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「Lady steady go !」 第15話


美環の携帯に坂口寛から電話があった。

経営再建計画書をまとめて渡して以降、必要最低限のサポートにするためハートフードからは定期的なコンタクトは取っていない。
そもそも小規模事業支援に入る事業所に顧問契約をするゆとりがあったら、その資金を事業再生に回してもらわないといけない。
それがハートフード、いや、美環の支援スタンスだ。

「瀬戸さん、お話したいことがあるのでお時間いただけますか」

「今日の夕方ならそちらに伺えますよ」

美環はそれがどんな話か、おそらくわかっている。
だが、わかりたくはない気持ちだった。

「今日坂口工業に行ってくる」
スタッフの前田にそう言った。

「僕も同行ですか?」

「いや、私だけで行ってくる」

美環は出掛ける前に今井美知子に電話した。
非常勤の美知子はすでに退社した後だったからだ。

「今日の夜さ、付き合ってくんない?」

「子持ちの人妻に気軽に声をかけるものね」
彼女らしい台詞の後で、何かあるんでしょ?という言葉を残して美知子は電話を切った。
もし何もなければかわりに祝杯だなと美環は思った。


坂口工業の事務所で、その日の坂口は作業着ではなく普段着だった。
無地の紺のポロシャツに色の褪せたジーンズの坂口は、そう見ればちょっと味のある俳優みたいな男前だ。

「今日は仕事がなかったんでね」
ペットボトルですいませんといいながら、美環にお茶をすすめる。

「単刀直入にいえば、資金が底を尽きました。
ゲームオーバーです」

本当に前ぶりもなく単刀直入だなと思ったが、そんな感想に浸っている場合ではない。
ゲームオーバーの後をどう処理するか、敗戦処理の幕が切って下ろされたのだ。

「坂口さんはこの後どうされたいのですか?」

「この事業所を閉鎖して法人は解散。地所を売却し、借入金の返済に宛てます。
しかし、おそらく全額の返済は難しい。
全額返済できればいいが、そうでない場合四つの借入機関と返済割合の折衷が必要でそれは困難を極めると思います。

まずは瀬戸さん、僕は信頼できる不動産業者を知らない。
ハートフードさんがもし良い方を知っていたら紹介してもらいたい。

そして売却しても残債が残るなら、一緒にその折衷をお願いしたいんです。

正直こんな状況だから報酬をどうしたらいいかもわからない。
瀬戸さん、あなたはどう思いますか」

美環は真っ直ぐ坂口の目を見た。
負け犬の目だ。
負けを認めた男の目だ。
破れ去った闘士の末期だ。
でも、男は諦めていない。
人生を。

「私の肚は決まっています。
坂口さんのすべてが決着付くまでご一緒します。

それがソフトランディングなのか、ハードランディングなのか、どちらにしても覚悟はいいですね?
聞くまでもないですが」

坂口は自分のペットボトルのお茶を飲むと、美環に頭を下げた。

「不謹慎ですが瀬戸さん、格好いいですね」

「こんなこと言ったことないですよ。

坂口さんに影響されました。きっと」

美環はぎこちなく微笑み返した。

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