見出し画像

2021.10.21 短歌の貯金箱

お気に入りの言葉たちをひとつの箱に。
どこかのあなたへ、いつかのわたしへ、
ギフト・ボックスのお届けです。

♡短歌
・手を洗いすぎぬようにね愛してたからねそれだけは確かだからね/雪舟えま
・夢のきみとうつつのきみが愛しあふはつなつまひるわれは虹の輪/水原紫苑
・きみのいない朝のしづけさ まなうらに人魚の失くした尾がひるがえる/北川草子
・生きていることはべつにまぐれでいい 七月まぐれの君に会いたい/宇都宮敦
・次々と涙のつぶを押し出してしまうまぶたのちから かなしい/笹井宏之
・いちばんに消えてなくなりそうだった星のひかりに頬を切られる/笹井宏之
・気のふれたひとの笑顔がこの世界最後の鳥であるということ/笹井宏之
・この世には善はないって言いきったきみの口からこぼれるアイス/本多忠義
・アークトゥルス、スピカ、デネボラ、星の名をポケットに入れて非常階段/蒼井杏
・手の中の野の花束が枯れるまでわたしは声を待つつもりです/東直子
・月光に刺されて死んだの誰だっけ一オクターブ外して笑う/田村まひる

♡小説、詩
・本当に僕が感動するのはだね、全部読み終わったときに、それを書いた作者が親友で、電話をかけたいときにはいつでもかけられるようだったらいいな、と、そんな気持ちをおこさせるような本だ。
 サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」

・冬のあらくれた手がきみの夏を醜いすがたに変えるまえに、ご自分を蒸留してしまいなさい。どこかのガラス瓶に馥郁たる香水をつめてやりなさい。美が腐らぬうちに、どこかに美の宝石を仕込んでおきなさい。
 シェイクスピア「ソネット6番」

・長田弘「人の一日に必要なもの」

どうしても思いだせない
確かにわかっていて、はっきりと
感じられていて、思いだせない。
思いだせないのは、どうしても
ことばで言えないためだ。
細部まで覚えている。
感触までよみがえってくる。

ことばで言えなければ、
ないのではない。
それはそこにある。
ちゃんとわかっている。
だが、それが何か
そこがどこか言うことができない。
言うことのできないおおくのもので
できているのが、人の
人生という小さな時間なのだと思う。
思いだすことのできない空白を
埋めているものは、
たとえば、
静かな夏の昼下がり、
日の光のなかに降ってくる
黄金の埃のようにうつくしいもの。
音のない音楽のように、
手につかむことのできないもの。
けれども、あざやかに感覚されるもの。
アンタレスのように、確かなもの。
人の一日に必要なものは、
意義であって、
意味ではない。

・「帰途」田村隆一

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
言葉が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?