おしりを洗う技術は世界一
日本のトイレを語るうえで、必須アイテムになりつつあるのが「温水洗浄便座」です。
TOTOの登録商標である「ウォシュレット」という名前で覚えている人も多いでしょう。そうです、おしりを洗う装置のことです。
日本デビューは、1964年。東洋陶器(現TOTO)が米国製の製品を、伊奈製陶(現LIXIL)がスイス製の製品を輸入販売したところから始まります。
それから半世紀が経ち、一般社団法人日本レストルーム工業会に掲載されているデータによれば、2017年の時点で、普及率が79.1%となっています。驚異的な普及率だと思います。
※グラフは一般世帯の普及率、保有状況
(一般世帯:全国の一般世帯のうち外国人・学生・施設等入居世帯、世帯人員が一人の単身世帯を除く世帯)
※普及率:所有している世帯数の割合
※保有数量:100世帯当りの保有数
出典:内閣府 消費動向調査
TOTO社の温水洗浄便座「ウォシュレット」について、前回に引き続き、TOTO株式会社広報部にお聞きしたことをもとに説明します。
ウォシュレットにはコンパクト化や省エネ化、おしりを洗う噴射角43度など、様々な技術が凝縮しているのですが、今回私が注目するのは、おしりを洗う水の節水化です。
ウォシュレットで1分間に使用する水量は最も使用水量の多かったモデルに比べて約1/3の430mlにまで節水化されているのです!
ただ、お話を聞いてみると、430mlという数値は、節水化を追究して得られた数字ではないということが分かりました。
ではどこから導き出された数値かというと、まず、おしりを洗うときに心地よく感じる最適な水温は、研究の結果「37.5度」と判明。つぎに、私たちの住宅で使用できる電力は、ブレーカーの容量から1200Wと決まっています。
この1200Wの電力で瞬間的に温水にできる水量の上限が1分間に430mlだったのです。
つまり、目指す水温と、それに使える電力が決まっていたので、使える水の量も自ずと限界が設定されたということなのです。ちなみに、ヒーターを使って瞬間的に加熱して温水をつくる方式を「瞬間式」といいます。
ちょっと待てよ、温水タンクに溜めておいて必要なときに使用する「貯湯式」なら、節水の必要がないと思った方、するどいです。貯湯式の場合、温水タンク容量を大きくすれば、たっぷり使うことができます。
ただし、瞬間式には「湯切れしない」「タンクがない分、コンパクト化できる」「貯湯式より省電力」のようなメリットがあります。
そこでTOTO社は、430mlでたっぷり感をもたらす瞬間式の吐水技術を開発することにしたのです。
節水技術として候補にあがったのは「1.空気を混ぜて噴射する」「2.水をドリルのように振動させて広範囲に噴射する」「3.鉄砲の玉のように連射して噴射する」の3つです。
キッチンやシャワーなどでは、空気を混ぜて吐水する技術が用いられているため、1番かな、と思ったのですが、答えは、なんと「3番」なのです!
空気を混ぜるとどうしても優しい噴射になってしまうし、振動させると節水量に限界があって目標の430mlまで達しなかったそうです。よって、3番目の選択肢が選ばれました。
「おしりに連射」と言われると、なんだか不快な感じがしますよね。
でも、ここからが水を操る技術の見せどころです。TOTO社は、人の感覚器を調査し、おしりが感じ取れないぐらいの間隔で連射することを決めました。連射が早すぎて、レーザービームのように撃たれていると感じてしまうのです。
では、どうやって水玉をつくっているのでしょう? 実は、水流の途中に小さな電動ポンプがあって、1秒間に100回、スピードを変化させているのです。こうすると、先に出た遅いスピードの水に、後から出た速いスピードの水が追いついて、重なったところで水玉ができることになります。
https://jp.toto.com/products/toilet/kokoga_sugoi/comfort/
この水玉がちょうど肛門の位置でできるように設定すると、水玉が連続的に、というよりレーザービームのように、ドドドーッと肛門にあたることになります。
これをノズルの噴射ポイントから肛門までの約6㎝の距離でやっているのです!
決められた水量をキープしながら、強力で浴び心地もよいって、ミラクルだと思います。
https://jp.toto.com/products/toilet/kokoga_sugoi/comfort/
世界には、おしりを紙で拭くのではなく、水洗いする文化があります。温水洗浄便座は、そういった文化圏にも広がっていく可能性がありますね。
最後に、温水洗浄便座にまつわるエピソードをひとつ紹介させてください。
私には電動車いすユーザーの知人がいます。彼は握力が極端に弱く、せいぜい名刺を持つのが精一杯です。そんな彼に言われて心にずっと残っていることがあります。
握力がほとんどないということは、トイレットペーパーを巻き取って、それでおしりを拭くことはできません。つまり、彼は常に誰かに拭いてもらわなければならないのです。そんなのって、嫌ですよね。
そんな彼が「俺、温水洗浄便座があれば、一人でトイレに行けるんだよ」と言ったことが忘れられません。
もともと温水洗浄便座は、自分で拭けない人などのために開発された製品です。多様性社会を実現するためには、トイレだって多様なニーズを受け止められるようにすべきです。そうじゃなきゃ、多様性社会なんてウソですよね。
そういう意味でも、温水洗浄便座はもっと普及してほしいと思います。
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