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アンプロダクティヴ・ベイビーズ!

6時限目終了のチャイムが鳴った。
掃除もそこそこに切り上げ、部活棟に向かう。

俺が通う砦北(さいほく)高校は都内にあると言っても、割と田舎の方に位置している。
そのため、アクセスは悪いが土地は持て余しており、部活用の道場やグラウンドが数多く設備されている。
今向かっている軽音楽部のスタジオも、そのうちの一つだ。
部活棟の一階、入り口手前の2部屋がスタジオになっていて、一つは俺たちのバンド専用になっている。
砂ぼこりと、歴代先輩方の卑猥な落書きに塗れたそのスタジオのドアを開けた。

「うぃーっす」
「うーっす」
「おーっす」

キーボードの英(あきら)、ドラムの陸(りく)は既に来ていた。

「お前ら、今日は早かったんだな」
「翔(しょう)が遅いんだよ」
「しゃあねえだろ、掃除当番だったんだから。で、練習してんの?」
「見りゃ分かるっしょ、マンガ読んでる」
「じゃあそのスティックは何のために持ってんだよ」
「知ってるか翔。ペン回しには、余計なことを考えないようにする効果があるらしい。てことはだ、スティック回しながらだと、より集中してマンガが読める」
「なるほど、じゃあ集中する対象をドラムに変えてくれ」
「ドラム叩いてたらスティック回せねえだろ」

今日も陸の屁理屈は絶好調。
こいつとは幼馴染で、小中高とずっと一緒の学校だ。
俺がバンドでギターをやりたくて、とりあえず声をかけたら「ドラムならやる」と言ったので、メンバーになってもらった。
結果はこのザマである。まあ、分かってはいたけど。

「で、英は?」
「僕は勉強してるから、お構いなく」
「構うよ。むしろお前が俺らを構ってくれ」
「勉強なら教えるって言ってるだろ」
「キーボードを練習してくれって言ってるんだ」

英は学年1位の勉強ヤロウで、ピアノの天才、俗にいう完璧超人ってやつだ。
入学から1か月までは帰宅部だったが、5月から軽音楽部に入部し、俺のバンドのキーボードの座に居座るようになった。
学校から真っすぐ家に帰ると親に予備校に連れていかれるらしく、そしてその予備校のレベルが本人曰く「低すぎて話にならない」ものだったらしい(英の知能指数が高すぎるだけだと思う)。
そんなとこに通いたくない、しかし部活に入らなければ学校から帰らない理由がない、ということで、たまたまバンドメンバーを募集していた俺を言葉巧みに説得し、軽音楽部への入部権利を勝ち取った。
じゃあバンドに参加しているかと言えばそうではなく、予備校の2歩先(本人談)の内容の勉強を、わざわざスタジオで黙々とこなしている。

「勉強なら家に帰ってやれよ」
「何度も言っただろ、家に帰ると予備校に通えと親が五月蠅い。あんな環境で勉強するくらいなら、音楽になり損ねたままで増幅された電気信号をBGMに勉強する方がマシだ」
「……え、今、俺のギターdisられた?」
「案ずるな。最初から上手く弾ける奴なんて1%もいない。ちなみに僕は1%以内の人間だった」
「だってよ、翔。俺らはのんびり上達してこうぜ」
「元から上手かった奴と、ろくに練習もせずに下手なままな奴に慰められたくねえ」

他に楽器弾ける奴がいるなら、即刻こいつらを交代させてやると思っているが、残念ながら今のところ見つかっていない。

「お前らがやらなくても、俺は練習するからな」

何十年前のものか分からないくらい古いアンプに、エレキから伸びたシールドを挿す。アンプの電源を入れると、ヴーンというかすかな音が響いてきた。
この音、何度聞いてもワクワクするんだよなあ。
アンプとギターのつまみを回して、ピックを手にする。よーし、と意気込んでストロークしたが……。
「――あれ?」
「ん~どうした~」
「アンプから音が出ねえ」
「ボリューム上げ忘れてるんじゃねえの」
「いや、そんなことない。電源も入ってるし、エレキと繋ぎ忘れてることもない。とうとう逝ったか?」
「叩けば直るんじゃね?」
「そんな、昭和じゃないんだから」
「今って昭和96年だろ?」
「平成生まれが何言ってるんだ」
「ちなみに天正449年でもある」
「英は急に口を挟むな、そして天正になおすな」
「お、安土桃山時代じゃん、いいねえ」

マンガを読んでた陸が、ここで顔を上げた。
なんで咄嗟に何時代か分かるんだ、こいつ歴史得意だったか?

「信長って、ギタボだよな」
「気が合うな、陸、僕もそう思う」
「さすが、英。やっぱ凡人とは違う」

え、急に何の話をしてるの?
全く分からないんだけど。

「じゃあ陸、秀吉は何だと思う?」
「折角だから、せーので言ってみないか?」
「いいだろう、せーの」
「「ベース」」
「「だよなあ!」」
「だよなあ、じゃ、ないんだよ!」
「やっぱベーシストは変態じゃなきゃ務まらん」
「あの時代で、女にしか興味を持たなかったのは、いっそ清々しくもある」
「無視するなよ、おい」
「なんだ、翔。お前もホトトギスバンドのメンバー当てに参加したかったのか?」
「といっても、スリーピースバンドだから、残りは家康のドラムで確定なんだがな」
「――練習しろって言ってるんだよ!!」

バン!
頭に血が上って、アンプを叩いてしまった。
すると……
――ジャァ~ン

「お、アンプ直ったじゃん」
「やっぱ叩くのが正解だったな」
「じゃ、練習頑張れよ」

そう言って、英と陸は勉強とマンガに戻っていった。
……はぁ~、結局今日も一人で練習かよ。
俺は虚しく、音楽になり損ねている電気信号をかき鳴らすことにした。

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