小説「剣闘舞曲」EX

  はじめに

 本作は拙作「剣闘舞曲」に寄せられたファンアートに触発されて、書き下ろした外伝的短編です。
 初めて読む場合を想定して書きましたが、読み終えた後、または読む前に「剣闘舞曲」をお読み頂けると、より楽しめるかと思います。
 また、本作中には、暴力的な表現、怪我や傷の表現が含まれます。
 予めご了承の上お読みください。

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  劫火ごうか剣槍けんそう

 マギニウムと名付けられた、複雑怪奇な特性を持つ物質から、世界を揺るがす技術が生まれた。
 魔法。
 そうとしか形容出来ないと誰かが言い、その言葉は瞬く間に大陸中に轟いて、魔法技術発祥の地、フランゲーテ王国はその名に『魔法』の字を刻み、フランゲーテ魔法王国と成った。
 通常、鉱石の形で産出されるマギニウムは、加工し易い上にわずかな形の違いや、め込む対象の形や材質によって特性を変幻自在に変える為、魔法技術の黎明期れいめいきから既に数え切れない程の魔法が編み出されていった。
 そんなマギニウムを用いた武器は、フランゲーテ魔法王国で盛んに行われていた闘技場にも取り入れられ、国家の中核たる中央都市では、不定期に催される大会――剣闘舞曲祭が人々の注目を集めている。
 武勇を示し、ただ名を揚げる事を目的とした戦士達が集う、巨大な花を模した石造りの闘技場から、大きな歓声が湧き上がった。
 剣闘舞曲祭の五日目、全七日間の開催期間の内、折り返しを過ぎて中盤を締めくくるこの時に、観客が最も期待を膨らませる組み合わせが現れたのだった。
「まずは南側! ここまで並み居る強豪を炎で呑み込んできた女戦士! 劫火ごうか剣槍けんそう! マリアンヌ・フランクリン!」
 マギニウム製の拡声器を通して会場中に響く司会者の声に合わせ、甲冑姿かっちゅうすがたに巨大な木箱を背負う女戦士――マリアンヌが、戦場に引かれた白線、開始線の前に立ち、重たい箱を横たえる。
「続いて北側! ここまで一太刀で試合を決めてきた最速の男性剣士! 剣閃のはやぶさ! エマニュエル・トラヴェルセーヌ!」
 対するエマニュエルは、腰に提げた直刀の他には金属を身に付けておらず、一反の布を切り出した様な衣服を三つ重ねて、長く垂れる袖や裾を揺らめかせながら、ゆったりと開始線に着いた。
 それを横目に、木箱を開けて円錐状の硝子で出来た槍を取り出したマリアンヌは、それを肩に担いで瞑目めいもくするエマニュエルに笑う様な鼻息を零す。
「おい、エマニュエル。薄目で見てねぇで堂々と目を合わせたらどうだ? 女と話すのは恥ずかしいってか、お?」
 試合開始直前、選手に許された自由な時間に、マリアンヌは敢えてエマニュエルを煽った。
 しかし、エマニュエルはマリアンヌの言葉に眉一つ動かさないまま、落胆の色が乗る溜め息を吐く。
「全く、品性に欠ける御仁だ。――私はこの場所に、剣で語らうべく足を運んでいる。相手の素性など、その時に知れば良い事だ。……これで満足かな?」
 最後は子供に向ける様に言い放ち、エマニュエルは再び溜め息を零して見せた。
 その態度がマリアンヌの怒りに火を着け、歪んだ笑みを浮かべさせる。
「てめぇ、糞野郎が、泣かしてやるよ」
 吐き捨て、肩から硝子槍を下ろしたマリアンヌが、開始線を踏んだ。
「両者そこまで! 準備は良いか!?」
 司会者とは別の、選手がぶつかり合う戦場に共に立つ審判員が声を張り、二人は沈黙を答えにする。
「試合開始!」
 審判員の右手と共に上げられた声に合わせ、エマニュエルは衣服をはためかせて鯉口を切り、マリアンヌはその場で足踏みをして鉄靴を鳴らす。
 がつがつと鳴る鉄靴の音の最中に、そこから爆ぜる火花の音を聞いたエマニュエルが眉根を寄せた。
 瞬間、ひゅっという呼吸音と共に、二つの開始線の距離、十メートルを軽々と跳んで、エマニュエルがマリアンヌの眼前に迫る。
「はっや」
 ほとんど反射的に硝子槍を構えたマリアンヌは、一も二もなく後方へ吹き飛ばされた。
 全身に着込んだ鎧の重さをたくみに活かして着地するマリアンヌに、エマニュエルは再び迫る。
 一合目よりも数瞬は多く生まれた猶予の内に太刀筋を見極めたマリアンヌは、硝子槍を構えて体重を乗せ、真正面からエマニュエルの斬撃を受け止めた。
「ったく! 乙女の支度は――」
 叫ぶ間に硝子槍の表面を滑らせて、エマニュエルが回転する。
 その動きにも反応してのけたマリアンヌは、エマニュエルの繰り出す横薙ぎの刀に硝子槍の最も太い根元を打ち付けて、地面へと叩き落とす。
「紳士じゃねぇなぁ! クソッ!」
 毒突いて後方に跳び、距離を取ろうとするマリアンヌにエマニュエルは食らい付き、マリアンヌは意図せず鍔迫つばぜり合いに持ち込まされた。
 乗り出す様に近付けられたエマニュエルの顔が薄く笑い、これまで隠されていた黒い双眸そうぼうがマリアンヌの目を見詰める。
「マリアンヌ・フランクリン……その名、覚えておこう」
 呟き、エマニュエルの刀が波打つ様に動かされたと思えば、ひゅっと呼吸音が響く。
 それは刀がマリアンヌをすくい上げる形に持ち込まれた瞬間――突如として地面から弾かれたマリアンヌは、無意識に悲鳴を上げていた。
 全身に鎧を着込み、それを操る鍛え上げられた肉体を持つマリアンヌにとって、二メートルの高さを飛ぶ経験など無いに等しい。
 目まぐるしく回る闘技場の景色の中、マリアンヌは必死にエマニュエルの揺らめく衣服を探して、頭から地面に落ちる直前、それを見付けた。
 放物線を描いて落ちるマリアンヌに先んじて落下地点に立つエマニュエルが、いつの間にか鞘に収めた刀で居合の構えを取っている。
 ――まずい。
 とは胸中に叫び、マリアンヌは正中線を守るべく硝子槍を構えた。
 ぎゃぁん、と鳴く槍の悲鳴が響いて、マリアンヌの体が直角に向きを変えて吹き飛ばされる。
 引きられる様にして地面を転がるマリアンヌは、遮二無二膝蹴りを繰り出して勢いを殺し、左手で地面に爪を立てた。
 篭手こて越しにも爪が剥がれそうな衝撃に呻きつつ、マリアンヌは必死に上体を起こして、刀を納め全速力で駆けて来るエマニュエルを見る。
 彼我の距離は十五メートル。
 マリアンヌは立ち上がらず、膝立ちの姿勢で硝子槍を構える。
 見詰めるのはエマニュエルの口許。全力疾走で激しく呼吸を繰り返す最中の、一瞬。
 ひゅっ。
 エマニュエルがすぼめた口の動きに合わせて、マリアンヌは槍を握る両腕を引いた。
 まるでマリアンヌが釣り上げたかの様に、エマニュエルの体が空中をけて眼前に迫り、マリアンヌはそこに渾身の突きを繰り出した。
 ひゅっ、と二度目の呼吸音がして、エマニュエルの体が宙でひるがえり、硝子槍は空を突く。
 揺らめく衣服に視界を覆われながらも、マリアンヌは笑った。
 膝立ちの体勢から素早く足を蹴り出したマリアンヌは、エマニュエルが抜刀する間にわずかな距離を取り、再び硝子槍を突き出す。
 横薙ぎの刀と捻りを加えた硝子槍の刺突が絡み合い、生じた大音響に観客達が耳を押さえた。
 その大音響の渦中で、エマニュエルの体が背中から地面へ崩れ落ちる。
「うっ、あ……な、にを……」
 頭痛をこらえる様に、頭に手をるエマニュエルを前にして、マリアンヌは立ち上がった。
 土を踏む音を聞いたのか、エマニュエルは焦点の定まらない両目でマリアンヌを探し、しかし顔の向きはわずかにずれている。
「言ったろ、泣かすって――さぁ!」
 気合いを声に乗せて、マリアンヌが一際強く土を踏み締めた。
 それは何度も何度も繰り返され、がつがつと鳴る鉄靴から火花が散り、それがマリアンヌを中心に炎の枝葉を伸ばして行く。
「うあっ!」
 網目状に広がる炎に手を焼かれたエマニュエルが短い悲鳴を上げ、しかし退さがった先には既に火の手が回っている。
 たちまち衣服に燃え移った炎は、エマニュエルに絶叫を上げさせた。
「おら、降参しねぇと殺すぞ! ゴラ!」
 鉄靴を鳴らし、マリアンヌは火達磨ひだるまのエマニュエルに近付いて行く。
 小さくうずくまってうごめくエマニュエルに硝子槍を構えて、マリアンヌはそれを目一杯引き絞り、腰の捻りを加えた刺突を放つ。
 光の筋を走らせて伸びた穂先は容易たやすく燃え盛る衣服を穿うがって、マリアンヌは遅れて高く上る火柱を目で追った。
 闘技場の上空、丸く口を開ける天蓋に、細身の人影が大上段に刀を構えている。
 落下は一瞬だった。
 マリアンヌの鼻先を掠めたきっさきが地面を抉って炎を吹き散らし、片膝を着くエマニュエルが既に地上に居た。
 一瞬の間に状況を理解したマリアンヌがエマニュエルの両手を柄ごと踏み、硝子槍の穂先を彼の喉元に宛てがう。
「そこまで! 勝者、マリアンヌ・フランクリン!」
 審判員の声が響き、マリアンヌは忘れていた呼吸にせ返って膝に手を乗せる。
「お、お前……」
「いや、見えていない。触覚も薄い……これが、お前の魔法か、マリアンヌ」
 マリアンヌの問いに重ね、エマニュエルはズボンに燃え移った炎を手で払おうとするも、見当違いの場所を叩く。
 それを見てエマニュエルの周囲の火を踏み消し、マリアンヌはエマニュエルに着いた火を叩き消した。
「ああ……アタシの槍――『アルモニカ』は触れた相手の感覚に悪影響を及ぼす。結露すりゃ一発でオシャカになるって寸法」
 淡々と話すマリアンヌに、エマニュエルは小さく笑った。
「それで火か……予感は悪くなかったかな」
「別に。こうして負けてんだから火なんて無くてもアンタの負け」
「言ってくれる」
 話しながらふらつくエマニュエルに手を貸して立ち上がらせ、マリアンヌは彼の背を強く叩いた。
「ほら、治療! 受けてきな!」
「おい……今ので悪化したぞ……」
「喋れんならマシ。マジの戦場なら廃人にするのがアタシの槍だ」
 軽口を叩き合う二人の元に、広がった火を消し終えた医療班が駆け寄っていく。
 ふらふらと歩き、医療班に受け止められるエマニュエルを眺めて、マリアンヌは溜め息を吐いた。
「死んだと思った……アイツめ。…………ギリギリだったなぁ」
 今更吹き出して来る冷や汗を背に感じながら、マリアンヌもまた、もう一つの医療班へ向けて歩いた。
 じんじんと痛む打ち身を治してもらう為に。

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