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5話【桜の舞い】『樹々は唄い、風に舞う』第一部~樹々の恵み編~


5話【桜の舞い】

 桜の舞い、当日。

 東谷街道の脇に設けられた 桜の花枝はなえだいろどられたゲートをくぐると、観客席スペースの向こうには、舞台となる〝大平岩おおひらいわ〟。 ●6
 その舞台の後ろを ぐるりと取り囲むかのように植樹された、桜並木。
 そして舞い散る桜の花弁はなびらいろどられた〝壱乃峰いちのみね〟 ●7 から連なる峰々までもが、一望できる。

 受付の奥にはケータリングコーナーがあって、のりあをメインに そのスタッフ達が、うたげの来場者に 春の樹々きぎの恵みを振舞ふるまっている。
 めりあは「今、いいかな?」とだけ声を掛けると、メニューを見ながら のりあに話しかけた。

「のりあ、いつも凄いわね。
 ホオ葉おにぎり、木の実たっぷりのパンケーキ、瑞貴みずきさんのブナの実に、ドリンクメニューは 山桜やまざくらさんの桜茶、春の花のハーブティーと野草茶……。」

「うふふ。 みなさん、喜んでくれると良いですけど。。。」

「どれも美味しそうで、迷っちゃうわね。
 私は とりあえず、いつものコーヒーにしとこうかな?
 こならちゃんは?」

「わたしは、野草茶にしてみるのれす!
 こないだ お手伝いしたときに、瑞貴みずきさんが おいしそうに飲んでたのれす。」

「あぁ、そうだったわね。
 じゃ、のりあ。 コーヒーと野草茶で。」

「はい、かしこまりました! 少々お待ちくだ……」

「のりあ~、お待たせ!
 栃餅とちもち、持って来たわよ!」

 まだ のんびりムードが漂うケータリングコーナーに、一段とアクティブなとっちがカットイン!
 たった一人で仕込んだとは思えない大量の栃餅とちもちを、どっさりとトレーに入れたまま長テーブルの隅に置くと、そこからヒョイヒョイと人数分を取り分け、
「これは、私から みんなへ。 あと、私にも野草茶ね!」
と、のりあに ご注文。

「めりあ、こなちゃん、おはよ!
 あっちのテーブルで、早速 朝イチのミーティングしましょ。
 のりあ! あっちにお願いね!?」

「あ、はい! じゃあこれ、あちらのお三方さんかたに、お急ぎでね?」

「すんませ~ん! 栃餅とちもちと桜茶、もうイケます?」

「こっちも、栃餅とちもちと おにぎりと パンケーキと、桜茶と……」

「よー食うなぁ。 じゃ俺も並んで…… と。」

 とっちの栃餅とちもちは、本人同様 大人気!

「とっち手作りの栃餅とちもちと、春の風物詩 桜茶。
 この取り合わせ、今しか食えないからねぇ!
 いやぁ~まさに、『春が来た!』って感じだよぉ~!」

 お待ちかねの栃餅とちもちが並び始めると すぐに行列ができ、次々と提供されていく。
 その盛況ぶりを眺めつつ、山桜やまざくら師匠も加わって 朝イチのミーティングは続く。


「~前回同様な感じで、進行役をしますね。
 サポートも、めりあさん、同じでよろしい?」

「はい、それでお願いします。
 今春こんしゅんの変更点は、お客さんのリアクションのボードを、桜の花のイラストで3段階評価にしました。
 それと、こならちゃんもサポートしてくれます。」

「よろしくお願いしますのれす!」

「これもまた、上手に描けてるわねぇ。 さくらの絵も、評判よ?」

「ありがとうございます!」

「じゃ、基本的な流れは、こんな感じで行きますんで。
 何かあっても、臨機応変に、良くなる方向に、対処していきましょ。
 あと、めりあと こなちゃんは、流れが変わるようなアクションをしようと思ったら、行動する前に必ず私にお話ししてね?」

「了解です!」

「はいなのれす!」


「……そろそろ、頃合いかしらね?
 お客さんも十分集まって頂いたようですし、参乃峰さんのみね樹々きぎが、ざわつき始めましたね。
 こならちゃん、あの『春の大風おおかぜ』が もたらす桜吹雪を背景に、舞いを披露するのですよ。」

「では、とっち。 参りましょうか!」

「はい! 山桜やまざくらさん。 私達のステージへ!!」

 進行役の出番が近づいた とっちと山桜やまざくらは、スタンバイするため大平岩おおひらいわに設けられた、舞台に向かって。
 めりあと こなたは、のりあの隣で出張出店している『銀杏屋ぎんなんや ひがしたに』で、人気のぎんなん3種と新メニュー『きんちゃん』を味わいつつ。
 暖かな春の風を受け 陽光を浴びながら、うたげの開始をみなと待ちわびていた。


 春の大風おおかぜは、続いて弐乃峰にのみね樹々きぎを ざわつかせ、風がんだ参乃峰さんのみねには、桜吹雪をもたらす。
 舞台脇の紅白の垂れ幕の中では、出番を控えた舞い手が、それぞれの最終調整や確認を。
 少し離れて 隅の方では、山桜やまざくらと とっちが最終打合せをしていた。

「……まいといえば、その髪留かみどめ。 本当に大切にしているのね。」

「うん。 峰乃 赤松みねの あかまつえるんだもん。
 桜の舞いは、私もこの子も、晴れ舞台よ!」

 と、くるりと山桜やまざくらに背を向けた とっちの後ろ髪には、アカマツの枝先えださき針葉しんようを模したヘアクリップが、ひときわ輝いていた。
 そのすぐ下で留められている、ブナの葉を模したヘアクリップも、春の陽光を浴びる若葉のように、活き活きと。

 やがて、弐乃峰にのみねは はらはらと舞い散る桜吹雪にいろどられ。
 大風おおかぜは、壱乃峰いちのみねの頂上付近に鎮座ちんざするアカマツ巨樹きょじゅ枝葉えだはを揺らし始めた。


「さぁ! 今春こんしゅんも やって参りました、春のうたげ 桜の舞い!!
 進行は わたくし、皆様お馴染みの とっちと……。」

「『アバンギャルド家元』こと、山桜やまざくらが務めさせて頂きます。」

「みなさぁ~ん!! よろしくお願いしまぁ~すっ!!」

 舞台上で、アイドルばりのポーズを取る、とっちと山桜やまざくら
 待ちに待ったうたげの開幕を、観客達は盛大な拍手と大きな笑いで迎えた。

「長い冬も終わり、この壱乃峰いちのみねにも 暖かな風が吹き 陽光を浴びることができる季節がやってまいりました。
 今日は盛大に、優雅な舞いと 森の恵みで、春の訪れを皆様と共に お祝いしたいと思っております!」

「皆様、もう待ちきれないご様子ですね。
 とっち、もう舞い手の紹介、しちゃいなさいな。」

「そうしましょう! では、見目麗みめうるわしき舞い手の みなさん、舞台上へ どうぞぉ~!」

 観客の拍手に後押しされ、舞い専用の巫女装束みこしょうぞくに身を包んだ舞い手が、舞台の中央に並ぶ。
 その様は、まるで紅白の花が咲き誇るよう。
 上半身には純白の白衣しらぎぬまとい、足の運びに合わせて揺れる緋袴ひばかまが、よく目立っている。
 後ろ姿では、和紙でたばねられ水引みずひきで しばって髪留かみどめとした 長い黒髪と、緋袴ひばかま腰帯こしおび部分に施された装飾を見ることができる。


 壱乃峰いちのみねの、頂上付近の樹々きぎが ざわめき始め、うたげの開始を告げている。
 中腹ちゅうふく緩斜面かんしゃめんからは、とっちと山桜やまざくらのアナウンスが聞こえる。

「春が…… 来たのですね。
 まいりましょう、みなの元へ。」

 頭頂とうちょうに輝く前天冠まえてんかんは、中心にアカマツの優雅な樹形じゅけいとその左右に枝先えださき針葉しんようが。
 風に たなびく千早ちはやは、風に揺らめく枝葉えだはたわむれるかのように。
 高位の巫女にのみ許される それらの装束を、春の陽光にきらめかせ、春の大風おおかぜに舞い踊らせながら、の巫女 峰乃 赤松みねの あかまつ出立しゅったつした。


「~ではここで、舞いの各流派の特徴や、舞い手のご紹介をしたいと思います。」

「まずは、皆様ご存知の、『山桜流やまざくらりゅう』。
 こちらの山桜やまざくらさんがおこされた流派で、そのスタイルは 枝葉舞しようまい派。
 枝を優雅に振って舞うのに加え、葉なども舞わせるのが特徴です。
 桜の舞いのような 祭典向けの舞いに、芸能としての舞いのエッセンスを加えるなど、常に新たな舞いの形を追求する流派!
 舞い手は、さくら・瑞貴みずき・ふたば・寿美ことみの、4名がエントリーしています。」

「なお、古流である『奥山おくやま峰乃みねの派』。
 風に身を任せ、枝葉えだはを優雅に風に乗せて舞う、代々の巫女とる者が舞っていた基本形の流派ですが……。
 今春こんしゅんもエントリーは ございませんでした。
 ……でも 皆様! 奥山おくやま流を受け継ぐ 瑞貴みずきが舞いますので、どうぞ ご安心くださいね。」

「最後に、『とっちダンススクール』につきましては、わたくしから。
 皆様お馴染みの、こちらの とっちさんが考案なされた、舞いの新境地です!」

「葉のざわめきに乗せた枝の振り様は、これまでの風に吹かれる受動的な〝舞い〟よりも、自ら動く能動的な〝踊り〟に近く、葉やたねを飛ばし舞わせるのに加えて 回転などのアクションを付けるのが、特徴的!
 また、扇子せんすの舞いのように、葉を舞いの道具として使うことも革新的な、ていて とても楽しい舞いを披露して下さいます!
 舞い手は、双子のアイドル紅葉もみじかえで
 扇子せんすの舞いは、銀杏屋ぎんなんやの看板娘、一葉いちよう!」

今春こんしゅんの桜の舞いは、以上の流派と舞い手で行われます。」

「若手の成長ぶりにも、ご注目下さいな。
 皆様、うご期待!!」


 観客席の隣では めりあが、舞台上の とっちと山桜やまざくらに向けて、ボードをかかげて進行のサポートをしていた。

「……でね、こならちゃん。 こっちのボードが、プログラム進行。
 いまかかげてるように、『流派 と 舞い手』のお話しをするタイミングだと、進行役に伝えるわけ。」

「はいなのれす!
 めりあさん、こっちの わたしが描いた桜の花は、何のボードなんれすか?」

「あぁ、それね。
 こならちゃん、さっき『山桜やまざくらさんも、とっち社長も、すごくお話しが上手なのれす!』って、言ってたでしょ?
 その感想と、お客さんのリアクションを見て、『桜の花に例えたら、何分咲き』と思ったボードを見せるのよ。」

「いまは、満開なのれす!」

「そうそう。
 こうやって、進行役に『今は何が主題か』と それに対する『観客の注目度』を伝えてあげれば、何を どんなふうに話せば良いか、分かりやすくなるのよ。」

「分かったのれす!
 あと…… めりあさんも、やさしく教えてくれるので、わたしも うれしいのれす!」

「あ…… ありがと。。。
 ……こならちゃん! 油断しないで、お仕事の続きよ!」

 満開の笑顔で こなたに言われた めりあは、 いつもの調子で照れ隠し。
 『舞い手の 披露の順』と書かれたボードにチェンジして、かかげる。


「続きましては…… 舞い手の披露の順と、舞いの内容につきまして。
 今春こんしゅんも とっちプロデュースが、大炸裂します!」

「えぇ~!? お師匠様ぁ~、ハードル上げ過ぎですよぉ~。」

「これこれ、とっち。 お師匠様は、めて下さいな。
 どうせ呼ぶなら、最初に言いました通り、『アバンギャルド家元』で!!」

 一同、大爆笑! こなたのボードは、引き続き 満開の桜。


「……なぜかしら。
 あの やりとりが、懐かしく感じるのは。」

 そうひとちながら、大風おおかぜを伴って森歩きの道を下る峰乃 赤松みねの あかまつは、うたげの舞台が一望できる 高台たかだいへ。


「舞い手の披露の順は、次の通りとさせて頂きました。」

「まずは、皆様ご存知! 双子のアイドル『紅葉もみじかえで』が、うたげを一気に盛り上げます!!
 続きましては、山桜流やまざくらりゅうから『寿美ことみ』が、正統派の舞いを。
 とっちダンススクールからは、『一葉いちよう』が扇子せんすの舞いを。
 再び 山桜流やまざくらりゅうから『ふたば』が 力強い舞いを披露し、異なる流派の舞いを楽しんで頂こうと思います。」

「そして…… クライマックスは、『瑞貴みずき』と『さくら』!
 壱乃峰いちのみねの 舞いのツートップと言われる、実力者同士の一騎打ち!!
 どう? える展開でしょ!?」

「あっはっは! 流石さすがは、とっちプロデュース! 見事な構成です!
 皆様も、もうすぐ始まる舞いの披露、どうぞ楽しみになさって下さいな!!」


 とっちと山桜やまざくらの前座トークで すでに温まったうたげの、客席の近く。
 『主賓しゅひんの到着 と 開演待ち』と書かれたボードに変え、めりあは こなたに持たせてみたけど……。
 舞台上から「見えなーい!」のサイン。
 それならば! と、めりあは こなたを肩車してみた。
 ボードが見やすくなった とっちからは「OK!」のサインが。


 とっちが、「春の樹々きぎの恵みを味わいながら、桜の舞いを、春のうたげを、存分にお楽しみ下さい!」と、ケータリングコーナーの紹介を終えた頃。
 にわかに風が強まり、桜吹雪を舞い散らせながら、峰乃 赤松みねの あかまつが舞台まで連なる、桜並木まで降りて来た。
 その神々しいまでの美しさと 優雅な立居振舞たちいふるまいから、うたげの会場は 一転して厳粛なムードに切り替わる。
 観客席から思わず発せられる、「お美しい……。」「優雅ね。。。」の声を受けながら、峰乃 赤松みねの あかまつは、桜並木から舞台の脇へ。
 紅白の垂れ幕の中では、整列した舞い手と山桜やまざくらが、最敬礼さいけいれいもって迎えている。


「皆様、もうお気付きの事と存じます。
 桜の舞いの主賓しゅひんの巫女 峰乃 赤松みねの あかまつ様が、只今ご到着なされました!
 峰乃 赤松みねの あかまつ様。 どうぞ、舞台上までお越し願います。
 皆様、一礼と 盛大な拍手で、お迎え下さい!」

 ひときわ大きな拍手と歓声、美しく舞い散る桜吹雪に迎えられた峰乃 赤松みねの あかまつは、とっちのアカマツ針葉しんようのヘアクリップに一瞬 目をやると、舞台の中央へ。

今春こんしゅんの桜も、見事ですね。 
 うたげの舞台も整い、みなが健在であることがく伝わります。
 此度こたびの、春の訪れを祝ううたげ
 みなと共に、心行こころゆくまで 楽しみたいと存じます。」

 無表情ながらも、慈愛に満ちた眼差しでみなに そう告げると、峰乃 赤松みねの あかまつは、舞台の前の主賓しゅひん席に着席。
 続いて とっちも舞台を降り、主賓しゅひん席の隣で山桜やまざくらとともに、引き続き進行役を。

 大風おおかぜ樹々きぎのざわめきも落ち着きを取り戻し、桜吹雪が美しく舞い散る中、いよいよ舞いの披露が開演となった。


「それでは、うたげの本番! 舞いの披露に移りたいと思います!
 なお、皆様ご存知の通り、この舞いの披露は 山祭りでの舞い手の一次選考を兼ねております。
 峰乃 赤松みねの あかまつ様が、舞いの優雅さなどを審査なされ、うたげの最後に審査結果の発表とさせていただきます。」

「……皆様、もう お待ちかねの ご様子ですので、早速 最初の舞い手に ご登場頂きましょう!!」

「いきなり、大人気アイドルが降臨っ! 『紅葉もみじかえで』!!
 曲は、昨秋さくしゅうのライブツアー『もみじがり』でも大人気の、この曲!
 『 め い ぷ る ★ り ~ ふ 』!!」

 観客の大きな拍手と大歓声に迎えられ、紅葉もみじかえで、登場っ!!
 舞台を縦横無尽に動き回るフォーメーションや、ステージ前端まで出てファンサービスする振り付けは、日頃のライブパフォーマンスそのもの!!

 紅葉もみじは、活きの良い元気な振りで。
 かえでは、しなやか かつ 若さあふれる振りで、広げた手のひらを、2人で左右対称に動かす。

 そして…… 曲のサビでの、決めポーズ!!

「みんなぁ~、いっくよぉ~!!」 

「みなさん…… ご一緒に! せぇ~の!!」

「 め い ぷ る ★ り ~ ふ !!」

紅葉もみじかえで『めいぷる★り~ふ』

 客席までも巻き込むド派手なパフォーマンスに、うたげの盛り上がりはすぐに最高潮を迎える。
 これには、常に無表情な峰乃 赤松みねの あかまつも、思わず拍手を送るほど。

「みんなぁ~! 今日は、ありがとー☆」

「みなさん。。。 今日は、ご声援…… ありがとうございました……!!」

「もーみじ! かーえで!」

 鳴りやまない拍手と、紅葉もみじかえでコールの中、とっちは、次の舞い手を ご紹介。

「みんなぁ~! 盛り上がってるかぁ~ぃ!!?」
 ……紅葉もみじかえでの直後に登場するのは、とても勇気が要りますが。
 どうか皆様、温かいご声援を、よろしくお願いしますね!」

「……続きましては! 山桜流やまざくらりゅうの元気娘!!
 『寿美ことみ』の、ダイナミックな舞いを、ご覧下さい。
 お題目は、『天仰 ~てんをあおぐ~』!」

 寿美ことみの、ケヤキ特有の樹形じゅけいを活かしたダイナミックな舞いに、客席の熱気は冷めやらぬまま。
 両手を広げ、分枝ぶんし ★2 は天をあおぎ、全身を揺らす、舞い。
 不動に近い足の運びを補って余りある、上半身の振りは、勢い余って葉を小枝ごと飛ばす ★3 ほどに!

寿美ことみ『天仰~てんをあおぐ~』

「次の舞い手は、とっちダンススクールより…… 『一葉いちよう』!」

銀杏屋ぎんなんやの看板娘が披露するは、エントリー中で唯一となります、自らの葉を舞踊ぶようの道具として使う、舞い!
 『革新的な振り付けが評判の とっちダンススクール』と、『アバンギャルドで有名な、わたくし山桜流やまざくらりゅう』との、対比も 見ものです。
 お題目は…… 『扇子せんすの舞い』! では 一葉いちようさん、どうぞ!」

 舞台上は 一転して、静かで優雅な 一葉いちようの舞いへと。
 しずしずとした足の運びで、舞台上を 右へ、左へ。
 両腕の、円弧を描く ようは、その先に持った自らの葉を模した扇子せんすを、より綺麗に見せている。
 美しくひるがえ扇子せんすと その舞いは、桜吹雪と相まって幻想的な光景を演出した。

一葉いちよう扇子せんすの舞い』


「再び、山桜流やまざくらりゅうからは…… 『ふたば』!!
 その若さあふれる力強い舞いは、私達に元気をくれます!
 お題目は、『力枝ちからえだ』!!」 ★4

 拳を天に突き上げ、ふたばが舞台の中央へ。
 「ズン!」と足を踏み鳴らし、仁王立ちで、根の張りを表現!
 上半身の振りは、アカマツの枝ぶりのごとく、力強く!
 対して、しなやかに広げられた指先は天をあおぎ、ヒラヒラと舞わせることで 風に揺れる針葉しんようを表現した。

ふたば『力枝ちからえだ

 観客席の隣では、ボードの掲出けいしゅつから うたげを楽しむことにシフトした、めりあと こなたが、舞いの披露について話していた。

「『若手の成長ぶりにも、要注目です!』って、ホントだったわね。」

「こならちゃん。
 前回では ふたばちゃん、メンタル面の弱さが出て、途中で舞いが止まっちゃったのよ。
 寿美ことみちゃんも、持ち味のダイナミックさに磨きがかかって、すごく良くなったわ!」

「ほぇ~。 そんなことが あったんれすか。
 でもでも、舞い手の みなさん、すごく上手なのれす!
 ところで めりあさん、一次選考は だれが通るんれしょうか?」

「そぅねー。 まだ最後まで終わってないから、何とも言えないけど。
 瑞貴みずきさんと さくらちゃんの、どっちかじゃないかしら?
 なんせ この2人は、別格だからね!」

「わたしも、そう思うのれす!
 こないだ 披露稽古ひろうげいこを見せてもらったんれすが、すごかったのれす!」

「あ、いぃなぁ~!
 私、そのとき衣装合わせとかあって、見られなかったのよー。」


「さぁ! うたげは 早くも、クライマックス!
 壱乃峰いちのみねの 舞いのツートップこと、『瑞貴みずき』と『さくら』!
 実力者の ご登場です!」

「うぉぉ~~!!! える展開、来たぜぇ~!!!」

瑞貴みずきさぁ~ん!! 美しすぎるぅ~!!!」

「さくらちゃぁ~ん! さ・く・ら!! さ・く・ら!!!」

 めりあと こなたのおしゃべりは、観客の大きな歓声に、かき消されて。
 うたげの盛り上がりは、終演に向けて再び最高潮を迎えた。


「まずは…… 真打登場! 『瑞貴みずき』!!」

奥山おくやま流では 師範代クラスの実力を持ち、山桜流やまざくらりゅうに入門して その舞いを昇華!!
 風に身を任せた 優雅な古流らしい舞いの基本形は そのままに、枝を振り 若葉を風に乗せて舞わせる様は、必見です!!!
 お題目は…… 『若葉の舞い』!!」

 盛大な拍手に迎えられ、瑞貴みずきは、舞台の中央へ。
 すでに舞い始めているかのような その一挙手いちきょしゅ 一投足いちとうそくは、まさに 優雅。
 瑞貴みずきが深々と一礼をしたのを合図に、観客席は静まり返り、『若葉の舞い』が始まった。

 しっかりと大地に根ざした足さばきは、ほぼ不動なれど、そのわずかな動きに追随ついずいして、緋袴ひばかまが風に揺れて。
 白衣しらぎぬそでは、しなやかな腕の振りに合わせ、枝葉えだはが風になびくがごとく、舞う。
 広げたてのひらこうは、春の陽光に輝く若葉を表現しつつ、ひらり、ふわりと。

 その、あまりに優雅で幻想的な舞いの光景に、夢見心地になっている観客に向けて、瑞貴みずきは舞いにアクセントを。
 自らの若葉を風に乗せ、桜吹雪と共に舞い散らせた。
 桜色と萌黄もえぎ色を背景に、紅白の巫女装束みこしょうぞくが、ひらり、ふわり。

 瑞貴みずきは、再度 深々と一礼して、舞いの終わりを告げるも、観客はいまだ、夢見心地のままで。
 少し遅れて、割れんばかりの 一層と盛大な拍手に送られて、瑞貴みずきは、優雅に舞台を後にした。

瑞貴みずき『若葉の舞い』


「……早くも、最後の舞い手の ご披露となりました。」

「『伝説の舞姫 まいの再来』との呼び声も高い、『さくら』!
 その人気と、舞いの完成度や表現力から、今春こんしゅんも大トリを務めます!」

「枝を優雅に振りつつ その花弁はなびらを舞い散らせる様は、まさに桜吹雪のごとく!
 また、今春こんしゅんは さらに新たな舞いを取り入れたと、うかがっております!
 あぁ…… もぅ、こうしてご紹介してる私も、楽しみで仕方がありません!!
 それでは 皆様、『これぞ、山桜流やまざくらりゅう!』と言わんばかりの、優雅で可憐なさくらの舞いを、どうぞご堪能下さい!!!」

「お題目は…… 『桜の舞い』!!」

 盛大な拍手と歓声と さくらコールに迎えられて、可憐な微笑みと優雅な出で立ちで、さくらは舞台上へ。
 瑞貴みずきならって 中央で深々と一礼をした後、舞台の風下かざしも側で桜吹雪を全身に浴び、『桜の舞い』は 始まった。

 しゅるり、ふわり。 すすっ、とん。

 純白の白衣しらぎぬそでは、しなやかで優雅な腕の振りに合わせて。
 鮮やかに映える緋袴ひばかまは、足の運びに追随ついずいして、ひらり、ふわりと舞う。

 すすっ、とん。 たんっ ととっ。

 軽やかな歩調ほちょうや軽快な跳躍ちょうやくは、春の訪れを喜ぶかのよう。

 とととっ、とと。 しゅるっ、ふわり。 さわさわ、はらりはらり。

 少し強めの、足の運びと腕の振りで、さくらは自らの花弁はなびらをも、散らし舞わせる。

 くいっ、ふわり。 くるり、ふわっ、くるり、しゅるり。

 片足立ちで身体を広げ、回転しつつ桜吹雪を身にまとう舞いは、春の陽光への感謝と、咲き誇り舞い散る花の美しさを表現。

さくら『桜の舞い』

 新たに取り入れた この舞いには、みな大きな拍手と喝采を。
 そして それはむことはなく、さくらが舞台を降りてからも、しばらく続いた。


 舞台上には、再び 全ての舞い手がそろい、客席からは一層 大きな拍手が。
 峰乃 赤松みねの あかまつ、舞台上へ。
 うたげのフィナーレとして、舞い手全員による 『春の舞い』が舞い踊られる。

「共に舞う、『合わせ』。
 舞い手の協調性や、森の調和までもが、わかってしまうのですよ。」

「そして、お見せしましょう。 神事の、舞踊ぶようの完成形を。
 みな、精進するがい。」

 舞いの中盤、注意していないと聞こえない程の小声で そうひとちると、峰乃 赤松みねの あかまつは、舞台の中央最前へ。 その、完成された あまりにも優雅で神々しい舞いは、る者 全てを魅了した。
 舞うことを忘れて、棒立ちになる者。
 舞踊ぶようの完成形を会得しようと、振りを真似る者。
 共に舞いながら、あの頃を懐かしむ者。

 やがて、観客も一緒になって みなで舞い、春の訪れを祝ううたげは、終演を迎えた。


「……名残惜しいですが、ここで、山祭りの舞い手 一次選考の審査結果を発表して、うたげの終了とさせて頂きたいと思います。
 それでは、峰乃 赤松みねの あかまつ様。 どうぞよろしくお願い致します。」

「うむ。 今春こんしゅんは…… 瑞貴みずき、さくら!!
 枝葉えだはの振りが、優雅。 舞いも、美し。
 みなも、精進せよ!」

「はい! 峰乃 赤松みねの あかまつ様、有難うございました!
 皆様、お聞きの通り(私が思った通り)、瑞貴みずきと さくら、実力者同士の一騎打ち! となりました!!」

「なお、これから夏季かき枝葉えだはの成長や茂り具合を、峰乃 赤松みねの あかまつ様が ご覧になり、葉の舞いの二次選抜がされます。
 そして、山祭りの前日に、結果発表!
 その祭典で 舞台に上がり、『木の葉の舞い』の舞い手となるのは…… 瑞貴みずきか!? さくらか!?」

「皆様! 山祭りを、お楽しみに♪」


【5話 注釈】

●6 〝大平岩おおひらいわ
 その昔に起きた災厄さいやく大崩落だいほうらく』にも耐えた、巨大な一枚岩。
 その名の通り テーブル状で横長の平たい形をした岩で、現在は、山祭りなど神事の舞台として使われている。
 大平岩おおひらいわ壱乃峰いちのみね側には、大崩落だいほうらくからの復興記念植樹として、ソメイヨシノの並木が半円状に植樹されている。 

●7 〝壱乃峰いちのみね
 大平岩おおひらいわの西側にそびえ立つ、東谷で最も高い峰(1111m)。
 その北側には、弐乃峰にのみね(1022m)、参乃峰さんのみね(1003m)と峰々が連なり、また、東谷川の水源ともなっていて、すり鉢状の東谷の地形を形成している。
 壱乃峰いちのみね中腹ちゅうふく大崩落だいほうらくによって崩れ、流出した土砂が堆積たいせきした箇所かしょは、現在の 中腹ちゅうふく緩斜面かんしゃめんとなっており、本作のキャラ達が活躍する舞台とした。
 頂上付近には 峰乃 赤松みねの あかまつ生立せいりつしていて、峰の上部はブナやトチノキの高木こうぼくが生い茂る豊かな天然林てんねんりん中腹ちゅうふくに至る 大崩落だいほうらくまぬがれた箇所かしょにはスギ人工林じんこうりんやコナラ林、ホオノキ巨樹きょじゅなどを見る事が出来る。

★2 分枝ぶんし
 ケヤキのみきは、なかばから 樹冠じゅかんに向かうにつれて枝分かれするため、まるで天に向かっててのひらを広げたような樹形じゅけいになります。
 寿美ことみの舞いは、その樹形じゅけいをヒントにしています。

★3 葉を小枝ごと飛ばす:

ケヤキ たねつきの枝先えださき

 ケヤキは、そのたねをつけた枝先えださきの小枝ごと切り離し、葉を風に乗せて遠くへ飛ばす習性があります。
 そのため、まだ結実けつじつしていない時期でも、葉が開いていれば 風の強いときなどに、葉の付いた小枝が飛ぶ様子を見る事が出来ます。

★4 力枝ちからえだ
 本来はスギの枝打ちの話なのですが、『太く、瑞々みずみずしく、葉が茂り、生命力にあふれる枝は、落としてはならない』とされていて、力枝ちからえだと呼ばれます。
 もし力枝ちからえだを切除してしまったら、樹勢じゅせいが衰え、成長を阻害そがいし、良木に育つことが出来なくなるそうです。
 また、断面積の大きな切り口からは雑菌が入りやすくなり、みきの内部が腐ったり、下手をすればその木が枯死こしすることもあり得るそうです。
 作中では、アカマツ(ふたば)の 「力強い枝」の事を表現していますが、力枝ちからえだは、の生命活動にとって重要であることも、合わせて述べておきます。


【キャラクター紹介】ソメイヨシノ(桜)のに宿る精霊せいれい『さくら』

樹々きぎうたい、風に舞う』第一部 ~樹々きぎの恵み編~
5話【桜の舞い】

 最後までお読み頂き、ありがとうございました!
 特典としまして、各話の末尾にて【キャラクター紹介】を掲載しますので、合わせてお読み頂ければ幸いです。
 ここでは、これらのキャラ設定で出てきたアイデアを簡潔にまとめて、キャラ名と由来、モデルとした樹種じゅしゅ、木彫り彫刻キャラ作品画像、作中でのキャラ紹介の順に、掲載してあります。
 それでは、作者が頭を痛めて生み出したキャラ達と、魂を削って彫り上げた彫刻作品を ご覧くださいっ!

『さくら』
 キャラ名そのまま。

・モデル樹種じゅしゅ: ソメイヨシノ(桜) Prunus x yedoensis
 山中さんちゅう自生じせいしたソメイヨシノとして、キャラをイメージしました。
 どうしても桜キャラを登場させたくて、本編に〝桜の舞い〟のエピソードを追加して さくらを活躍させることにしたほどの、思い入れの強いキャラです。
 桜吹雪の美しさや、枝葉えだはの優雅さで我々の目を楽しませてくれる事を、キャラ設定に。
 さらに、花や葉や実が 森の恵みとなる事も、本編で描写しています。

木彫り彫刻キャラ作品『さくら』

・キャラクター紹介:
 『可憐な少女』とよく言われ、美形で大人びて見えます。
 14歳のわりには 落ち着いた性格で、とても丁寧な話し方をします。
 舞うことが大好きで、大得意。
 母の山桜やまざくらは、舞いの『山桜流やまざくらりゅう 枝葉舞しようまい派』の家元です。
 さくらの、巫女装束みこしょうぞくで舞い、回転に合わせて白衣しらぎぬ両袖りょうそで緋袴ひばかまが揺れる様は、『優雅』の一言に尽きます。
 楽しく舞う表情も素敵で、〝桜の舞い〟では大人気の舞い手です。
 また、とっちの事務所に和服モデルとして所属していて、めりあと人気を二分にぶんしています。

・衣装やルックス:
 表情は、峰乃 赤松みねの あかまつが、幼く明るくなった感じで、髪型も峰乃 赤松みねの あかまつそのままです。
 神事では、専用の巫女装束みこしょうぞくを着用します。
 高位な巫女にのみ許される〝前天冠まえてんかん〟と〝千早ちはや〟は着用しませんが、代わりに白衣しらぎぬ緋袴ひばかまがよく目立っています。
 特に後ろ姿では、千早ちはやに隠れていた、緋袴ひばかま腰帯こしおび部分の装飾を見ることができます。
 また、髪留かみどめの水引みずひきの装飾は控えめで、白衣しらぎぬそで緋袴ひばかま腰帯こしおびも適度な長さとなっていて、舞う際にはからまず程良ほどよく広がるようになっています。
 14歳 身長147cm


 6話【新緑の壱乃峰いちのみねで】に、続きます。。。


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