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【読書感想文】戦場のコックたち:深緑野分

兵士が敵を撃つのと雑貨屋の息子が青年を殺すことは同じだろうか。では、雑貨屋の息子が兵士になったらどうなるのか。

物語は至ってシンプルだ。
米軍のコック兵通称”キッド”が大戦下の欧州を転戦する。立ち込める硝煙、戦車の地響き、凍える塹壕、そこら中に充満する死の匂い...。膨大な参考文献に裏打ちされたリアリティに読者は圧倒されることだろう。

いつ死ぬか分からない恐怖、それ以上に殺さざるを得ない恐怖が描かれる。それは「葛藤」というような生易しいものではなく、自分が自分でなくなるような恐怖だ。

キッドは悲惨な殺し合いの中で「良い人間」であろうと必死にもがき続ける。彼の内なる戦いは、主に二つのことに支えられている。
一つは料理。それは祖母に教えられた「良心」を呼び覚ます。彼は戦場でも人の痛みを思いやる。
もう一つは謎解き。戦友エドは常に物事を客観的に捉え自分の頭で考える男だ。キッドは彼と転戦するうちに「科学的思考」を学んでいく。

翻って、平和な国に住む私たちは「良心」や「科学的思考」を失っていないだろうか。雰囲気に流されて、見ず知らずの人に怒りや憎しみを募らせていないか。私たちはもう、戦場にいるのかもしれない。

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