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続・デザイナーとライターの交差点 #315

以前、『デザイナーとライターの交差点』と題して自分が【デザイナー/ライター】としてすべきことを考えてみた。このテーマについて引き続き考えてみたい。


デザインにライターは必要

デザインにライターが必要であることの論拠として、あらためてデザインファームIDEOのCEO(当時)であるティム・ブラウンによる『デザイン思考は世界を変える』を参照する。

デザイナーは物語の達人と考えることができる。説得力や一貫性があり、信頼できる物語を築き上げる能力が問われるのだ。デザイン・チームで、ライターやジャーナリストが機械技師や文化人類学者と肩を並べて仕事する機会が増えているのも、不思議ではない。

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『デザイン思考は世界を変える』で提案されていたライターの必要性は、この本が出版されてから十年近くが経った今でも変わらない。2021年に英国デザインカウンシルが発表した「システミックデザインアプローチ」では、「ストーリーテラー」という役割がデザインに必要とある。物語やストーリーもデザインの対象として認識することが最初の一歩となるだろう。

②Leader, Storyteller(リーダー、ストーリーテラー):希望に満ちた未来を描き、その可能性や重要性について素晴らしいストーリーを人々に語る人。複数の異なる価値観を持つステークホルダーと交渉をし賛同を得て、仕事をやり遂げる粘り強さを持つ。


デザインプロセスでも文章が必要

私が留学していたパーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designの卒業制作では、「Project Statement」として200words程度(原稿用紙約1枚分)でプロジェクトの概要を説明するという課題があった。プロダクトやサービスのプロトタイプを見せることも求められるのだが、その背景にはどのような狙いや意図が込められているのかを文章で言語化する重要性を学んだ。

ちなみに、田中泰延による『読みたいことを、書けばいい。』でも、テレビコマーシャルを作る際も言葉で企画を考えたり説明したりしながら進み、映像になるのは最後だと書かれている。絵コンテでイメージを具現化するにせよ、その補足説明は言葉でなされるとある。

このように、アウトプットとしてユーザーが直接目にする文章をデザインするだけでなく、デザインプロセスにおいても文章が求められる。デザインの意図を言語化することで、デザイン・チームで同じビジョンを共有でき、より強固な協力体制を築くことができるからだ。


UXライターの登場

デザインにおけるライティングの必要性は理論的には前述のような説明がなされるだろうが、実際のビジネスの現場ではどのような立ち位置にあるのだろうか? 以下の「なぜデザインチームにプロのライターが必要なのか」から引用してみる。

2017年のDesign in Techの講演では、ジョン・マエダが「グラフィックや映像だけでは意味が通じないこともあり、言葉はとても重要だ」と言いました。Fast Co Designがその後「Forget Coding: Writing Is Design's Unicorn Skill(ライティングはコーディングを超える人気のスキルだ)」とまで断言しました。

デザインがUX(User Experience、ユーザー体験)を対象とするようになったトレンドとも重なり、UXライティングという分野が誕生した。「ユーザーはテキストを読まない」ということを前提に、インタフェースとして短くて分かりやすい文章をデザインする必要性が理解され始めている。

デザインというとピクトグラムのようにイラストやアイコンで説明する印象もあるが、異文化間ではイラストだと伝わらないこともある。「ならば、言葉で説明してしまえ」というスタイルもあり、以下の記事で触れられているように、ニューヨークでは文字中心のデザインを見かけることもあった。文字の意味を狭めていく特性がメッセージを一意に伝えるために役立つのだろう。

UXにおいてライティングが重視されるのは、こうした海外の文化的な背景に由来しているのかもしれない。「言葉で言わなければ伝わらない」という多様性のある社会では文字が好まれ、「相手の意図を察することが美徳だ」とされる社会ではアイコンが好まれると考察することもできるだろうが、今回は深入りしないことにする。

余談:↑ピクトグラムを使ったパフォーマンス


差別化のための文章 vs. センスメイキングのための文章

『システミックデザインの実践』では、デザインは「おなじみのものを変わったものにみせる」ストレンジメイキング(差別化)の時代から、「共通の関心事を説明する一貫した論理をかたちづくろう」とするセンスメイキングの時代になると書かれている。

UXライティングは、どちらかと言えばストレンジメイキングのための文章に思える。ユーザーに自分たちのサービスに好意を抱いてもらう、不明瞭な説明で不快にさせない、世界観やブランドイメージを伝えるなどが目的で、他社のサービスとの差別化が求められているだろう。

では、センスメイキングのための文章とはどんなものだろうか? 私が知っている限りでは、まだセンスメイキングのためのライティングは主流ではないと感じるが、着実に登場している。

たとえば、『デザイン思考は世界を変える』でも文化人類学者がデザイン・チームに必要だと書かれていたように、文化人類学的なエスノグラフィーはデザインにも取り入れられている。また、スペキュラティブ・デザイン的な文脈では、インテル社にいたブライアン・デイビッド・ジョンソン氏が提唱する「SFプロトタイピング」という手法があるようだ。

デザインにおけるライティングには、UXライティングのようにプロダクトの使いやすさの向上だけでなく、デザインプロセスを記録したり目指す未来を思い描いたりと、より長期的な視野でセンスメイキングをするためのライティングもあるのではないか。

こうした文章は目に見える効果が即座に出ることもないだろうし、利益につながることもないのかもしれない。経済的な成功にはつながらずとも社会的なインパクトがある文章をデザインの立場から生み出していくことができるだろうか。


デザイン×ライティング=?

デザインといえば二次元や三次元のアウトプットを思い浮かべるかもしれないが、文章という一次元のアウトプットも重要になってくることを見てきた。その時に必要なのはライターやストーリーテラーと呼ばれる役割かもしれない。今後もデザインにおいて文章の持つ役割を考えてみたい。

ここまで様々なものを参照してきたが、結局は「人間はテキストを読まない」という前提を覆したいだけなのかもしれない。「分かりやすい=良い」という常識を疑っているだけなのかもしれない。むしろ、テキストを読む面白さを知ってもらいたいくらいだ。

俳句のように量に制限があるからこそ生まれる美しさがある一方で、本当に大事なものは短くも分かりやすくもできないというのも確かだろう。禅の「不立文字」のように、そもそも言葉では説明できないのかもしれない。ヴィトゲンシュタインのように「語りえぬものについては沈黙しなければならない」のだろうか。

それでも、人間は言語を使って考え、言語でアイデアを共有する。文章を書いて誰かのセンスメイキングの助けになることが、自分の考えるデザイン×ライティングのあり方の一つだ。こんな仕事はこの世に存在しないのかもしれないけれど。

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