがんばって早起きして電話していた(今となっては自己満足に過ぎなかったかもと思う)。

それが2022年秋頃になると早朝電話をしても面倒くさがるようになった。「これから出かける準備をするから」「歳とってもいろいろやることあって忙しいんだよ」と言う。電話を早く切りたがる。合わない時間をやりくりしてやっと見つけた早朝時間帯。「それも面倒くさがられるのか」と少しムッとしたのも事実。それから2ヵ月ほど電話をしていなかった。

面倒くさがられてもいいからもっと頻繁に電話をしていればよかった。
後悔先に立たずだ。

そんな時に弟からのLINEメッセージ。
「暇な時でいいから電話してくれー」

LINE電話をすると弟は呑気な声で高らかに宣言した。
「おう、母さんが認知症になったぞ!」

実感が湧かないままボンヤリとしながらも、同時に頭の片隅には「認知症」という文字がヒラギノ角ゴstdNでハッキリくっきり浮かび上がった。

ついにきた。

母が認知症になりました。離れて暮らしているので、介護を任せている後ろめたさが常にあります。心配、驚き、寂しさ、悲しさ、後悔、後ろめたさ。決断と感謝と孤独。一人暮らし還暦クリエイターによる☞脱力記録です。不定期で綴っていきます。


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