「Lady steady go !」第7話
かつては50.000.000以上の売上があり、従業員も5人に外注も使っていた坂口工業はどうしてこうなったのか?
理由は数字として過去の決算書をたぐれば掴めることもあるだろうが、今の代表にきちんと話してもらうことが大切だ。
「坂口さん、今坂口工業は経理のお母さんとスタッフ一人の三人で、たぶんお母さんは実際には給料取れていませんよね?」
美環は直近の決算書と貸借対照表を見つめながら、今の部署を任されてから何度も見たであろう同じような光景に苦い気持ちを味わっていた。
経営不振を解決するには財務状況を改善するしかなく、そのためには売上を上げること以外方法はない。
あとの方法はどんなものであれ抜本的な解決にはならないのだ。
「おっしゃる通り、経理上は役員報酬をはらった形になってますが無給状態です。
残念ですけど、それが現実」
リスケという禁じ手を使うことが最終手段なのは、返済猶予をもらえる代わりに一切借入ができなくなるからだ。
当然である。借金が返せない相手に誰も融資などしなくなる。
あとはヤミ金などの違法融資先しか借り手は存在しない。
「そこは一切ない」と坂口が断言したのは唯一の救いだったが、経済の血液は金とはよく言ったもので企業の血液もまた金なのだ。
血が巡らなくては命は続かない。
「平成25年に先代から事業継承されていますが、それ以前から急速に財務状況が悪化されています。
リーマンショックの影響ですか?」
「いや、単純な話でね、先代の父は本当に人のいい人間で友人の保証人になったんです。
自分が知ってたら絶対そうはさせなかった。
でも父は判を押し、その友人は夜逃げした。
二千万です」
「そうなる前から仕事が徐々に減ってきていました。
僕は実は会社勤めをしていましたが、どうしてもなんとかしたくて家業を継いだんです」
どこから手を付けようかと考えるのが難しいほど、手持ちのキャッシュが底を尽いている今の坂口工業の余命は一年も持ちそうにない。
美環は唇を噛んだ。
「坂口さん、まだ事業を継続したいのですか?」
美環は単刀直入に聞いた。
「本当はね、もう長くないってことはわかっているんですよ。
確かに出来は悪いけどこれでも経営者ですから。それぐらいは。
でもね、続けれる間は少しでも続けたい。
瀬戸さん、家業ってのは家族なんですよ。会社って、家なんです。
例えば、自分の子供が学校でいじめにあったら「世の中からいじめは無くならないから」って諦めますか?
諦めないでしょ。
それが家族ってもんなんです。
だから、できる限りのことをしたい。ただそれだけです」
美環はしばらくの間黙って坂口を見つめていた。
場の空気に押されて、同行した前田は一言も話せない状態だった。
「最後までやってしまったら、坂口さんの今後が厳しくなります。
それでも望むのなら、1、2か月程度の延命ができるかどうか。
坂口さんが決めてください。
どちらにしてもこちらもベストは尽くします」
「決めるも何も、最後までやりますよ。
絶望していられるほどヤワな心臓の持ち合わせはないんで」
坂口は迷いのない目で美環を見た。
愚痴をいう者、諦める者、優柔不断な者、逆ギレする者、さまざまな経営者を見てきた美環だったが、こんな目をした男を見るのは初めてだった。
逆境に燃えるのでもなければ、諦めているのでもない、自分を透かしてどこか遠くを見つめているような寡黙な眼差しを。
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