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PENTAX smc FA 50mmF1.4

30年に渡り市場にあり続けたこのレンズも、先日よりついにディスコンとなったとのこと。
思えば手にしてから20年、フィルムの頃から使っていたことになるし、デジタルになってからはほとんど使うことはなく、カメラバッグの肥やしになっていた。

もともと、28−80のようなズームレンズぐらいしか持っていなかったこともあり、いわゆる標準レンズがない時期が長かったのだが、特に困るようなこともなく。
無職の時期が終わり、紙媒体の制作で口に糊するようになってしばらく、商品撮影のために事務所を離れて暗幕に囲まれたスタジオに籠る日々が続く。

そこには職業として写真を撮影する人々がいて、その人の周りには、見たこともないような機材があり、また、撮影するものを美しく、正しく表現するために何人もの人が形を作っては運んでいた。
当たり前のことではあるが、置かれたものをめがけてただシャッターを切ればよいというものではなく、幾度も光を調整し、幾度かポラロイド撮影をし、何度もそれらをチェックして、はじめて、撮影することになる。
要は、たった1枚の写真のために何人もの人が作業をしていて、そこの端に自分はいた。
朝から日が暮れて、バスの心配をするぐらいの時間まで撮影を続けても、20カット撮れるか否か、というものだった。

職業としてカメラを操り写真を撮るという行為は、おそらく私のように粗雑な撮影とは似ても似つかず、ただただその精緻さに敬服するばかりであったことを覚えている。

仕事の合間の与太話

そのような期間を過ごすうち、何人か居るカメラマンのひとりがプライベートでも写真を撮ること、思いの外生活圏が近いこと、また、自分も写真を撮ることなど、他愛のない話をするようになる。

新しいカメラの話
近所の変な看板
撮影に行った場所の話
国道沿いの牛
手持ち機材の話

そこでのやりとりの中で言われた「え、標準レンズもってないやん」の一言によって、その日の帰路、梅田での寄り道先が決まった。

最初に買ったのは違うものだった

まず第一に「標準」とは何かをわかっておらず、話の流れからおそらくは50mmレンズがそうなのであろう、という程度の頭で店頭に並んだレンズを眺める。

仮に現在と異なるところがあるとすると、当時のレンズはおそらくフィルム撮影を前提とした考えで作られており、手ブレ補正などは考慮されていない。
加えて、開放値の明るさはデジタルと違って「失敗できない」フィルムでの撮影成功の可能性を高めるものであって、ボケ具合などへの言及は若干優先度の低いものであったように思う。

目の前に並ぶのは、同じPENTXの50mm。
一方はF1.4で、もう一方はF1.7。

その時は、価格差を許容できず、1.7を入手した。

その後数年

何らかのポリシを持って写真を撮っているわけではなく、漫然とレンズを向ける使い方から大きく変化はしなかったが、程なく、転機を迎える。

それは、WEBだった。

当時勤めていた社内において、紙媒体として制作していたあれこれを、WEB上にも再現していくという方針が明確に打ち出されたのであった。

社内では「パソコンなんかいらない」「ネットはいらない」「そんなもん信用できない」等々、新しいものへの忌避感を強く声に出す人々や、制作面では優れていたにもかかわらず、ユーザとして見たときには著しくレベルの低いような人が多く、自分の出来不出来を棚に上げて心配になる有様だった。

ともあれ。
インターネットを活用せよとの号令を受け、新たな部署が作られ、先行者利益獲得のためのキャンペーンめいた企画が動き出すことになる。

まだWEBが産業になっていない

ケータイに36万画素程度のカメラが付くか付かないか、といったその頃、印刷用のデータを転用したとはいえ、何が写ってるのかまともに判別できないようなケータイサイトで、月間で100万円程度の売上が生み出されることになる。
一方で、PC・ケータイを問わずサイトを作るための撮影手法やライティング、あるいは制作進行は斯くあるべきであり、斯く作るべし、といったものはまだ世になかったし、それらの作業、それらの役務の価格というものの目安も判然としなかった。
そのため、WEBでキャンペーンを行うとなった時、真っ先に問題となったのは、予算と人、ということになる。

たったひとつの冴えたやり方

そもそも、紙媒体が主体の事業。通常の撮影ついでにWEB用の素材などを都合よく撮影して作る余裕などない。まして、紙媒体と同様に雑誌の表紙を撮るような人物に頼んでいては予算がいくら有っても足りることはないことは自明。どうするつもりなのだろうか、裏金でもあるのかと、半ば呆れつつも自分の本業であるところの紙媒体側の撮影の段取りやサンプルの移動などの整理をしていた。

ひと通りの作業が片付いた頃、普段ろくに事務所にいた試しのない上司が隣に来て一言、
「お前、来週ロケな。」
「は?既にスケジュール等々決まってるし、私スタジオでブツ撮り立ち会いでしょ?」
「カメラ使えるよな?WEBの撮影。カメラマンに払う金ないねんてさ。」

翌日、有効期限切れのパスポートを手に改めて申請に行き、その後出社して不機嫌にその旨の報告し終わると、どうやら一緒に行く担当から撮影内容のオリエンテーションをしたいので時間をくれ、と。

日が出ている時間にしか撮影はできないのだが……

撮影すべき内容はというと、

  • ホテルから見る夜明けの太陽

  • 浜辺に沈む夕日

  • ロマンティックなレストランでのディナー

  • か⤴わ⤴い⤴い⤵雑貨屋でのイメージカット

  • エステスペースと、エステ施術シーン

  • その他、およそ興味のないあれやこれやが山程

それらに全てに「いい感じで」「かわいく」「乙女心をくすぐるように」という枕詞が付き、さらに「ときどきこのキャラクタも入れて」と手製の人形を渡される。

スタジオ、再び

本業のスケジュールを遅滞なく進め、引き継ぎの負担を減らするために、一連の馬鹿げた資料を手にスタジオへ向かい、翌週以降の立ち会いが交代となる旨とその理由を説明するとともに、目の前の作業を少しでも進める事に。

合間を使って、現地で調達することはまず無理と仮定した上で、自分の腕前や手持ち機材などから考え、必要なフィルムの数を割り出す。
36枚撮りで少なくとも30本。

明らかに自分には撮影の難易度が高い物もある。
用途が用途だけに。
失敗することができない。

職業的な撮影をしているわけでもなく、体系的に学んだわけでもなく。
基本的にひとりで処理できる範囲での対応になるとはいえ、責任だけは必要以上に求められる。
筋違いではあることを承知の上、いくつかの対象についての撮り方を教えてもらう事に。

例によって、梅田

その日は早めにスタジオからお暇し、例によっての梅田。
手に持ったカゴの中にはPROVIAが30本。
レジに向かう間も、自分が業務として指示を出された撮影が果たせるかどうか、どうしても不安が拭えず、焦る頭の中ではわからないなりにシミュレーションが続く。

その時、目に入ったのがPENTAX smc FA 50mmF1.4だった。

明るければいいというわけではないが

日没や日の出のような極端に明るさが異なるシーンをどう撮るのか。
間接照明ばかりで明るくないエステスペースを、それっぽくどう撮るか。
レストランで余分なものが極力写さないには、どうやってぼかすか。

明るいレンズなら。
露出が少々駄目でもブラケットで撮ればなんとかなるやろ……

PROVIAを更に10本取りに行ってレジに行き支払いを済ませ、、別のレジでPENTAX smc FA 50mmF1.4と実験用にとPROVIAをを2本買って家路ににつき、翌日2本のPROVIAは使い切った。

日の出

国内での移動に半日、そのまま更に9時間近くの移動となり、現地到着後は時差に悩まされつつも、順番に撮影を消化。

初日の宿はというと20階を超える部屋であったため、そのベランダは日の出を撮るには絶好の場所。ただ、かなりの強風。
日がまだ姿をあらわす前。
空が白み始めるタイミングから、何度も風に煽られて人形を落としそうになりながら撮影を開始。
日が姿をあらわすにつれ、静かだった隣のベランダから徐々に大きくなる嬌声が。
完全に日が昇る頃には止んではいたが、時差ボケや撮影の緊張、その他色々な情緒がないまぜになって、どっと疲れる。

日の出のあと

決められた時間にロビーに向かい、担当と合流し、その日の段取りを再確認して移動。
朝の出来事の加減からか、粛々、淡々。
担当が取材する隣で対象を撮影し、待ち時間に細かなカットを撮り進め、最後に浜辺での日の入りの撮影をもって初日を終える。
翌朝、再びロビーで合流し、その日の段取りを確認。その日のメインはエステだった。

エステ

宣材をもらって対応するような話ではあったのだが、現地についてひと通りの写真を取り終えたタイミングで、担当が施術を受けるのでそれを「顔がわからぬように」「然るべき部位が隠れるように」撮れ、と。

撮るのは良いが、それやってる間、寝れず、狭いシートで移動して体の強張っている私は待ってないといけないのね……

残り少なくなったPROVIAの封を切り、指示通りに。
なんだって泣く泣く自腹で買ったレンズで横乳撮らにゃならんのだ。

結局、PROVIAを使い切った

その後、予定になかった店やスポットなどをとにかく撮影し、持参したPROVIAをすべて使い切って終了。
帰宅した翌朝にすべて現像に出し、翌々日に引き取りに。
引き取ったポジはすべて担当に引き渡し、チェックが終わって手元に帰ってきたポジを確認すると、エステの箇所だけバッサリなくなっていた。

デジタルで使った写真が殆どない

ボケの確認に
提灯の文字があまりにもシュールで
きのこというだけで絵になる

おそらくは心身ともに最も過酷な撮影に使ったこのレンズ。
新しいオールドレンズとか言われているようだが、手元にあるうちは、K-3Ⅲでも使ってみよう。

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