最先端のデザイン!? システミックデザインとは? #303

デザインの歴史は、デザインする対象が拡大してきた歴史。二次元のグラフィックから三次元のプロダクトへ、今では目に見えないサービスや体験までもがデザインの対象となっています。その歴史の最先端とも言える最も大きくて抽象的な対象であるシステムを扱うデザインとしてシステミックデザインという手法が提案されているようです。

そんなシステミックデザインを学ぶために『システミックデザインの実践』を読みました。この記事では本書を読んでみての学びを書いてみます。要約や解説ではないことをご了承ください。

ちなみに、日本語版序文は以下の記事から読めます。

システミックデザインとは?

まず、システミックデザインとは何でしょうか? 『システミックデザインの実践』の出版社による紹介文から引用してみます。ざっくり言えば、システミックデザインとはシステム思考を用いたデザインです。

ますます複雑化する社会課題/ビジネス課題に立ち向かうには、システム思考的なホリスティックな捉え方とデザイン実践によるアプローチが必須です。その両者の融合とも言える「システミックデザイン」にぜひ触れてみてください。

https://note.com/bnn_mag/n/nb7ba0c6caf8a

ホリスティック(全体論的)な視点

このシステム思考の特徴である「ホリスティックな捉え方」というのが重要でありながら難しい。なぜなら、普段の生活や仕事、学校教育のほとんどの場面では、その逆の還元主義的な捉え方をするからです。以下では「西洋人」とされていますが、いわゆる科学的・論理的な思考に慣れ親しんだすべての人にとってシステム思考は新鮮なものに映るはずです。

システム思考は自然に理解するのが難しい考え方で、というのもわれわれ(西洋人)のほとんどは直線的な思考、つまり公式を使ってパターンを分析するといった、システマチックな連続体を単純な連鎖や因果関係で捉えるやり方を刷り込まれている。また、問題解決の習慣、つまり直線的で段階的なプロセスを用い、状況を解決すべき問題として認識する習慣も根づいている。

32ページ

デザイン思考を還元主義的とするならば、システム思考は全体論的。デザイン思考は外科手術で悪い部分を取り除けばいいと考えるのに対し、システム思考は鍼治療で自然治癒力を高めるという違いがあるような印象です。両者に優劣があるというよりは、それぞれの得意分野に合わせて使い分けるのが良さそうです。

文化をデザインする

システムを考慮していないサービスは社会に定着しないという問題意識がシステミックデザインの根底にはあります。以下の引用文中における「相互に重なり合い、影響し合うルーティンや慣行や制度」はシステムとほぼ同義です。

デザインされたサービスが人々に認知され、利用され、次第に普及していくということは、相互に重なり合い、影響し合うルーティンや慣行や制度の、意図的な、また意図せざる変化や再編のプロセスとして理解できる。逆に言えば、そのような制度的変化をもたらすことのできないサービスのデザインは、どれほど魅力的な体験を提案できたとしても、社会に浸透し、インパクトをもたらす可能性は低くなる。

11ページ

システム思考とは、問題解決や介入が単発で終わることなく文化として残ることを目指すために中長期的な視点を持つことと言えそうです。何か新しい植物を育てるならば土地というシステム全体を世話をしなければならないし、人間でも移植手術や輸血には人体というシステムからの拒絶反応がないように配慮するのと似ています。

Transdisciplinary Designもシステミックデザイン的?

ちなみに、私はこうしたシステム思考についてはパーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designの必修授業(TD Seminar)でも学びました。使っていた教科書はドネラ・H・メドウズによる『世界はシステムで動く』です。

TD Seminarの担当講師でもあったJamer Huntの唱えるScaleにまつわる考え方にも近いように感じました。たとえば、以下の動画(26:21~)では、「都市での自転車生活を快適にするには?」という例を挙げ、自転車自体のプロダクトデザインというミクロな視点からライドシェアサービスや公共政策というマクロな視点まであると述べています。「どのスケールで考えればいいだろう?」と視点を切り替えることは、システミックデザインと似たような頭の使い方だと思いました。


デザインジャーニー

さて、ここまではシステミックデザインの必要性と概要について見てきました。では、システミックデザインとは具体的にどのようなものなのでしょうか? 本書では大きく5ステップ(細かくは7ステップ)からなるデザインジャーニーをステークホルダーとともに歩むこととされています。

1. フレーミング
フレーミングは発見のプロセスで、課題、範囲、プロジェクトで扱うシステムに関する共通理解を得るのが目的となる。アイデア創出のアプローチを採るが、目的はシステムを見定めて今後のプロジェクトの枠組みを決めることだ。

2. センスメイキング&アナリシス
重要なデータを集めてまとめたら、「意味づけ」とパターン発見のプロセスに入れる。「聴く」および「理解する」の段階で、主にデータ分析、重要なパターンの把握、検討を行う。

3. リフレーミング
リフレーミングの目的は、課題に関して打ち出した公式や、調査と分析でわかった内容を評価、検討することだ。リフレーミングは、現状分析と「可能性」の創造の橋渡しを補助する。ここで課題そのものや、課題の価値、課題がもたらす機会を見定め、プロジェクトの明確な目標を設定する。

4. コ・デザイン
コ・デザインのワークショップは実用的で形成的なセッションで、具体的な判断やプロダクトにつながる。この2つの段階では、協働型のデザインプロセスを通じて今後の戦略、そして戦略実行のための組織としてのアプローチを定める。

5. ロードマッピング
名前から推測できるとおり、ロードマッピングでは戦略的道のりと方向性に関する合意を得て、組織変更やガバナンス、デザイン/変革プログラムの手順を進められるようにする。

88ページ

以上のステップを辿ることでシステミックデザインを実践していきます。1. フレーミングと2. センスメイキング&アナリシスで現状理解、3. リフレーミングで理想の状態を定義、4. コ・デザインと5. ロードマッピングで理想と現状のギャップを埋めていくという感じでしょうか。

ただし、このステップは順番に進んでいく必要はなく、状況に合わせて使えば良いとのこと。参加者同士で「今はデザインジャーニーにおけるこのステップにいるよね」と認識をすり合わせるために役立てるもののようです。


システミックデザイン・ツールキット

本書では、デザインジャーニーの各ステップに対応したデザインツールも紹介されています。著者はこうしたデザインツールを使うようになった理由として、システミックデザインをはじめとする既存のデザイン理論を実践したり伝えたりすることの難しさを挙げています。

システム思考は一時期だけ流行したものの、大手企業で本格的に用いられることはほとんどなかった。抽象的で熟慮を要する手法を採用するまでには莫大な労力が必要だったからだ。

49ページ

示唆に富む理論は、大胆な解決策を想像し、リフレーミングを行うきっかけになる。それでも、こうした考え方はきちんとした手法を用いることを避けがちで、実践の型が示されておらず、そのため理論的な価値を活用しづらい。

447ページ

「どうすればシステミックデザインを多くの人に実践してもらえるのか?」という問いへの答えがシステミックデザイン・ツールキットです。システミックデザインを実践するにはシステム思考やデザイン思考に慣れている必要がありますが、考え方を身につけるには時間がかかるもの。そこで、初心者でもシステミックデザインを実践しながら学べるようにデザインツールが開発されています。

デザインツールはワークシート形式になっていて、空白部分を埋めていくことでシステミックデザインを実践できるようになっています。こうした工夫により、システミックデザインに馴染みのないステークホルダーとともにデザインジャーニーを進められるように工夫されているのです。

掲載されている30個のデザインツールを一つひとつ紹介することはできませんが、以下の画像で雰囲気だけでも感じていただければ幸いです。

Amazon 本書紹介ページより
https://actant.jp/publication/book_systemicdesign/
https://actant.jp/publication/book_systemicdesign/
https://actant.jp/publication/book_systemicdesign/

全てのツールキット(英語版)を見てみたい方は、以下のページからダウンロードすることもできるようです。


まとめ

本書での学びを以下の3点に整理してみます。

システミックデザインはデザイン思考とシステム思考のいいとこどりをした手法である。
・5ステップから構成されるデザインジャーニーをデザイナーとステークホルダーが協力しながら進めていく。
・デザインジャーニーの各ステージに対応したデザインツールを媒介にしてステークホルダーとワークショップを繰り返す。

システミックデザインによって得られる成果は何なのでしょうか? もちろんシステムをより良いものにデザインしていけるという点なのですが、私はむしろ「自分がシステムという壮大な『何か』の一部であることに気付くこと」だと思いました。

システミックなデザインにとって、デザインに加わるステークホルダー(個人であれ、組織であれ)は皆システム内の存在であり、デザインの活動もまたシステム内で自己言及的に起こるリフレクシブな(自分自身の価値観や行動、それ支える前提を省みる)行為とならなければならない。それは、私が対象としてシステムを変えるのではなく、システム内の私が自ら変わることでシステムを変えていくようにデザインに臨む態度と言える。

14ページ 太字は私によるもの

従来のデザインではデザイナーとデザインの対象物がそれぞれ主体と客体とに分かれていますが、システミックデザインではそのどちらもシステムの構成要素として同列に扱うため、両者の垣根が曖昧になります。デザイナー自身の態度や認識がデザインの対象となるというのが、今後のデザインの主流となるのかもしれませんね。


おまけ

本書ではデザインツールの使い方が具体的に紹介されています。それでも、「本を読むだけでは物足りない。実際にシステミックデザインを体験してみたい」というそんなあなたに朗報です。ACTANTでは本書『システミックデザインの実践』に基づいたプロジェクトを準備中なので、乞うご期待!

ちなみに、私は2023年6月からACTANTで働くことになり、メインの業務はこのプロジェクト。パーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designでの学びも活かしながら、システミックデザインを日本に伝えていくことになりそうです。

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